2018年1月14日、大阪府堺市で少年野球チーム「堺ビッグボーイズ」の小学校低学年向けのイベントに出席した筒香選手(筆者撮影)

大阪府堺市の少年野球チーム・堺ビッグボーイズのグラウンドで、このチーム出身の横浜DeNAベイスターズ筒香嘉智がメッセージを発信したのは2018年1月14日のことだった。

多くのメディアを前にして、筒香は「勝利至上主義」など、日本野球の問題点を挙げ、野球は変わらなければならないと訴えた。現役の選手が日本野球界の現状と改革への意気込みを語るといった行為自体、極めて珍しいことだった。

この模様は、筆者のコラム「DeNA筒香『球界の変わらない体質』にモノ申す」でも紹介し、大きな反響を得た。

プロ野球のスター選手が、日本野球のあり方に疑問を呈し、直言するのは勇気のいることだ。

筒香から感じた揺るがぬ信念

筆者はこのとき、筒香の正面でICレコーダーを向けていた。自らの主張を切々と訴える筒香の真摯な姿勢に心が震える思いがした。

そのときの筒香は、堺ビッグボーイズの顔見知りの野球少年と帽子の取り合いっこをするなど、26歳(当時)の青年らしい無邪気な部分も見せた。だが、メディアに対するときは、まっすぐ前を向いて、はっきりと語った。揺るがぬ信念を感じさせた。

筒香嘉智が、現役選手にもかかわらず、こうした提言をするに至ったのはなぜなのか、なぜ、彼はそうしなければいけなかったのか。筒香の著書『空に向かってかっ飛ばせ!未来のアスリートたちへ』にはその答えが書かれている。

筒香嘉智は、和歌山県北部の橋本市に生まれた。2、3歳の時には野球好きの父親の影響で野球に出会った。そして小学2年生になると少年野球を始めた。このあたり、どこにでもある野球少年と野球の出会いだ。

違っていたのは、父親が長い目で筒香の将来について考えていたこと。そして筒香自身も大人や目上の人の言うことを鵜呑みにするのではなく、一つひとつ自分で考え、判断する少年だったということだ。

少しぽっちゃりした目立たない少年だった筒香は、しだいに野球選手として頭角を現していく。父に次いで筒香に手ほどきをしたのは、10歳上の兄だった。自らは選手としての将来をあきらめ、弟に未来を託した。

そしてそこから、堺ビッグボーイズとの出会いが始まり、野球選手・筒香の未来が開けていくのだ。

筒香は松坂大輔に憧れ、関西の出身にもかかわらず、横浜高校に進み、甲子園で活躍する。しかし、高校時代の筒香の目標は、すでに甲子園ではなく、プロ野球だった。

横浜ベイスターズにドラフト1位で入団してから筒香は何度も挫折を味わいながらも、主軸打者へと成長していく。

筒香自身は、選手に罵声を浴びせるような野球も、勝利至上主義の野球も経験してきた。実は、筒香が在籍していたころの堺ビッグボーイズも「勝利至上主義」だった。

もちろん、ほかの少年野球よりもはるかに進んだチームではあったが、野球を楽しむことなく勝利を追い求め、全国大会で実績を上げていた。また横浜高校も全国に名だたる強豪校であり、甲子園で勝つことを至上の目標にしていた。

そうした境遇で競争に勝ち、実績を残してきた筒香だが、つねに心の中に違和感を抱いていたのだ。

筒香を変えたドミニカでの強烈体験

そんな筒香のわだかまりを解いたのは、ドミニカ共和国での強烈な野球体験だった。

ドミニカ共和国などカリブ諸国では、地元出身のMLB選手などが12月からリーグ戦を繰り広げる。教育や練習ではなく、興行的価値の高いプロ野球リーグだ。2015年、筒香はドミニカ共和国のウィンターリーグに参加し、メジャーの実力を肌身で知る。

そしてドミニカ共和国の野球指導の現場も視察し、現地の少年野球が、子どもを見守り、自主性を尊重していることを知る。大人たちは、子どもの才能が未来に大きく開花するように指導していたのだ。

この出会いの翌年に筒香は本塁打、打点の二冠王になった。そして同時に「日本の野球をどうにかしなければいけない」という認識を持つに至るのだ。

筒香をドミニカ共和国に案内したのは堺ビッグボーイズ代表の瀬野竜之介と、当時、JICA職員でのちに堺ビッグボーイズのコーチになる阪長友仁だった。堺ビッグボーイズもこの時期に「勝利至上主義」を排し、少年野球としては前例がない改革に乗り出していた。

筒香嘉智が、この1月にメディアに向けて勇気あるメッセージを発したのは単なる偶然でも思い付きでもない。

一人の野球少年が、自分の頭で野球について一生懸命に考え、判断し、そして鍛錬を続けてトッププレーヤーになる過程で心の中にしっかりと植え付けられた信念によるものなのだ。

くしくも古巣の堺ビッグボーイズは、時を同じくして筒香が理想とする野球を実践しようとしていたのだ。

筆者はいろいろなレベルの野球指導者に話を聞き、その現場を見続けているが、多くの指導者はいまだに選手に罵声を浴びせ、目の前の勝利に拘泥している。選手の健康被害も根本的な解決へ向けては進歩していない。

「遊びじゃないんだ!」

野球指導の現場でいまだによく聞かれる声だ。

いつまでも野球の現場は変わろうとしていない

また「厳しくしつけてくれ、言うことを聞かなければ手を出してくれていい」という親がたくさんいるのも現実だ。

そして甲子園、高校野球の本質も、なかなか変わろうとはしていない。

「日暮れて道遠し」である。


筒香嘉智だけでなく堺ビッグボーイズや、彼らとともに日本野球の改革に乗り出した人たちの道のりの遠さ、困難さに思いが至る。

しかし、野球界の発展のためには、子どもたちに大人から「野球を取り戻す」試みがどうしても必要なのだ。

筒香の著書は著名なスポーツジャーナリスト、鷲田康が聞き手・取材、構成を手がけた。

鷲田も1月の筒香のメッセージを真横で聞いていた一人だ。プロ入りしてからのコーチとのやり取り、自らの感性を磨くトレーニング、興味深いエピソードもたくさん盛り込まれている。

筒香嘉智というアスリートの人生や、人柄がそのまま心に入ってくる。

わが子にスポーツをやらせようとする親や、アスリートと接する指導者、さらにはアスリート自身にも響くモノがあるはずだ。

(文中敬称略)