譲れない“モノ”があるから“ココ”にいる。ダンサー、SHOがレペゼンし続ける信念とは

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世界中を旅しながら各地でライブを行い、各国の音楽と文化を体感したアーティスト、ナオト・インティライミ。2010年にメジャーデビューを果たし、今年3月には自身初となる全国47都道府県弾き語りツアー「こんなの初めて!! ナオト・インティライミ 独りっきりで全国47都道府県 弾き語りツアー2018」を開催するなど、アグレッシブな活動を続けている。

そんな彼のライブをダンスでサポートしているのが「ダンサー・インティライミ」だ。アーティスト名にある「インティ ライミ」とは南米・インカの言葉(ケチュア語)で「太陽の祭り」を意味し、彼に関わる人たちは「◯◯・インティライミ」と呼ばれている。

ステージ上だけでは知ることができない「ダンサー・インティライミ」のさまざまな表情に迫る「ダンサーが生きる道〜ダンサー・インティライミ〜」第1回は、バンド・EMPTY KRAFTとして自身もアーティスト活動をしているSHO
「うそはつかない。言いたいことは言う」。そう言葉にするのはたやすくても、実行するとなれば話は別。ダンサー・インティライミの一員、またEMPTY KRAFTのリーダーとして活躍する彼の真っすぐな言葉に耳を傾けると、彼の周りに自然と人が寄ってくる理由が分かってくる。

「ダンサーが生きる道〜ダンサー・インティライミ〜」一覧
SHO(ショウ)
ダンサーとミュージシャンで編成されたバンド・EMPTY KRAFTのリーダー。2012年、オーディションイベント「出れんの!? サマソニ!?」を経て、「SUMMER SONIC 2012」出演を果たす。2018年12月26日に、同年9月に開催された「EMPTY KRAFT ONE-MAN LIVE 2018」を収録したDVDをリリース。これを引っさげて、2019年1月12日から「EMPTY KRAFT LIVE DVD RELEASE TOUR」がスタートする。
1年目でダンサー・インティライミをクビになると思っていた…
――ダンサー・インティライミの一員になったきっかけを教えてください。
ダンサーがひとり足りなかった時に、専門学校で先輩だったKAJ1くんから「やらない?」って連絡があったんです。でも、元々そういう仕事をやっていなかったし、背も低いし、「俺そんなんじゃないわ…そういう仕事向いてないわ」と思ってて。だから、向いていそうなチームメイトにこの話を振っていいか確認したくらいです。
――意外に消極的だったんですね。そこから引き受けた経緯は?
確認がとれてOKをいただいたのですが、声を掛けたチームメイトは予定が合わなくて「ヤベー! これはいかん、ケツ拭かにゃ…!」って(笑)。それで引き受けることにしたんですが、本当に自分なんかで務まるのか? ってずっと不安を抱いたのを覚えています。
――実際にツアーに参加してみていかがでしたか?
それまであんまりJ-POPを聴いたことがなかったんですけど、ナオトさんの音楽を生で聴いてポップスとかジャンル関係なく「まじかー! スゲー!!」って、食らってしまって。ナオトさんが出すバイブスや、ミュージシャンが出すグルーヴがものすごいと衝撃を受けたことを鮮明に覚えています!
――それまでのネガティブな印象は一気になくなったんですね。
もう、パーーーーーーン!!って(笑)。
―― それほどのパワーだったんですね! SHOさんから見たナオトさんはどんな方ですか?
自分がこれまで会ってきた人の中で誰よりも人間くさい人ですね。プロのアーティストとしての一面も持ちつつ、ひとりの人間としてしっかり地に足が着いてる方だと、自分には見えています。下積みの経験や、現在も旅を続けている人の人間力は全然違うな、って。人生そのものをセッションしているイメージがあります。
――ダンサーの現場はどんな雰囲気ですか?
A-SUKEさんを始めとした先輩方はVHSテープで見ていた時代から映像の中で見て知っていた方々なので、初日のリハーサルは緊張しましたね。「ヤベー! 本物だー!」って(笑)。そんな大先輩と一緒に踊れる機会はもちろん、コミュニケーションを取る機会もあんまりなかったのですごく刺激的でした。いろいろなジャンルのダンサーがいますし、すごく楽しいです!
――長年一緒に活動しているダンサー・インティライミのメンバーはどんな方ですか?
A-SUKEさんとは立ち位置がシンメトリーで、HIROAKIくんが参加するまでは僕が一番年下だったし、一番面倒を見てもらっていると思います。いっぱい酒を交わさせていただき、時には怒らせてしまったこともありました…(笑)。ずっと背中を見ているので、今でも憧れている先輩です!
この現場に入るきっかけはKAJ1くんでしたし、専門学校の先輩でしたし、昔バイト先も一緒で、何かとお世話になりまくりなんです(笑)。当時は休憩中によくダンスの話をしたり、一緒に踊ったりしていました。今では大活躍する素晴らしいダンサーとして尊敬していますし、その反面、まだどこかで“あの日”が続いているんですよね! ふたりで話すと“あの日”に戻れる、そういう先輩です。
HIROAKIくんは、初めて自分にできた後輩ダンサーで、めちゃめちゃ安心する存在です。「HIROAKIくんがいるなら酔っちゃお〜(笑)。あとは任せたわ〜(笑)」って。何となく通ってきた道も一番近い気がして、「そのプライドを捨てずに伝えようぜ!」「カッコ良いモノを残そうよ!」って言い合えたり、共有したりできる仲間です。
――その中でSHOさんはどんな立ち位置でしょうか?
僕は、EMPTY KRAFTというバンドをやっているので、ダンサーよりもバンドメンバーと仲良くなる方が早かった気がします。かわいがってもらって…いたらうれしいです(笑)。
(と、ここで同席していたA-SUKEさんが会話に参加)
A-SUKE:飲み会で一気に距離が縮まっていたね(笑)。オラつく場面もありつつ、バンドとダンサーという隔たりもなく接しているから、バンドメンバーは面白がっていました。俺は見ていてヒヤヒヤしていたけど(笑)。

――ハートとハートでぶつかっていたんですね!
そんな感じで距離は縮まったんですけど、温厚なA-SUKEさんに胸ぐらをつかませるくらい怒らせてしまった出来事があるんです…。それがメンバーになって1年目のことだったので「これは完全にクビになるな」と思いましたね。でも、「自分みたいなダンサーは現場に向いてない」というネガティブな印象から入って1度きりの参加だと思っていたので「自分らしくいないと!」とも思っていて…。
――そこまでしても曲げられないものがあったんですね!
今思えば何も知らないのに、何を貫くんだというようなバカな若造でしたが…。そうですね。自分がやっていることをしっかりレペゼンしていきたい、という気持ちがありました。ライブではどうしても形を変えて提供しなきゃいけない場面もあるんですけど、ひとりくらい良いでしょ? って甘い考えを…(笑)。でも、そこでクビになってしまうならば、自分はそこまでのやつだと腹をくくっていた1年目でした。“らしく”生きたいんです。
ストリートでの出会いが生んだバンド「EMPTY KRAFT」
――ダンスを始めたきっかけは?
学生時代、深夜に予約録画しようと思っていた番組のチャンネルを間違えて、偶然ダンス番組の「RAVE2001」(テレビ東京系)を録画したのがきっかけです。本当は、いやらしい番組か何かを録画と思っていたんですかね(笑)。「RAVE2001」で踊っているダンサーたちを見た瞬間に「うぉー! カッケー!!」って。スロー再生にしたり、デザイン科の学校に通っていたこともあり、動きをコマ送りで絵に描いて形を覚えたりしました。
――絵に描いて覚えるパターンはなかなか聞かないです(笑)! どんなジャンルを踊っていたんですか?
最初はウィンドミル(※)をできるようになりたかったんです。ただ、回れるようにはなったけど、アザはできるし、痛いし…。そんな時にLOCKIN'を見て「なんだこのクセの強い形は!? 超カッコ良い! やってみたい!!」って思って(笑)。でも、当時っていろいろなジャンルをMIXして踊っていたような時代だったので、結局HIPHOPもHOUSEも同時に踊っていました。
※ブレイクダンスの代表的な技。足を大きく開き、胸・肩甲骨を中心に体を仰向けからうつ伏せにするまでを繰り返し回転する技のこと。
――先程も話にあがったSHOさんが所属されているバンド、EMPTY KRAFTはミュージシャンとダンサーが全員フロントマンという編成ですが、どのような流れで?
クラブでダンスのショーを見ていたら、音にハメていくようなアプローチばかりを見ちゃって、いつしか音楽が聞こえなくなってきたことがあったんですよ。「これなら音楽なくても良くね?」って。当時の僕は、「あのショーで使ってた曲を知りたい!」「DJタイムで踊っている時に気になった音を知りたい!」とか、音楽とセットでダンスを楽しんでいて。自分は、音楽があってダンスがあるという関係性が見えるものを伝えたいな、という欲から、チームでショーをする時はCDを5枚用意して、DJに「どれか流してください!」と頼んで、本番でどの曲が掛かるか分からない状態でショーをするっていう楽しみ方をしていました。
――その頃から即興性のあるパフォーマンスをしていたんですね。
そうですね。決め込んだショーをやるカッコ良いチームもいっぱいいましたけど、もうすでにそういうチームはあるから「僕たちはそうやらなくてもいいでしょ! やりたいようにやろうぜ!」って思っていました。自分たちでトラックを作って、“なんちゃってラップ”を録ったオリジナルの音源でショーに出たり、映像を作って流しながらショーをしたり、最終的に楽器の練習も始めて演奏も自分たちでやっていました。それが20代前半で、実際バンドになったのは、2011年。渋谷のTSUTAYA前とかで踊っていたら知らないミュージシャンが急に入ってきて、そうしたらバーっと人だかりができてしまい「(これからも)一緒にやろうぜ!」って(笑)。
――ストリートでの出会いなんですね!
最初はそうやって遊んでいただけなんですけど、メンバーが「2012 SUMMER SONIC 出れんの!? サマソニ!?」に応募していて。当時は「SUMMER SONIC」にダンサーが出ることってなかったし、バンドだけど歌はないですし、審査員からはめちゃくちゃ辛口なコメントをもらいましたね(笑)。
でも、そのオーディションに勝ち抜いたことがきっかけで、ちゃんと活動していこうということになりました。
――年明けからツアーも始まりますね!
はい! 今までCDのみ作っていたんです。でも「ダンサーがいて視覚と聴覚で楽しめるバンドだから映像でも伝えたい」ということでワンマンライブの様子を収録したDVDを引っさげて全国6箇所のツアーを回ります。
――それは、楽しみですね! 楽曲自体はどうやって作っていくんですか?
基本的には、まずミュージシャン側から小さな種をまいてもらう感じです。
活動していく中で、ダンサーとミュージシャンそれぞれにしかない独特のグルーヴがあることが分かったんです。そのお互いが持つセンスや経験をすり合わせていくのが面白いんですよね。そこから新しいモノが生まれると思っていて。ダンサーがダンスシーンで盛り上がっていくのはもちろんなんですけど、僕らは僕らでやりたいことをやって、ダンサーが違う場でも生きていければいいな、と思っています。
――僕自身もバンドの中にひとりでダンサーとして参加することがあるんですけど、ミュージシャンと一緒に楽曲を作ってツアーを回れるってすごく幸せなことですよね。
ぜいたくにも感じるし、一方ではミュージシャンもダンサーも絶対に対等であり、そこに境目はないと信じてEMPTY KRAFTをやっています。むしろミュージシャンと同じステージに立って「ダンサーってスゲーな!」「センス良いな!」って思われるようにしたいな、とも思っています。「ミュージシャンには負けないよ(笑)。ダンサーがもっといろいろな場でフロントに立って活躍してもいいでしょ」って! そうするともっと広がっていくモノがあるんじゃないかな、と。
ナオト・インティライミは“どこでも”音楽ができる
――そういう経験がナオトさんの現場でも活かされていると思うんですけど、逆にバックアップダンサーとして気を付けていることはありますか?
同じ音楽でもバックアップで入るということはアーティストが主役ということだし、そのアーティストが描いていることを具現化するということはさらに全然違うもので…。いっぱい怒られてきたので、正直、気を付けることばかりです(笑)。右も左も分からない状態で始めて、今でも「バックアップダンサーとは?」を学び、経験を積んでいます。
――例えば、どんな失敗をしてしまったんですか?
超基本的なことですが、“バックアップ”なのにアーティストと同じラインに立っていたり、前に出てしまったり(笑)。細かいこともたくさん注意されてきて、「あぁ、ダンサーってこういうことを重ねて仕事としてダンスを成立させているんだ」ってことを少しずつ覚えていきましたね。これまで自由にやり過ぎてきた自分にとって、当時は分からなかったけど、何年か経ってから「こういうことだったんですね!」って分かったこともいっぱいあります。
――体感しないと、なかなか分からないですよね。
僕らダンサーはアーティストをサポートする側なんですけど、バンドミュージシャンの方々はナオトさんの下積み時代からの十数年の仲だということもあってか、ナオトさんの現場はサポートメンバーの関係を超えてひとつのバンドに見えることがよくあります。いわゆるバンドサウンドなんです。その中にダンサーもギュッと入っていって、仕事を超えた濃いライブにしていけたらいいな、と思っています。
――それがさらに、お客さんも含めてひとつになっていくんですね! 思い入れのあるナオトさんの楽曲はありますか?
一番好きなのは「こころことば」ですね。ナオトさんがブラジルで出会った方が鹿児島に住んでいて、初めて参加したツアーの鹿児島公演の時に、その方の家へみんなでお邪魔したことがあるんです。どんちゃん騒ぎした後、ナオトさんがその場で感謝を込めて「こころことば」を歌ってくれて。
子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、みんなが口ずさんでいる光景を見て感動したので、すごく思い入れがあります。ナオトさんってどこでも純粋な音楽ができるんだなって。
――個人の活動として、今後やっていきたいことはありますか?
ダンサーとしての可能性をバンバン広げていきたいですね! いろいろな情報が入ってくる時代なので、自分にとって必要なモノとそうでないモノを直感の判断でチョイスしながら、素直にやりたいことをやって、出たい所に出て、伝えたい人たちに伝えたいです!
――SHOさんの真っすぐなパワーは、どこかナオトさんにも通じているような気がしますね。
実は、偶然にもナオトさんと誕生日(8月15日)と血液型(A型)が一緒なんですよ!(笑)。
――それは、運命ですね(笑)! では、12月29日に開催されるナオトさんのライブ「ナオト・インティライミ ドーム公演2018〜4万人でオマットゥリ! 年の瀬、みんなで、しゃっちほこ!@ナゴヤドーム〜」に向けて、意気込みをお願いします!
ナオトさん自身も何度も言っていると思うんですが、過去最大のエンターテインメントになるのでものすごく楽しみです! 単独でのドームライブをやるって本当にすごいことだと思うし、僕たちもこのライブに全身全霊を捧げたいと思います!

◇EMPTY KRAFT LIVE DVD RELEASE TOUR◇
・2019年1月12日 @NAVARO(熊本)
・2019年1月15日 @SHIBUYA DESEO(東京)
・2019年1月20日 @CLUB ROOTS(岐阜)
・2019年1月27日 @x-pt.(高知)
・2019年2月3日 @club Vijon(大阪)
・2019年2月16日 @Shibuya Glad(東京)

インタビュー・文=Yacheemi
写真=TMFM
デザイン=Creative Industry
企画・編集=渡部真咲
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