日本の宇宙航空のスタートアップispace、月へ――NASA CLPSプログラムに採択

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「ispace」といえば、月面探査レースGoogle Lunar XPRIZEに参加していたチームHAKUTOを運営していた企業。宇宙航空のスタートアップだ。

Google Lunar XPRIZEはたびたび延長されたものの2018年3月31日に終了、勝者のいない結末となった。
しかし、その後もispaceは、月を目指す独自プロジェクト「HAKUTO-R」として、2020年半ばに月周回ミッションを、2021年半ばにランダーによる月着陸とローバーによる月面探査を行うミッションの計画を発表している。

さらに今回、ドレイパー研究所らとチームを組んで、NASA CLPSプログラムに参加することが決まった。


©ispace


◎CLPSプログラムとは
CLPS(Commercial Lunar Payload Services)は、NASAがミッション達成のために広く公募するプログラムの1つで、ペイロード(荷物)を月へ輸送する商業サービスを民間企業に委託しようというもの。

2017年12月に発表され、2018年11月29日に、応募30チームの中から9チームが採択された。そのうちの1つが、ispace、ドレイパー研究所、ジェネラル・アトミック社、スペースフライ・トインダストリーズ社の4社によるチーム。


左から順に、Jim Bridenstine氏(NASA Administrator)、Jennifer Jensen氏(Vice President National Security & Space, Draper)、Alan Campbell氏(Program Manager, Commercial Programs, Draper)、袴田武史氏(ispace 代表) ©ispace



期間は2019年1月から10年間(2028年12月30日まで)、10年間の予算総額は26億USドルになる。具体的なミッションはまだ明らかにされていないが、荷物を運ぶのがミッションであり、荷物としてタイムキーピングのためのインスツルメント、資源を見つけるための機器などの可能性が示されているという。

NASAは2018年1月に国際宇宙探査ロードマップ第3版(GEleeR3)を発表している。大きな目標としては、

・人類の存在領域の太陽系への拡大
・人類の存在意義の理解
・経済発展の刺激

が掲げされており、月にISSのような"ステーション"を作る計画を明らかにしている。

ミッションとしては、月での持続的な有人活動の実現、居住の可能性の調査があげられている。今回のCLPSプログラムはまさにそこ、参加する9チームはこの一連のミッションに絡んでいくことになる。初回のペイロードは2021年12月31日までに予定されている。

10年間で26億ドル(約3000億円弱)という予算は、月の探査という一部のカテゴリ用だ。
しかも民間に委託する部分だけというのは、非常に大きい予算額と言える。
どう配分されるかは明らかになっていないが、ispaceの関係者は、これまでの事例から
「提示する案件に対し、最初すべてのチームに少額のお金を出して詳細なプランを作らせる」
→「それを見て、次にどの荷物を運ぶのかというより具体的なミッションを出す」
 →「さらに実行プランを出させる」
というように、開発のマイルストーンに合わせて、
・BDR(設計の基礎段階の審査)まで行ったらいくら、
・CDRまで行ったらいくら、
・実際にペイロードインテグレードしたらいくら、
という形なのではないか、と推察する。


◎民間を育て、市場を作る
NASAは、今回のプロジェクトについて、狙いとして、地球と月面のエンド2エンドのサービスを民間から獲得することを挙げている。
いわゆるPPP(Public Private Partnership、インフラ投資や運営などに民間の資金やノウハウを活用する官民連携)の取り組みの1つ。

PPPという枠組みでスタートアップが成長してきた事例には、よく知られているSpaceXがある。SpaceXは設立から4年後の2006年、打ち上げがまだ成功していない段階からNASAと商業軌道輸送サービスの契約を締結し、2008年には国際宇宙ステーションへの貨物の輸送の契約を締結。ファルコン9ロケットの打ち上げに成功したのは2010年だ。
2015年には宇宙飛行士の商業輸送契約も締結し、着実に事業を進めている。

今回、NASAからすると、ロケットやランダー、ローバーといったハードウェアを買うのではなく、”輸送サービス”を買うことになる。また、1社ではなく複数社を競わせるのは、これはリスク分散の意味もあるし、産業として育てていくという意図だろう。結果的に、さまざまなプレイヤーが増えていき、市場の活性化につながる。

PPPの枠組みであるため、いくつかの制限がある。
・NASAとの主たる契約社がアメリカの企業であること、
・輸送に用いる機材などの最終の組み立て地がアメリカであること、
・アメリカ製の部品が50%以上使われていること、
などだ。

ispaceは、今回のCLPSプログラムの参加は「人類の生活圏を宇宙に広げるというispaceのビジョン達成の大きな1歩となる」と位置づけている。ビジネス的な観点からも、政府系の機関から持続的な受注を得ることは売上の安定化につながるし、対NASA、そして関連企業に対し技術的な信頼を得ることができれば、さらに今後のビジネス拡大が期待できるということになる。

◎HAKTO-R、そしてドレイパーチームへ
ispaceが加わったのは、ドレイパー研究所、ジェネラル・アトミック社、スペースフライ・トインダストリーズ社、4社によるチームだ。

契約の主体は、着陸に必要な誘導制御システムにおける実績があるドレイパー研究所。
もともとMITの研究所として設立された機関で、アポロ計画でNASAの宇宙飛行士を6回、月面に着陸させた実績がある。


ドレイパー研究所が、
ペイロード運用、月着陸船のGN&C(誘導・航法・制御システム、システム開発、全体の管理を担当する。
ispaceは、
着陸船の設計、ミッション運用、高頻度のペイロード輸送サービスを提供。

ジェネラル・アトミック社は、
着陸船の製造、組み立て、米国での試験を担当する。

スペースフライ・トインダストリーズ社は、
ロケットの打ち上げサービスを提供している会社で、ペイロードインテグレーション、ロケットと着陸船のインテグレーションというところを担当する。

採択された理由として正式に開示されてはいないが、バランスが取れたチームであること、各社の実績、そうしたことが評価されたのではないかとする。なお、国際的なチームであること、スタートアップ企業という要素も、NASAが公募の会見で言及していた点でもあり、無視できないところだ。

GoogleのXPRIZEは残念ながら月に到達する前に終了してしまったが、ispaceは2018年2月までに103.5億円の資金調達を実施、それをベースに月面探査機の開発、打ち上げの契約を進めている。

そもそも、今回のチームビルディングはispaceがHAKUTO-Rを進める上で、誘導制御のシステムにおけるパートナーシップをドレイパー研究所と結んだというのがベースになっている。そうした中でCLPSがアナウンスされ、一緒にやろうということになったという。

HAKUTO-Rは、現在、2021年半ば月面着陸を目指すスケジュールで開発が進んでいる。30キロの荷物を輸送できるランダーを目指し、2019年1月には試験用のモデルの組み立てを始める予定だ。
その後、実証実験となるが、難しいのは"月面"という条件だ。
完全に再現することはできないため、真空状態や振動など、宇宙環境をいくつかに分けての試験を行うという。


HAKUTO-Rのランダーとローバーの実物大モックアップ



前述のように、CLPSプロジェクトではアメリカ製の部品や組み立てがアメリカ国内でされる必要があるため、HAKUTO-Rで準備したランダーがそのまま使えるわけではないが、機体のベースにはなる可能性があるという。

もちろん、NASAのオーダー次第で、荷物が50キロ、100キロとなった場合には今の設計を変える必要がある。ベースにして大型化するのか、全く新たな設計を機体を開発するかはその時点での選択だが、基盤技術の部分をベースにどう展開するかということになる。

今回のCLPSプログラムを通し、NASAとの協業で知識の共有やノウハウの蓄積、開発の加速を目指すとしている。


大内孝子