12月5日に行われた株主総会で、アイルランド製薬大手シャイアーの買収を決議した武田薬品工業。これで来年1月には世界トップ10に入るメガファーマが誕生することとなりました。とは言え今回の買収額は6兆8000億円。純有利子負債も5兆4000億円に膨らむ見通しで、今後の同社の経営を不安視する声も少なくありません。はたしてこの買収劇は武田薬品にとって、吉凶どちらに出るのでしょうか。店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんが、自身の無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』で分析・考察しています。

武田薬品、巨額買収承認。チャンスとリスクが交錯

武田薬品工業は12月5日、臨時株主総会を開催し、アイルランド製薬大手シャイアーの買収について株主の承認を得た。武田はシャイアーを約460億ポンド(約6兆8000億円)で買収する。買収費用は、4兆円規模の新株発行と約3兆円の現金でまかなう。現金は借り入れなどで調達する方針。

武田の直近決算の売上高は約1兆7000億円(2018年3月期)。シャイアーが約1兆6000億円(151億ドル、17年12月期)で、単純合算で約3兆4000億円規模となる。早ければ来年1月にも買収が完了し、日本の製薬会社で初となる、世界トップ10に入るメガファーマ(巨大製薬会社)が誕生する。

今から7カ月前の5月8日、両社は武田がシャイアーを吸収合併することに基本合意した。それを実現するには両社がそれぞれ臨時株主総会で賛成を取り付ける必要があった。武田は3分の2以上、シャイアーは4分の3以上の株主の賛成が必要となっていたが、今回、武田は約9割、シャイアーは99%超の賛同を得た。両社とも難なくクリアしたかたちだ。

今回の買収は、16年にソフトバンクグループが英半導体設計アーム・ホールディングスの買収に投じた約3兆3000億円を大きく上回り、日本企業による海外企業へのM&A(合併・買収)として過去最大となる。

武田は国内では売り上げ規模で業界最大手と存在感を示しているが、世界では20位程度と厳しい状況に置かれている。シャイアーも同様だ。両社の上には、ロシュ(スイス)やファイザー(米国)、ノバルティス(スイス)、メルク(米国)、サノフィ(フランス)、グラクソ・スミスクライン(英国)、ジョンソン&ジョンソン(米国)といったメガファーマが存在し、幅をきかせている。今回の統合により、これらメガファーマに対抗したい考えだ。

低い新薬の開発成功率、高騰するな開発費

製薬各社は開発費の高騰に悩まされている。新薬の開発成功率はわずか3万分の1とされ、1つの医薬品の開発にかかる費用は失敗分も含めて約25億ドル(約2700億円)かかるとする試算がある。その費用は年々増えているという。そのような状況のため、研究開発費を捻出するためにはある程度の規模が必要となる。武田はシャイアーを買収することで研究開発費を捻出する狙いがある。両社の統合により、現在を上回る年4000億円以上の研究開発投資が可能となり、医薬品の開発をより優位に進めることができるようになる。

シャイアーは希少疾患向け治療薬に強みを持つ。希少疾患の患者数は少ないが、ライバルも少なく収益性が高い。また、研究の進展により、武田が力を入れる再生医療や、ゲノム編集の技術と組み合わせることで新薬に結びつくことがわかっている。そのため、武田はがん、消化器、神経疾患に強みを持つが、シャイアーが加わることで新薬の開発に弾みがつき、扱う領域の拡大も見込める。

パイプライン(開発中の医薬品)を補強することもできる。通常、医薬品の臨床試験は初期(フェーズ1)、中期(フェーズ2)、後期(フェーズ3)の3段階で進むが、武田は製品化が近いフェーズ3のパイプラインが18年2月時点で3しかなく、手薄な状況だった。一方、シャイアーは同フェーズのパイプラインが15もあった。それらが加われば、パイプラインは安定することになる。

医薬品の世界最大市場である米国でシェアを拡大できることも大きい。日本貿易振興機構(JETRO)によると、17年の米国の医薬品市場は世界首位の3396億ドル。2位の日本(940億ドル)の3.5倍ある。武田の地域別売上高の比率は米国と日本がそれぞれ3割強。一方、シャイアーは米国だけで6割以上を占める。そのシャイアーが加われば、米国比率が5割程度まで高まる。日本市場は世界2位だが、薬価引き下げが続き成長が見込みにくい。最大市場の米国に軸足を移すことで、今後の成長を加速させたい考えだ。

これらの統合効果が見込めることもあり、武田はシャイアーを買収することになった。ただ、問題となっているのが、買収価格の高さだ。約6兆8000億円という巨費を投じることになるが、高すぎるとの声が少なくない。創業家やOBの一部が財務面でのリスクが高いなどとして、買収に反対の意向を示していた。

時代の流れに逆行する買収劇

買収の基本合意が発表された際、買収プレミアム(上乗せ幅)が買収報道前のシャイアー株価対比で64.4%にもなるということで、その高さに懸念が集まっていた。買収プレミアムは20〜40%が一般的とも言われており、今回の買収プレミアムは突出している。交渉の過程でシャイアーから値を釣り上げられたためで、高値づかみを懸念する声が少なくない。

製薬業界ではリスクを承知で大手が大手を高い買収プレミアムで巨費を投じて買収するケースが珍しくないが、近年は創薬スタートアップを少ない元手で低リスクで買収するケースが目立っており、今回の買収は時代の流れに逆行していた。そういった潮流の中で、巨費・高い買収プレミアムで買収を進めることを疑問視する声があった。

有利子負債の膨張も懸念される。買収に伴う新規の有利子負債は3兆3000億円。有利子負債から手元資金を差し引いた純有利子負債は18年3月末時点の約6900億円から約8倍となる5兆4000億円(19年3月末)に一気に膨らむ見通しだ。資産売却などで有利子負債を減らしていく考えだが、当面は利払い負担が重くのしかかる。

のれん(買収代金のうち相手企業の純資産を超えて支払った部分)の膨張も懸念となっている。武田は約1兆円ののれんがあり、これにシャイアーがすでに抱えている約2兆1,000億円と買収で発生する分が加わり、統合後ののれんは4兆〜4兆4000億円になる見通しだ。武田は減損リスクは低いとしているが、先行きが不透明で計画した収益が見込めるか不確かな状況のなか、減損リスクを完全に払拭することはできない。また、減損リスクがある無形資産が6兆3000億円〜6兆7000億円に膨らむことも懸念材料となっている。

のれんの減損といえば、東芝や日本郵政を窮地に追い込んだことが記憶に新しい。東芝は米原子力事業で、日本郵政は買収したオーストラリアの物流子会社で巨額の減損処理を余儀なくされた。東芝の場合は不正会計問題にまで発展した。武田もこれらの二の舞にならないとも限らない。しかも、武田ののれんの額はこれらよりも一桁上で、減損となった場合のダメージはこれらの比ではないだろう。武田は巨額の減損が発生するリスクを抱えての船出となるのだ。

こういった状況のため、ある程度の規模が求められているとはいえ、無理に買収に走ったことに対する批判の声は根強い。それを決断したクリストフ・ウェバー社長個人に対する批判がある。14年6月から社長を務める同氏は18年3月期に12億円超という高額の役員報酬を得ており、それに見合った成果を出そうと焦ってM&Aに走ったとの批判だ。また、フェーズ3のパイプラインが少ないことにより数年後の成長が危ぶまれていたこともあり、短期的な成果を手に入れるために無理を承知で買収に走ったとする声もある。

囁かれる「きな臭い話」

きな臭い話もある。今回の買収により巨額の利益を得る人たちがいて、そういった人たちが武田のシャイアー買収を強力に後押ししたのではないかとの見方がある。利益を得る人というのは、銀行や投資銀行、監査法人などだ。銀行は利息収入が得られ、投資銀行は助言報酬、監査法人は監査報酬が転がり込んでくる。彼らにしてみれば、今回の買収案件は濡れ手に粟だろう。

これらの懸念や批判を黙らせるには、結果を出すしかない。統合により相乗効果を生み出し、収益を拡大させていく他ない。これからが正念場だ。

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