寝ている間、無意識のうちに起こるいびきや歯ぎしり。しかし、放置していると取り返しのつかない深刻な事態になることも。その危険性と改善法を、3人の医師が解説してくれた。それは――。

いびき睡眠時無呼吸症
→狭心症、脳梗塞、頻尿……最悪の場合は「死」も

■とにかく早めに病院に行ってほしい

いびきは、本人に自覚症状がないことが多いうえに、家族に指摘されても「いびきなんてみんなかいているから」と、深刻にとらえない人が多い。しかし、東京医科歯科大学の教授で同大学快眠センター長の宮崎泰成氏は、「ありふれているからと放置する人が多いが、QOL(生活の質)や仕事のパフォーマンスに影響するばかりか、深刻な病気が隠れている可能性が高い。とにかく早めに病院に行ってほしい」と強調する。

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では、どのくらいの人が実際にいびきをかいているのだろうか。慶友銀座クリニック院長で耳鼻咽喉科専門医の大場俊彦氏は「日本では男性の20%、女性の10%が習慣的にいびきをかくと言われている」と話す。

いびきは、寝ている間に何らかの理由で、鼻からのどへの空気の通り道(気道)が狭くなり、音が出る現象だ。疲れていたり、寝る前に飲酒をしたときなどにかくこともあるが、こうした一時的ないびきは問題ない。しかし、恒常的なら検査や治療が必要だ。

いびきの音が出る部分がどこか、つまり、気道が狭くなっている場所や原因によって、治療方法は異なるが、これは検査してみないとわからない。宮崎氏は「まずは快眠センター、スリープクリニック、睡眠時無呼吸症外来、いびき外来などの専門外来を探してみるとよい。睡眠いびき睡眠時無呼吸症を専門とする医師に診てもらうことがお勧めだ」と話す。そこでは、まずどこが詰まっているか(閉塞しているか)を見つけて、睡眠状態を脳波も含めて精査していくが、内科や呼吸科などのほか、鼻詰まりが原因であれば耳鼻咽喉科、歯並びや顎の形状が原因の場合は歯科などとも連携して治療が行われる。

一方、子どものいびきは、鼻詰まりや、鼻とのどの間にあるアデノイドという部分が大きかったりすることが原因であることが多いので、まずは耳鼻咽喉科に行くとよい。「いびきのせいで熟睡できておらず、授業中に眠くなって集中できなかったり、イライラしたりするなど、学校生活がうまくいかない子どももいる」(宮崎氏)ため、気になる場合は早めに診てもらおう。

いびきの音が出る場所には大きく分けて、鼻とのどがある。

鼻から音が出るいびきは、鼻詰まりが原因であることが大半なので、副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎などの治療をすると、治ることが多い。大場氏は「鼻詰まりの治療が、いびき治療の最初のステップ。空気はまず鼻から通るため、鼻詰まりがある場合は、まず鼻詰まりを治療してから、のどのいびきの治療を行う」と話す。

のどから音が出るいびきの多くは、あおむけで寝ている間に舌が奥に落ちて、気道が狭まることで起きる。その場合は、ひどくなると、気道が狭まるどころか完全に塞がり、睡眠中に呼吸が止まる睡眠時無呼吸症を引き起こす。睡眠時無呼吸を伴わない単純性いびきであっても、放っておくと睡眠時無呼吸症に進行する可能性がある。大場氏は「30代以上でパートナーから大きないびきを指摘された方は、まず睡眠時無呼吸症かその予備軍」と話す。

あおむけで寝ると、舌根が沈下し、軟口蓋、下顎は背側へ後退する。それにより気道が狭くなったり塞がったりすることで、いびきや無呼吸を引き起こす。横向きで寝ると軽減できる可能性がある。

■昼間の眠気で、仕事の効率ダウン

睡眠時無呼吸症の人は、睡眠中にいびきをかくが、途中でいびきがぴたりと止まり、その間呼吸も停止する。そしてしばらく経つといびきと呼吸が回復する、というサイクルを繰り返す。1時間に5回以上呼吸が止まると睡眠時無呼吸症だとされるが、重症の場合は40回以上止まる人もいる。

無呼吸になると、眠っている間、気付かないうちに体内が極端な酸素不足になり、それを補おうと体の緊張状態が続いて心拍数が上がる。その結果、脳や心臓に大きな負担がかかり、健康状態が悪化してしまう。狭心症や脳梗塞などを引き起こす可能性が高く、「こうしたほかの病気を伴う可能性を表す『合併率』は3〜5%と、糖尿病と同じくらい高い」と宮崎氏は指摘する。また、糖尿病で肥満気味の人、塩分のコントロールでも改善されない高血圧や、心臓に問題がないのに不整脈などがある人は、睡眠時無呼吸症を起こしていることが多いという。「睡眠時の無呼吸を放置すると、8年目には死亡率が37%になったという、1980年代の調査結果もある。死因は脳梗塞や心筋梗塞などが多かった。つまり睡眠時無呼吸症は、死に至る可能性のある病気だと言える」と宮崎氏は話す。

睡眠時無呼吸症は、病気につながるだけでなく、仕事などのパフォーマンスにも大きな悪影響がある。昼間に強烈な眠気に襲われ、集中力が落ちたり、車の運転中や会議中に眠ってしまったりするなどの症状が表れるためだ。

2003年には、山陽新幹線の運転士による居眠り運転が発覚し、睡眠時無呼吸症に注目が集まるきっかけとなった。このときは事故にはならなかったが、その後もトラックやバスの運転手の睡眠時無呼吸症による居眠りが原因で引き起こされた事故は多い。このため国土交通省は、バスやトラック運送業者には、運転手に睡眠時無呼吸症の検査を行うことを推奨している。

仕事やスポーツ競技のパフォーマンスにも影響する。「大相撲の力士も、睡眠時無呼吸症の治療をしている人が多いと聞く」と宮崎氏は話す。

昼間の眠気のほかにも、さまざまな症状が現れることがある。頭痛や肩こりが起きる、熟睡感がないため9〜10時間など長時間寝るという人も多い。また、無呼吸だと睡眠中も脳が活発になり交感神経が亢進(こうしん)し、膀胱が収縮しやすくなるため、頻尿になることもある。「頻尿で泌尿器科を受診した2〜3割の人は前立腺肥大がなく、調べてみたら睡眠時無呼吸症だったというデータもある」と宮崎氏は言う。

いびきや無呼吸は自覚しにくく、眠気や頭痛、肩こりや頻尿といった症状も無呼吸が原因とは気づきにくい。「無呼吸症の患者は日本に300万人以上いると推測されているが、治療をしているのはそのうちの10分の1程度と、氷山の一角だ」と宮崎氏は指摘する。

■アプリで計測も可、気軽にチェックを

日本人は特に、睡眠時無呼吸症になりやすい傾向があるという。大場氏は「日本人は顎が小さいので、歯並びが悪くなる。それによって舌のおさまりが悪くなり、睡眠時に舌やのどの筋肉が下に落ちやすいという構造になっている」と話す。

睡眠時無呼吸症は、首が太い人、肥満の人に多いが、若くてやせていても、顎が小さい人に起きることがある。また、口内の筋肉の衰えも関係するので、年齢が上がるほど増える傾向がある。男性の場合は30代ごろから増え、40〜50代が全体の半数以上を占めるが、女性の場合は閉経後に増える傾向がある。宮崎氏によると、女性ホルモンがいびきや無呼吸を抑制する働きがあるためと考えられているという。

検査は、以前は入院して1〜2晩過ごして睡眠中の状況をモニターしたりと、簡単ではなかったが、「最近は外来で検査キットを持ち帰り、自宅で睡眠時に装着してデータを取るという検査ができるようになった。こうした検査を受けて、睡眠時無呼吸症の可能性が高い場合に通院するといったやり方も可能だ」と宮崎氏は話す。

また、スマートフォンのアプリで、いびきを自動的に録音したり、無呼吸の可能性がある回数を記録したりするものがあるので、まずは使ってみるのもよいだろう。「睡眠時無呼吸症の度合いは、1時間に何度無呼吸の頻度があるかで測る。1時間に5回以上無呼吸状態がある場合は、すぐに病院に行ってほしい」と宮崎氏は話す。ただ、「昼間の眠気もそれほどなく元気なのに、睡眠時の1時間あたりの無呼吸回数が多く『重症』な人がいる一方、無呼吸の症状は軽いのに頭痛や眠気などが強い人もいる」(宮崎氏)。このため、アプリや簡易検査の結果と、昼間の眠気や頭痛などの自覚症状をあわせて判断すべきだろう。

病院で行われる睡眠時無呼吸症の治療は一般的に、軽・中度の場合はマウスピース、重度の場合はCPAP(持続陽圧呼吸装置)が使われる。マウスピースは、睡眠時に装着するもので、下顎を前に4ミリほど突き出した状態で固定し、寝ているときに気道を広げていびきや無呼吸を防ぐ。病院で歯形をとって、一人ひとりに合わせてつくるもので、保険適用だと自己負担は2万円前後(3割負担の場合)だ。一方CPAPは、睡眠中に装着し、鼻から加圧した空気を送り込んで気道が閉塞するのを防ぐことで、無呼吸をなくす装置だ。閉塞の度合いを自動的に検知して空気を送り込むので、無呼吸の回数が減れば空気加圧の回数もそれに合わせて自動的に減っていく。

▼受診の目安は? いびきチェック
本人の自覚がないケースも多いいびき。当てはまる項目が1つでもあれば受診したい。
(1)大きないびきをかく
(2)睡眠中に呼吸の中断がある
(3)昼間の眠気がある
(4)寝た気がしない
(5)疲れている
(6)不眠がある
(7)寝ているとき息苦しくて起きてしまう
※大場氏への取材をもとに編集部作成。

■デキる男は出張に、CPAPを持参する

CPAPの装置はリースで持ち帰って自宅で使い、月に1回程度通院して状態を検査するのが一般的だ。リース費用は、保険適用で自己負担が月4500円程度(3割負担の場合)だ。国内外の出張に持参する人もいるという。出張となると、重要な商談にかかわることも多い。そうした場面こそ、仕事のパフォーマンスを落としたくないので、CPAPを使ってしっかり睡眠を取りたいと考えるのだろう。大場氏は「CPAPを使うと深い眠りが得られ、頭がすっきりして疲れも取れて仕事の能率も上がるので、手離せなくなる人もいる」と話す。

機械で圧力をかけた空気を鼻から気道に送り込み、気道を広げて睡眠中の無呼吸を防止するCPAP療法。機器本体と空気を送るチューブ、鼻に当てるマスクからなり、睡眠中に装着する。※写真はイメージです(Getty Images=写真)

ただ、マウスピースやCPAPは、睡眠時無呼吸症に対する対症療法でしかないため、根本的な治療にはならないという。

宮崎氏は、「マウスピースの装着やCPAPを使って、睡眠時無呼吸症の状態を解消しながら、体重を減らすことが重要。さらに、体力が落ちると無呼吸になりやすいので、運動も勧める」と説明する。気道が狭くなったり閉塞したりするのは、太って脂肪が増えたり、舌を支える筋肉が弱くなることで起きるからだ。痩せると症状が改善することが多い。

睡眠時無呼吸症を伴わない単純性のいびきも、肥満とともに睡眠時無呼吸症に移行することが多いので、肥満気味でいびきをかく人は、運動するなどして体重を減らすほうがよい。

さらに宮崎氏、大場氏ともに、タバコやお酒を控えるよう勧めている。タバコを吸うとのどが腫れやすくなるため、いびき睡眠時無呼吸症が悪化しやすい。また、寝る前のお酒は特によくない。お酒は代謝すると覚醒物質がつくられるので、2、3時間後に目が覚めてしまうし、筋肉が弛緩するのでいびきもかきやすくなる。さらに宮崎氏は「熟睡感が得られないからといって、睡眠薬に頼ると、睡眠時無呼吸症を悪化させてしまうことになるので避けるべき」とも指摘する。

■「抱き枕」を使って、横向きに寝る

このほか、自分でできる予防や対策もいくつかある。一番手軽な対処法は、横向きで寝ることだ。いびき睡眠時無呼吸症は、あおむけに寝ているときに、舌が奥のほうに落ち込んでしまうために起こることが多いので、横向きで寝ることで軽減できる可能性がある。「難しい人は、抱き枕を使うと横向きで寝やすい」と宮崎氏は話す。

また、舌を支える筋肉の量が落ちると、いびきや無呼吸になる可能性が高くなるため、「口の周りや舌の筋肉を鍛える『いびき体操』も効果がある」と語るのは大場氏だ。舌も筋肉なので、脂肪もつく。同じ肥満度でも、舌、特に舌の根元に脂肪がついている人ほどいびきをかきやすい。「いびき体操」で舌を支える力を強くして、あおむけで寝ているときでも舌やのどの筋肉が下がってくることを防ぎ、気道を確保できるようにする。

睡眠時無呼吸症を伴わない単純ないびきであっても「無意識のうちに自分や周りの人の睡眠を阻害しているし、いびきによる振動が、動脈硬化の可能性を高めるといった海外の実験結果もある」と宮崎氏は言う。さらに、進行すれば睡眠時無呼吸症になり、重篤な疾患につながる可能性が高まる。宮崎氏は「『病気は夜つくられる』とも言われる。夜寝ていて、知らないうちに病気が進行してしまうことがある」と話す。大場氏は「いびきは必要なケアをすれば改善できるし、研究が進んでいて治療方法も広がっている。深刻な病気につながる睡眠時無呼吸症が隠れていることもあるので、気づいたら早めに病院を受診してほしい」と話す。

▼どこでも簡単にできる!「いびき体操」8ステップ
ブラジルのギマラエス教授が提唱する「いびき体操」。体操を行うことで、口の周りや舌の筋肉を鍛え、舌の支えを強くすることで、寝ているときに舌が落ちてのどの奥の空間が狭くなることを防ぐ。
(注)神経学的に異常のある人や口腔内・顎に異常のある人は医師の指導の下に行う。
(注)体操はいびき睡眠時無呼吸症の治療を補助するものです。
(1)舌を前に出す
口を自然に開け、ゆっくり2回ほど舌の先をぐっと突き出す。
(2)舌を回転させる
舌の先をほほの内側に押しつけ、大きく円を描くように舌を回し、逆回しで戻す。
(3)舌を持ち上げる
上顎に舌を押しつけるように、2回ほど舌を持ち上げる。
(4)舌をそり返す
舌の裏側を返すようにして、2回ほど行う。
(5)口蓋垂(のどちんこ)を上げる
舌をぐっと下げ、のどちんこを上げる。鏡を見ながら、あくびをするときの要領で動かすと上がるのがわかりやすい。
(6)口をすぼめる
ほほにへこみができるくらい強く、口をギュッと2回すぼめる。
(7)口に指を入れてすぼめる
口の中に指を入れ、指をくわえるようにして、左右2回ずつ口をギュッとすぼめる。
(8)口をつり上げる
口を少し開け、左右2回ずつ口の端に力を入れて、つり上げる。
いびき体操の注意事項】
●できるだけゆっくり。無理をしない。
●1回3セットから。
●1日3回、朝昼晩。
●半年から1年は続ける。
●口は大きく開けなくてもいい。
●やりすぎて舌や顎を痛めないように。
※大場氏への取材をもとに編集部作成。

▼歯ぎしり・噛みしめ
→頭痛、肩こり、歯周病、顎関節症の原因に

■仕事に集中で、強い「食いしばり」が

歯ぎしりや食いしばりも、睡眠の質を低下させる大きな要因の1つだ。元東京医科歯科大学顎関節治療部長で、木野顎関節研究所所長で歯科医師の木野孔司氏によると、歯ぎしりや食いしばりには大きく4つの悪影響があるという。

1点目は、歯を痛めてしまうことだ。夜間の無意識の歯ぎしりや食いしばりは、昼間に意識的に行う食いしばりの何倍もの力がかかる。このため、歯が折れてしまうこともあるという。2点目は、筋肉を使い続けるため頭痛や肩こりを引き起こすこと。3点目は、歯周病の悪化だ。強い力で噛みしめて歯に力を加えるため、歯周組織を破壊してしまう。「歯周病の最大の悪化要因は、夜中の歯ぎしりや食いしばりだと言われている」と木野氏は指摘する。4点目は、関節や筋肉を傷めるため、口を開けたりものを噛んだりすると痛みが出たりするなどの顎関節症につながることだ。

歯ぎしりや噛みしめは、誰にでも起こる。木野氏は「来院者を見ると、女性のほうが歯ぎしりの訴えは多いが、海外の調査結果などから見ると、おそらく男女差はないだろう。女性のほうが健康意識が高い傾向にあるためではないか」と話す。

「夜間の歯ぎしりや食いしばりのメカニズムは、完全には解明されていない」と木野氏は説明する。

本来人間には、上の歯と下の歯が触れると、離そうとする反射の力が働くようになっている。このため歯と歯の接触時間は、24時間のうち20分未満になるはずだ。しかし、パソコンの作業や勉強、筆記、手元の細かい作業などを集中してやっていると、無意識に歯を食いしばってしまう。この状態が続くと、歯と歯が接触している状態に脳が慣れてしまい、歯と歯が触れている状態、つまり噛みしめが癖になってしまう。これが、TCH(歯列接触癖)だ。夜間に歯ぎしりや食いしばりがある人のほとんどが、TCHという癖を持っていることがわかっている。

人間は咀嚼リズムの反射を持っていて、口の中に食べ物を入れると、特に意識しなくても噛み始め、ある程度咀嚼できると飲み込んでいる。「それなのに、夜中、口の中に食べ物が入っていないのに、勝手に噛みしめたり歯をすり合わせてギリギリ動かしたりするような、咀嚼に似た動きが始まってしまうのはなぜなのか。原因はわかっていない」と木野氏は説明する。

「もしかしたら、TCHがあると、こうした『口の中に食べ物が入っていないときには、咀嚼のような動きをしない』というメカニズムが停止してしまうのかもしれない」

胃から食べたものや胃液が逆流する、逆流性食道炎の場合も歯ぎしりや食いしばりが起きることがあるが、これは、胃液などを中和するために無意識に唾液を飲み込もうとして、噛みしめてしまうためではないかと考えられている。さらに、前日に怒りや悲しみなどのストレスがかかっていた場合、そのストレスを開放させようとして歯を噛みしめる動作が起きるという説もある。「歯ぎしりや食いしばりの原因として挙がっているのは、今のところTCH、逆流性食道炎、前日のストレスの3つ。ただ、TCHによるものが圧倒的に多いので、TCHを是正すると、歯ぎしりや食いしばりが改善されることが多い」と木野氏は説明する。

▼すぐわかる! TCH判別チェック
力を抜いて頭を空っぽにし、座った状態で背筋を伸ばし、くちびると目を閉じて以下のチェックを行おう。
(1)上下の歯と歯が接触していますか?
A まったく触れ合っていない
B 奥歯だけ触れている
C 前歯だけ触れている
D ぴったりとかみ合っている
(2)舌はどこを触れていますか?
A 舌先が上の前歯の裏側についている
B 上顎の面に舌全体がぴったりついている
C 舌先が下の前歯の裏側についている
(3)口を閉じたまま上下の歯を離した状態にすると、どんな感じがしますか?
A 違和感がない
B 違和感がある
(4)口を閉じたまま上下の歯をくっつけた状態にすると、どんな感じがしますか?
A 違和感がある
B 違和感がない
【判定結果は……】
1〜4の項目のうち、B〜Dが1つでもあった人はTCHを持っている疑いが濃厚。
(注)2の舌の位置については個人差が見られるため、この項目だけでTCHがあるという判断はできない。
※木野氏への取材をもとに編集部作成。

■お金をかけずに「貼り紙10枚」で改善

昔は歯ぎしりや食いしばりに対する治療は、歯を守るためのマウスピースをつけて寝ることくらいしかなかった。しかし、歯は守れるが、食いしばりは防げないので関節や筋肉は守れない。

TCHを是正すれば根本治療になることが多い。木野氏が提唱している治療法は、もともと人間が持っている、上の歯と下の歯が触れると、離そうとする反射を取り戻すための行動療法だ。「歯を離す」「リラックス」など、言葉を1つ決めて、それを書いた貼り紙を10枚以上用意して家中に貼る。そして貼り紙に気づいた瞬間に口を開いて息を吐きだしながら全身の力を抜く、ということを繰り返す。指示通りにこのトレーニングをした人のほとんどが、だいたい1カ月程度、長くても1年間程度でTCHがなくなり、歯ぎしりや食いしばりの症状がなくなるという。

ポイントは、非常に逆説的ではあるが「歯を離しておこう」と考えないことだという。「自分で気をつけることで、TCHの癖が抜けることはない」(木野氏)からだ。人間だけでなく、動物の顎の力は、閉じる筋肉は強くできているが、開けるための筋肉は弱い。獲物を捕らえるときに必要なのは、閉じる力だからだ。このため、「口を開けよう」と意識すると、弱い筋肉を常に使おうと緊張状態が続くことになり、疲労してしまう。TCHを是正するのに必要なのは、弱くできている「口を開ける筋肉を使う」ことではなく、「口を閉じる筋肉を緩める」こと。この違いは、TCHの癖を改善するうえで、とても大きい。

この方法は、意識しないでも体が動く「反射」を取り戻すためのトレーニングなので、意識的に歯を離すのではなく、「貼り紙を見る→脱力する」ことを繰り返すことが必要だ。「すると、いずれ意識しなくても貼り紙を目にすれば脱力するようになり、さらには貼り紙を見なくても脱力し、最終的には歯が触った刺激があると無意識に歯を離すようになる」と木野氏は説く。

貼り紙をすべて同じものにするのにも意味がある。「同じ色や形、文字であれば、たくさん目にして慣れてくると、読まなくても条件反射で体が動くようになる。最終的には、考えなくても体が勝手に動くような条件反射にしていくためには、同じ貼り紙のほうが効果的。『やってみたけれどよくならない』という人に聞くと、貼り紙の数が少なかったり、貼り紙をしないで歯を離そうと意識するだけで何とかしようとしたりした人が多い」(木野氏)。

夫や妻が、夜中に歯ぎしりをしている場合は、「起こして止める必要はないだろう」と木野氏は言う。前日のストレスを開放しているだけかもしれないので、歯ぎしりを止めると、ストレスが開放されず、体のほかの部分に障害が起きてしまう可能性もあるからだ。「毎日続くなら、TCHの可能性が高いので、まずはTCHかどうかの確認をして、TCHをなくすトレーニングをするよう勧めたほうがいい」と言う。

木野氏は、「貼り紙法はこれまでの治療法に比べると、薬も手術も伴わない特異なものだが、非常に治癒率が高い。さらに、お金をかけずに始められ、体に害がないことがいいところ。歯ぎしりや噛みしめに気づいたら、放置せずに試してみてほしい」と話す。

▼TCH改善に効果抜群 貼り紙法
(1)気づきを促す貼り紙を用意する
「歯を離す」などという文字やイラストを描いたメモ、シールを10枚以上用意する。文字や色・形は統一し、まったく同じものとなるようにする。
(2)生活空間に貼る
家の中や職場で必ず目に入りそうなところや、よく使うものに貼る。
(3)貼り紙に気づいたら、そのたびに脱力する
両肩を耳につけるつもりでギューッと引き上げる(歯と歯が接触した状態でよい)。「あっ」と小さな声を出し、一気に力を抜く。職場など声を出すのが難しい場合は、息を短く一気に吐き出せばOK。
「貼り紙を目にする→脱力する」という行動を繰り返していると、これまで自覚できなかったTCHに違和感を覚えるようになる。最終的に「歯が接触していた」と意識する前に、歯が離れるようになる。睡眠中の歯ぎしりに改善が見られる人も多い。
※木野氏への取材をもとに編集部作成。

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宮崎泰成
医師
東京医科歯科大学医学部附属病院呼吸器内科・快眠センター長、教授。1990年、同大学同学部を卒業。現在、快眠センターにおいて、歯科・耳鼻科・精神科の医師と睡眠時無呼吸症の治療を行う。
 

大場俊彦
医師
慶友銀座クリニック院長。1998年、慶應義塾大学大学院博士課程外科系修了。耳鼻咽喉科専門医、気管食道科専門医。慶應義塾大学関連病院などに勤務後、開業。著書に『いびき女子、卒業!』。
 

木野孔司
歯科医師
木野顎関節研究所所長。鶴見大学歯学部臨床教授。東京医科歯科大学歯学部附属病院顎関節治療部非常勤講師。東京医科歯科大学歯学部卒業。著書に『自分で治せる! 顎関節症』(監修)など。
 

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(ライター 大井 明子 撮影=岡村隆広、向井 渉 写真=PIXTA、Getty Images 図版作成=大橋昭一)