ノーベル賞の授賞式が開かれるスウェーデンのストックホルム(写真:Kavalenkau Pavel/PIXTA)

ビジネスモデルが一夜にして崩れ、新しいライバルが突然現れる今の時代、「データ」や「合理性」だけに頼ることはできません。だからこそ「アート」が持つ直感力や創造力が必要となってきています。
世界の起業家や経営者たちはなぜアートを学ぶのか。欧州トップクラスのビジネススクールで教鞭を執るニール・ヒンディ氏の著書『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』の内容を一部抜粋し再構成のうえお届けします。

私はこれまでアートと起業やビジネスの関係について何年も研究し、そこから得られた知見をビジネススクールで教えてきた。アートの世界において、アーティストの持つ創造性がどのように発揮されているのか細かく見ていくと、表面的なテクニックではなく、「どのような考え方をするか」が重要であることがわかった。

ビジネスの世界の人間が、こうしたアートの世界の思考法を身に付けることで、イノベーションやブレイクスルーにつながり、組織の中で独創的な考え方をする人が育っていくのである。

もちろん、創造的な人がみんなアーティストであるとか、創造性がアートでのみ発揮されるというわけではない。しかし、極めてリアリスティックで几帳面で保守的な人が創造的になるのはなかなか難しい。創造性は、「開かれた心」「実験」「美意識」「アイデア」といった要素と深く関わっている。だからアーティストと起業家は似ている。そしてアーティストと科学者もまた似ているのだ。

アートとサイエンスの類似点

科学者は、すべての人に影響を及ぼす自然現象を発見して私たちに周囲の世界を理解させ、人々の生活を変えてしまう。そしてこうしたサイエンスが、企業のイノベーションを支えている。

一般的には、アートとサイエンスは相反するもののように思われている。アートとは感情や表現を扱うものであり、サイエンスとはデータや現実を扱うものだと認識されているからだ。しかし、歴史をたどると、この2つは密接な関係を保ってきたことがわかる。

ルネサンス時代のレオナルド・ダ・ヴィンチのように、アートにもサイエンスにも秀でた人物はほかにもいる。たとえば、ロシア帝国時代の劇作家・小説家で『かもめ』『桜の園』などの戯曲で知られるアントン・チェーホフは医師だった。同じくロシア帝国を代表するロマン派の作曲家アレクサンドル・ボロディンは医師であり化学者でもあった。

19世紀末になると、アートもサイエンスも形式化・専門化し始めた。そしてこれが進行すると、両者の間に亀裂が生まれ、もはや一緒には存在できないところまできてしまった。

だが、このようなとらえ方は現代においては変わった。現代の科学者の中には、フランス出身の神経内分泌学者でノーベル生理学・医学賞を受賞したロジェ・ギルマンや、理論物理学者で同じくノーベル物理学賞を受賞したアメリカのリチャード・ファインマンのように、絵を描く人がいる。2人はアートとサイエンスの両方の分野で活動した。

アートとサイエンスが生み出そうとしているものは異なるが、生み出すまでの過程は驚くほどよく似ている。想像、直感、実験、探索、満足、失望……。アーティストも科学者も、こうしたことを繰り返しながら何かを創造するのである。

20世紀後半に行われた数多くの研究は、アートとサイエンスの間に直接的なつながりがあることを示している。美術のような別の分野にも関わっているほうが、科学的成功を収める確率が高いという統計結果が出ているのだ。

12月10日はアルフレッド・ノーベルの命日であり、毎年この日にノーベル賞の授賞式が行われる。これに関連した話を1つ紹介しよう。

アートに関心を持つ人は3倍

アメリカのミシガン州立大学生理学教授、ロバート・ルート=バーンスタインは、アートとサイエンスの関係をテーマに研究を続けている。数々の研究論文や著書の中で彼は「サイエンスとアートには相互作用がある」と指摘している。それを裏付けるのが、ノーベル賞受賞者とほかの科学者のバックグラウンドを比較する研究だ。

この研究は、「サイエンス分野での成功」と「アート分野での活動」に関連があるかどうかを調べる目的で行われた。そして、もし関連があるなら、アートが科学的成功にどのように影響するかも明らかにしようとしていた。研究の対象となったすべてのノーベル賞受賞者の中には、絵画、楽器演奏、写真、演劇、ダンス、デッサンなどのアートに熱心に取り組んでいると自ら述べる人たちもいた。

研究の結果、アートは科学者の成功に関係があることが明らかになった。ノーベル賞受賞者には、ほかの科学者や一般の人々に比べて、アート関連の趣味を持つ人がほぼ3倍もいたのだ。「ノーベル賞受賞」という事実に示されているように、彼らは各々の分野を極めているが、さらに、幅広いスキルも身に付けていたのだ。ルート=バーンスタインらは、彼らの芸術的創造性が実験能力を高め、研究にもプラスにはたらくのではないかと結論づけた。

研究では、ノーベル賞受賞の確率がアートの種類別にも調べられた。その結果、絵画・彫刻などの視覚芸術を趣味にしている人たちは、ノーベル賞受賞の確率が7倍になっていることがわかった。写真は8倍、演劇・ダンス・奇術などのパフォーマンスは実に22倍である。驚くべき結果だ。


なぜ科学者はアートに惹かれるのだろうか。偉大なアーティストは科学者同様、人の脳について何かを理解している。理解していなければ、私たちの脳を刺激して作品のとりこにすることはできないだろう。

サイエンスは「系統立った、データ重視の、言葉や数字に基づいた分野で、問題の解決には数学的ツールが使われる」と考えられることが多い。しかし、歴史やさまざまな研究を見てもわかるように、科学者は研究に取りかかる前に、それがどのようなものになるか、頭の中で「見ている」のだ。さまざまなアートに関わることで、さまざまな「見る」方法が身に付くからである。

アーティスト・科学者はクリエイター

人が美術や音楽に触れて美しいと感じるとき、脳の中で何が起きているかを研究する新しい学問分野が生まれている。それによると、素描・絵画・写真をはじめとする2次元の視覚芸術は、問題解決能力を養うのに適しているとされている。また彫刻のような3次元のアートは、非言語的思考とつながりがあり、空間やプロセス、質感、動きに対する理解を深めると考えられている。

こうしたことを知っても、とくに驚きはしない。成功を収めた科学者が、「言葉や数字より、想像力を創造的にはたらかせるほうが重要だ」といつも語っているからだ。たとえば次に示すのは物理学者アルベルト・アインシュタインの言葉である。

「想像力は知識より重要だ。知識には限界があるが、想像力は世界を包み込む。そして進歩を促し、進化を引き起こす」

これは、科学者にもそうでない人にも当てはまる。これからは、アーティストや科学者を「クリエイター」としてとらえるのがよいだろう。「新しい才能や革新的な科学者を採用しよう」「能力のある社員をもっと鍛えよう」と思うなら、アート、哲学、瞑想など、心と体を再生させるものに深く関わっている人物を選ぶべきである。


すばらしい業績を挙げた科学者とそうでない科学者の知的能力はそれほど変わらない。彼らの分かれ目は、思考する際にさまざまな思考過程、たとえば、視覚的・運動感覚的・言語的過程をたどっているかどうかにある。

本職や本来の研究分野と「無関係」な領域にエネルギーを分散させるのは、焦点が定まっていないように思えるかもしれないが、こうすることで多種多様な知識やスキルが身に付くのである。

もちろん、研究の対象となった科学者が、アートによって認知能力を高めたのか、すでに持っていた能力を使っただけなのかははっきりしない。だが、アートに関わることで科学的成功を収める可能性が高まることはわかった。

これを踏まえて、私たちは今日の教育システムについて改めて考え、教え方や次世代のイノベーターたちが使っているテキストを見直す必要があるだろう。

私はこんな言葉を聞いたことがある。

「科学者は人が世界を理解するのを助ける。アーティストは人が理解することのできる世界をつくり出す」

アートかサイエンスのどちらかの世界にいる人は、この2つの世界の相違点ではなく、類似点をはるかによく理解している。アーティストや科学者は、確かに現実離れしているかもしれない。深遠な問題について考え、頭の中に想像の世界をつくり出すからだ。彼らはその内面において、実によく似ているのだ。