中国で販売されているレクサスLS500H。現地生産が始まれば、高級車ブランドの販売競争が激しくなることは必至だ(筆者撮影)

トヨタ自動車は11月に上海で開催された「中国国際輸入博覧会」で、燃料電池車や自動運転車の中国生産に言及し、今後も中国事業に積極的に取り組む姿勢を示した。トヨタの高級車ブランド、レクサスの中国販売台数は10月、4カ月連続で2桁の伸びを見せ、全体としては低迷する中国自動車市場にあっても、トヨタが一人気を吐く格好となった。現状中国で販売されるレクサスは日本から全量輸入されているが、足元の活況を受け、レクサスの現地生産にもにわかに注目が集まる。しかしトヨタが将来レクサスを現地生産するにしても、ハイクオリティーの維持、欧米ブランドとの競争、合弁パートナーとの協業などを考慮したとき、決して万事順調とはいかないように思われる。

消費者のブランド志向が好調を下支え

9年連続で新車販売台数世界首位を維持した中国自動車市場は今年、2000年以降初めてマイナス成長となる一方、高級車市場に限っていえば依然好調が続き、前年比9%増の280万台に達する見込みだ。中国では所得水準の向上に伴い消費者のブランド志向が強まり、クルマ消費の高度化が進展する。特に、高級車は個人のステータスを反映するという消費理念の存在が高級車ブランドの好調を下支えする。


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公用車として長年採用され続けてきたアウディをはじめ、「成功者・富裕層」の代名詞であるベンツ、そして早い時期に中国で現地生産を行い、洗練されたデザインと豊富なラインナップを誇るBMWのドイツ系3社は、中国高級車市場で「ABB」と呼ばれ、トップ3の地位を築き上げてきた。

他方、消費嗜好の多様化に伴い、高級車の安全性やハイテク性能、ブランドのコンセプトに憧れる若年層も増加。2013年以降、キャデラック、ボルボ、ジャガー・ランドローバーなどの欧米ブランドが中国生産を開始し、それぞれの個性で消費者を魅了しファンを獲得している。

上海で生産するキャデラックは昨年、ホイルベースとキャビンを拡張した多目的スポーツ車(SUV)XT5の好調により、前年比51%増の18万台を記録した。また2018年8月投入した新型SUVXT4は、キャデラック史上最安値(小売価格430万円)との販売PRを行い、そのコストパフォーマンスの良さでドイツ系3社の牙城を崩そうとしている。

キャデラックとともにレクサスは中国高級車市場でドイツ系自動車メーカー3社に次ぐ2番手勢力となっている。中国で2005年から輸入販売を始めたレクサスの販売台数は今年、前年比2割増の16万台に達する見込みだ。ただそれでもドイツ系ブランドの4分の1の台数に過ぎず、レクサスは今後、ニッチな高級車ブランドとのレッテルを張られる恐れがある。そこで、現地生産によって中国高級車市場でレクサスの価格競争力を高めようとする議論が持ち上がっている。

レクサスの中国生産は販売台数の一層の伸長を期待させるものではあるが、そこには期待と同時に3つのリスクが潜むものと思われる。

1つ目のリスクは、ハイクオリティーを維持できるのか、という問題である。現在レクサスのほとんどの車種が日本国内で製造され、海外に輸出される。トヨタが国内生産にこだわるのは世界トップレベルの品質を維持したいからだ。

日本と同レベルの製造技術を育成できるか

トヨタの高級ブランドとしてレクサスには、製造工程の精度や部品間のすり合わせなどに高い完成度が要求され、それには「匠」といわれる多くの熟練工の存在が不可欠だ。近年中国の自動車製造技術は着実に向上しつつあるものの、技術者や熟練工を一から育成しようとすれば、日本と同様のモノづくり水準を実現するのは容易ではない。

現地生産に切り替えたキャデラックは販売台数の増加を果たしたが、部品調達や生産工程を含む品質管理に緩みが見られ、2018年1〜10月末の消費者の苦情件数は合計341件と2016年から5倍に膨らんだ。同時期のレクサスの苦情件数は合計41件に抑えられ、BMW(同70件)やベンツ(同168件)を上回るハイクオリティーを実現した。

2つ目のリスクは、ブランド力を低下させかねない、という懸念だ。中国では、「日本製=高品質の保証」といったイメージを持つ消費者が多く存在する。全量輸入販売するレクサスは「匠の心」や「スマート・ハイブリッド化」をコンセプトとし、消費者に高品質と技術の差別化を訴求し、需要を取り込んできた。

加えて中国政府は7月、自動車輸入関税を25%から15%に引き下げる一方で、米中貿易摩擦が激化した結果、米国製自動車に対する輸入関税を15%から40%に引き上げた。足元のレクサスの販売台数増加はこうした関税の恩沢に浴した結果ともいえる。

仮にそうだとすれば、他社に遅れて現地生産する高級車ブランドが、長い年月をかけ中国市場に浸透してきたドイツ系メーカーのブランドと真正面から競争するのは容易ではなく、レクサスは徐々に価格競争に巻き込まれ、レクサスのブランド力を低下させかねない。実際、キャデラックが昨年から販売台数の急増を実現した裏には大幅な値引き販売があった。

3つ目のリスクは、中国の提携パートナーと今後も良好な協業関係を維持できるのか、ということである。中国政府は外資企業の中国での自動車生産を合弁形態でのみ可能とさせ、合弁相手は2社まで、出資比率は上限50%といった制限を設けている。

トヨタは第一汽車、広州汽車とそれぞれ合弁企業を設立した。中国企業側には中国政府や現地規制への対応を、トヨタには合弁相手への技術やノウハウの提供といった役割が期待されている。

現地提携社と良好関係を維持できるか

そのようななかで、仮に現地生産したレクサスの販売台数が期待値を下回った場合、トヨタに合弁相手に対する発言力がなければ、部品サプライヤーの選定や販売体制の構築などの問題で両者の意見が対立し、それがレクサスの品質やブランド力に影響を及ぼす可能性がある。

中国高級車市場が細分化するなか、ブランド力ではまだドイツ系高級車に敵わないトヨタにとっては、今後も中国事業を拡大する余地はあるものの、現地生産は安易に選択できるものではない。

高級車市場のさらなる拡大が期待されるなか、ドイツ系高級車は新エネルギー車(NEV)を含むラインナップの拡充や生産能力の増強を実施し、一般車市場からの消費者獲得にも力を入れる。アウディは2017年にプラグインハイブリッド(PHV)「A6Le-tron」を発売、今年はSUV「Qシリーズ」の専用工場を稼働させ、中国での生産能力を81万台とした。またBMWは今年、PHV「530Le」を投入、中国での生産能力を45万台から来年52万台に引き上げる計画だ。

ベンツは年産30万台の新工場を建設、来年中国初の現地生産となる電気自動車「EQC」を投入する予定。こうしてドイツ系ブランド3社は2020年に合算200万台超の生産能力を形成すると同時に、基幹部品も輸入から現地生産に切り替え、一段のコスト削減を進める。

しのぎを削る高級車ブランド

一方、2014年に中国で現地生産を果たした日産のインフィニティの今年の販売台数は、目標の10万台に対し実績はその半分にとどまりそうだ。ホンダのアキュラは2016年に初の中国産SUV「CDX」を投入し、昨年は1万6000台を記録したものの、SUV市場の減速や新車投入の遅れにより、今年の販売台数は前年比約4割減となる見込みだ。各社がしのぎを削る中国高級車市場では、ドイツ車がこれからも生産能力で競合車を圧倒しそうであり、日本車にとって現地生産はタフなものとなろう。

中国政府は今年、NEV分野の外資出資制限を撤廃。2022年には自動車市場を全面的に外資に開放すると発表した。テスラは現在独資で上海新工場を建設し、BMWは中国合弁企業に対する出資比率を2022年までに現在の50%から75%に引き上げる。

現状、高級車を現地生産する潮流からは一線を画すトヨタの戦略としては、NEV分野での独資による現地生産を先行させつつ、レクサスのブランド力を中国市場で漸進的に高めることが1つの選択肢として挙げられよう。

魅力的なNEVや省エネ車の投入、行き届いたアフターサービスの強化などにより、ものづくりの「匠の心」を前面に出し、若年層を含む多くの中国人ファンを獲得することをトヨタに期待したい。