乳用種の飼養頭数が1000頭からゼロ頭になった藤原さん。「白黒の牛」は牛舎から姿を消した(宮崎県高鍋町で)

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 手頃な価格の「国産牛」が手に入りにくくなるかもしれない──。ホルスタイン(乳用種)の牛肉が減り続けている。生産量は25年前の4割。乳用種に受精卵移植(ET)で和牛を生ませたり、和牛との交雑種(F1)を生ませたりする例が増えたためだ。乳用種の雌が生まれやすい性判別精液の利用も広がり、主に肉用となる雄はますます生まれにくい状況だ。低価格帯の需要を輸入牛肉が奪う状況に畜産関係者は、「消費者の選択肢が減りかねない」と危惧する。(松本大輔)
 

生産は1戸 8900→360頭に 宮崎県乳用牛肥育事業農協


 「以前は白黒の牛がたくさんいたけど、今は黒い牛だけだ」。宮崎県高鍋町で和牛とF1を1200頭飼う藤原辰男さん(66)は言う。県乳用牛肥育事業農業協同組合の組合長を務め、約15年前は乳用種を1000頭飼っていたが、今年ゼロ頭になった。「乳用牛肥育の看板と実情が食い違ってしまった」と残念がる。

 同組合は比較的安い乳用種の牛肉を中心に消費者に提供してきた。だが今年に入り、乳用種を肥育するのは組合員のうち1戸だけに減少。ピーク時は組合全体で8938頭の乳用種を育てていたが、今は361頭とピーク時の4%に縮小した。

 農水省の食肉流通統計によると、2017年の乳牛の牛肉の生産量は9万3871トン。直近のピーク(1992年)から6割減った。牛肉全体では同期間で2割減にとどまり、乳用種の減少が際立つ。スーパーなどが「国産牛」として売る、比較的安い肉がホルス。減り続ければ、安全・安心な国産牛肉を手頃な価格で手に取りたい消費者にとっても打撃となる。

海外産伸び 毎年5%超 通商交渉で加速に懸念


 こうした国内事情の隙を突くように、輸入牛肉が存在感を高める。財務省の貿易統計によると、牛肉の輸入量は直近3年で毎年5%超の伸びを示す。年内発効が決まった米国を除く11カ国による環太平洋連携協定(TPP11)や今後交渉が始まる日米物品貿易協定(TAG)などで、この傾向が加速する恐れもある。

 藤原さんは「安い牛肉は輸入しかないという状況が定着し、消費者の選択の幅が狭まるのではないか」と嘆く。それでも「肉用の乳用種はもはや手に入らない。肥育したくてもできない状況だ」と複雑な心境を語る。
 

和牛交配主流 ホル雄生まれず

 
 減少の一因には、乳用種に和牛を生ませる例が増えたことがある。コストの高止まりに悩む酪農家が収益確保のため高く売れる和牛の生産を増やした構図だ。2010年の口蹄(こうてい)疫で激減した和牛の頭数を穴埋めする施策も背景にある。乳用種にF1を生ませるケースも増えた。和牛を交配する割合はここ数年、3割を上回り「過去最高水準で推移する。和牛やF1が生まれる分、乳用種は生まれにくい。

 乳用種が生まれたとしても、肉用の雄はほとんど生まれない。生乳を搾るため雌を確保しなければならない酪農経営で、雌が生まれやすい性判別精液の利用が広がったためだ。藤原さんは「酪農家が利益や搾乳用の牛を確保するのは当然だが、肉用の乳用種の雄は間違って生まれた牛とさえ言われている」と明かす。

 安い乳用種の牛肉は、輸入牛肉との価格競争が激しい。そのため、採算が合わずに生産が縮小している側面もある。