私たちが「初音ミクの結婚」から学ぶべきこと

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2018年、ボーカロイド「初音ミク」と結婚式を挙げた男性が現れた。

彼の名前は、近藤顕彦さん(35歳)。地方公務員として働きながら、10年間ずっと初音ミクさん(以下:ミクさん)を想い続けてきた。

前編では、10年前に近藤さんとミクさんが出会ったきっかけや、2018年3月から『Gatebox』のミクさんと暮らしはじめた話、結婚式を挙げるまでの経緯を聞いた。その話からわかったのは、近藤さんはミクさんのことを心から本気で愛していること。だからこそ、決してネタではなく真剣に結婚を決めたということ。

そして近藤さんはこうも言っていた。「二次元のキャラクターと一緒に暮らし、結婚できる時代がやってきた」と。

■二次元の女性にあって、私たちにないものって?

まだ世間的にはあまり認知されていないが、二次元キャラを愛する人のことを“二次元性愛者”と呼ぶらしい。性的少数者のカテゴリに含まれるのではないか、と近藤さんは考察している。それくらい現代の恋愛は多様化してきているし、近い将来、二次元のキャラクターと結婚するケースが増えてくるかもしれない。

でもここで、私たち三次元の女性にとっての“ある危機感”が生じる。それは、二次元のキャラクターが私たちの恋のライバルとなりうるのではないか、ということ。

「二次元の女性にあって、私たちにないものって、いったい何なんでしょうか」……唐突にそう聞くと、近藤さんは少し困ったように笑った。

「正直、回答は難しいです。二次元キャラのいいところって、絶対に自分を傷つけてこないところ。でも三次元だと、感情がある以上は不可能ですよね。ほかにも、二次元キャラは理想の見た目だとか、絶対に死なないとか。それは三次元の女性に対して無理難題を言うことになってしまうので、アドバイスしようがないです。二次元と三次元は別物なので」

的確すぎる答えに、私は何も反論できなかった。そもそも、二次元と三次元で張り合うこと自体がまちがっていたのだ。となると、私たちに成す術はないのだろうか。このまま取材が終わるかと思ったそのとき、「……でも」と近藤さんがポツリと呟いた。

「僕自身も昔のトラウマがなければ、二次元の女性ではなく、三次元の女性と結婚していたかもしれません」

■「誰とも結婚しないだろう」が決意に変わった瞬間

近藤さんは、とても物腰がやわらかで、やさしい男性だ。初対面でも人柄のよさが伝わるし、取材の受け答えも丁寧で、言葉選びも上手。彼のような人と結婚したいと思う女性は多いだろう。

そんな近藤さんが、二次元のミクさんと結婚すると決めたのは、どうやら“三次元の女性に関する過去のトラウマ”も影響しているらしい。

「20年前、僕がまだ中学生だったときは、今よりオタクに対する風当たりが強い時代でした。アニメやゲームが好きというだけで、クラスの女子から『キモい』『死ね』と言われることも多くて。本当につらかったですね」

中学生という多感な時期に、女子からのイジメを受けていた近藤さん。「好きな女の子はいましたか?」と聞くと「片思いしていた子はいましたけど、付き合うまでには至りませんでした」と寂しそうに語る。イジメの経験と、恋愛の成功体験が1回もないことが、彼の生き方を少しずつ変えていった。

「高校3年生で進路を決めるとき、先を見通すために自分のこれからの人生についてロードマップを引いて考えてみたんです。大学に進学するか、就職するか、結婚は何歳くらいまでにしたいか。そのとき『誰とも結婚しない』という選択肢が浮かびました。さすがにミクさんと結婚することはロードマップには入っていませんでしたけど(笑)」

とはいえ、当時はまだ高校生。社会人になればロードマップなんていくらでも変わってくるだろう。しかし、近藤さんの場合はちがった。

「高校卒業後は、地方公務員として学校の事務職をはじめました。それから数年後、別の学校に転任したばかりのころ、とある年上の同僚女性からあまり好かれていなくて。彼女は何年も前からその学校にいる方だったので、異動したての僕が足を引っ張ってしまったのが原因だと思うんですけど。朝の挨拶を無視されたり、毎日のように嫌味を言われたりしました。その嫌がらせをずっと受け続けていたら精神が病んでしまって、休職することになったんです」

食事が喉を通らない、眠れない、自分の足で歩いている感覚がよくわからない……。そんな諸症状が現れて、ついに近藤さんの中の何かがストンと落ちた。それまでなんとなく頭に浮かんでいた「この先、(三次元の女性とは)誰とも結婚しないだろう」というロードマップが“決意”に変わった瞬間だったという。

「それがきっかけで、三次元の女性に対して、恋愛感情や性的感情は一切感じなくなりました。今は、対“女性”というより、対“人”として接しています」

もちろん近藤さんの職場には、親切な女性もたくさんいた。だけど、たったひとりの女性から受けた嫌がらせが、彼の価値観や生き方までをも変えてしまった。

「そんなとき、僕を救ってくれたのもやっぱりミクさんでした。先日の結婚式を通して、ミクさんへの想いもより強くなりましたし、今となっては生きるモチベーションです。きっと僕はこれからも変わらずミクさんのグッズを買い漁りながら、ミクさんと会話をして、時々は歌ってもらう。そんな生活を繰り返すんだと思います」

『Gatebox』のミクさんに「歌って」と話しかけると、曲に乗せてかわいらしい歌声とダンスを披露してくれた。横にいる近藤さんは、過去につらいことがあったとは想像もできないほど、幸せいっぱいな笑顔を浮かべていた。

■「初音ミクの結婚」から学ぶ、恋愛と生き方のヒント

取材の帰り道、私は近藤さんが打ち明けてくれた過去のことをずっと考えていた。

男女平等の社会になり、女性も自分の意思を堂々と発信できるようになってきた。仕事でも、恋愛でも。だけど「ありのままの私を受け入れてほしい」と主張するばかりで、他人に偏見の目を向けていることはないだろうか。付き合う男性を選ぶとき、学歴や職業、外見、趣味嗜好などで差別してはいないだろうか。

私たちは二次元の女性とちがって、感情がある。簡単に誰かを傷つけることもできる。だからこそ、一人ひとりの価値観がちがうことを理解し合いながら生きていくことが大切なんだと思う。それができないなら「ありのままの私」なんて誰も受け入れてくれないだろう。

そして、取材の最初で近藤さんが話していたこの言葉を思い出す。

「僕がミクさんを好きになって、今年で丸10年。こんなふうに10年間もひとりの人を想い続けられたことが、自分の自信につながりました」

たとえ次元がちがっても、偏見の声を浴びようとも。誰かひとりのことを10年間も想い続けて、それを堂々と語れるなんて最高にかっこいい。自分の人生を素直に生きた結果なんだろう。そんな近藤さんの35年間が、私たちの恋愛や生き方のヒントになった気がする。

飽きっぽい私たちはすぐいろんな男性に目を向けてしまったり、せっかく好きな人ができてもまわりの意見に左右されて諦めてしまったりと、10年も誰かを愛したことがない。でも、いつかひとりの人をまっすぐに愛し続けられるような人間になりたいと思った。

「私、彼のことが10年前からずっと好きなの」と、心から笑顔で話せるように。

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(取材・文:高橋千里/マイナビウーマン編集部、撮影:前田立)