起業をインターンで体験する、新たな取り組みが始まった(記者撮影)

「今日は、会社の顧客に関する仮説を立ててみましょう。顧客の抱える課題などの10項目を、法人顧客と個人顧客に分けて書き出してください」

11月上旬、東京都港区にあるコンサルティング会社・ビジネスバンクグループ本社の会議室。講師の呼びかけに応じ、参加者する大学生たちがグループに分かれて熱心に話し合いを始める。

大学生が一定期間、職業体験をする「インターンシップ」。この研修はその一場面だが、通常のインターンとは大きく異なる。まず職業体験が「起業」であること、そしてそれが大学の「授業」の一環として行われていることだ。

起業体験+インターンシップ

早稲田大学は今年から、ユニークな起業家教育をスタートさせた。学生はおよそ1年をかけて実際に起業にチャレンジする。そしてそれをインターンとして行うのだ。大きなリスクを背負う起業と、職業訓練であるインターン。一見すると相矛盾する2つの要素が入り交じっている。

文部科学省は2017年から「次世代アントレプレナー育成事業」(EDGE-NEXT)という事業を進めている。早大は滋賀医科大学、東京理科大学、山形大学とコンソーシアムを組み、その採択を受けている。この「起業インターン」も同事業の一環だ。

学生たちはインターンに取り組む前に、大学の授業でアイデア発想法や事業計画の立案方法などを学ぶ。インターンは一連の起業家育成科目の最終段階という位置づけだ。起業の理論を学んだうえで、実際に実践してみる。理論と実践の融合が、起業インターンの狙いの一つになっている。

学生たちにとって、授業を受けてインターンに進むのは、なかなかの狭き門。授業中にアイデアコンペが行われ、そこで勝ち抜かなければならない。インターン直前の前提科目の受講生は約120人だが、実際に起業インターンに進んだのは、3チーム、16人だった。


起業インターンは今年9月に始まった。実際に会社を設立するわけではないが、参加する3チームは会社に見立てられ、1年をかけて一連の起業のサイクルを体験していく。インターンの事業費は100万円。各チームには「資本金」としておよそ30万円ずつが振り分けられ、商品開発から営業・販売・管理までを実践する。

顧客の声を聞いて事業を修正する

3チームの事業内容は、「起業家とエンジニアのマッチング」「VR(仮想現実)を活用した会議システム」そして「大学など研究室が利用する試薬の共有管理検索プラットフォーム」だ。

その内容は意外にもかなり現実的だ。たとえば試薬のプラットフォームビジネスは、大学の研究室で試薬が余っていたり、管理のために面倒な事務作業に追われていたりする現状に着目。試薬を必要とする人と不要とする人をマッチングする。

インターンが始まっておよそ3カ月。現在は想定顧客の声を聞きながら、サービスをブラッシュアップしている段階だ。「試薬」チームでは、研究室から話を聞いてみると、これまでと違う方法で試薬を入手することに懸念を持っていることがわかってきた。実際のビジネスと同じように、当初のアイデアがそのまま事業になるとは限らない。今後もできるだけ多くの想定顧客から話を聞くつもりだ。

参加する学生は商学部の学生が中心だが、理工学部や人間科学部、社会科学部など他学部からの参加も少なくない。「将来は起業したい」「通常のインターンとは真剣味が違う」「メンバーとはほぼ毎日顔を合わせている」。学生に話を聞くと、その熱心ぶりが伝わってくる。中には「起業に関心はなかったが、チームで取り組むことの重要性を認識できた」「実践してみてもっと勉強したいと思うようになった」といった声もあった。

ただしあくまでインターンなので、学生たちが起業して取り組む事業は、受け入れ企業が最終責任を負う。インターンを受け入れるビジネスバンクグループは、もともとベンチャー企業の支援を手掛ける。同社の浜口隆則代表は「このプログラムを通じて、学生たちに起業という選択肢があることを知って欲しい」と語る。

インターンは1年間続く。最初の半年は商品開発やPDCA(仮説検証)プランの作成、取引先の交渉などを行う。その後、浜口代表や弁護士などからなる評価委員会が事業評価を行い、合格したチームだけが次のステージに進む。後半の半年間では実際に営業活動を行い、契約業務や販売管理、経理なども経験する。

自動車免許の教習に例えれば、始めの半年で技能教習、残りの半年で路上実習に出る。ただし学生たちに与えられるのは「仮免許」。「学生にハンドルを握らせるが、ブレーキは受け入れ企業が代行できる」設定だ。

学生たちはインターンが終了する1年間で、事業の利益を出すことが求められる。一方で、終了時に営業利益が出た場合、その25%は就学奨励金として学生たちに支払われる。それが事業へのインセンティブとなる。

まずは"フェイルファースト”

なぜインターンなのか。やはり大学の授業の一環である以上、学生にリスクを負わせられないという制約がある。事業の契約主体はあくまで受け入れ企業であり、受け入れ企業と学生の間に債権債務関係も発生しない。

現実の起業を考えた場合、1年間という時間の制約も厳しい。ただ、企業のビジネスモデル研究が専門で、起業インターンの立ち上げに尽力した井上達彦・早稲田大学商学学術院教授は、「大学の修士、博士論文を仕上げることと同じ」と語る。「修士論文では10年以上かかるテーマを1〜2年で仕上げる。その過程で研究者として必要な素養を身につけていく。起業も同じ。大切なのはテーマ設定であり、それを短い期間で完結させることが大事」(井上教授)。

日本では新規開業率の低さが指摘されているが、インターンの狙いの一つは、まさに起業を志す学生を増やすことにある。ただ、目線はもっと現実的だ。「仮に起業に成功しても一生食べられるわけではない」(井上教授)。生涯年収で見ると、起業するより企業で勤め上げたほうが高いというデータもある。

「起業をあおってはいけない。まずは“フェイルファースト”(まず失敗すること)。できるだけ早い時期に起業の一連のプロセスを経験させ、学生が自身で気づきを得ることを狙っている」(同)

浜口ビジネスバンク代表も「起業家として自分で壁を突破できる人は、こうした授業は必要ない。一方で、背中を押さないと突破できない人たちもいる。そういう人たちのレベルアップにつなげていきたい」と話す。

起業の理想と現実――。その一つの解が起業インターンだったといえるだろう。文科省によるEDGE-NEXTの補助期間は原則5年。このインターンも5年間で一定の成果を出さないといけない。今後5年間で立ち上がる”会社”が利益を上げ、事業継続のための内部留保を作っていけるか。取り組みは始まったばかりだ。