少年サッカーをはじめ、キッズスポーツの指導現場ではプレイヤーズファーストの考え方が広がりつつある。写真はイメージ(写真:m.Taira / PIXTA)

「プレイヤーズファースト」という言葉は、流行語大賞にはノミネートされなかったが、今年、世間をにぎわせた言葉だ。スポーツ界に不祥事が起こるたびに、いろいろな立場の人が「プレイヤーズファースト」「選手ファースト」を口にした。あたかも金科玉条のようではあったが、なかには誤用、乱用ではないかと思えるものもあった。

「プレイヤーズファースト」の誤用、乱用

女子レスリング、伊調馨へのパワハラ問題で日本代表監督の任を解かれた栄和人氏は、のちに一時的に現場復帰した。

それを指示した至学館大学の谷岡郁子学長は「選手が栄さんの指導を受けたいと言っている。選手ファーストだから、復帰させた」と説明した。


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今夏の記録的な酷暑で、甲子園で開催された高校野球選手権大会には多くの疑問の声が投げかけられた。

甲子園以外の球場、たとえば京セラドームでできないのかという声が上がったが、高野連の竹中雅彦事務局長は「プレイヤーズファーストですよ。選手が第一。大人の考えはあっても選手はどうなのか。選手がどうしても甲子園で、というならそれもプレイヤーズファーストなので難しいですよね」と語った。

この言葉の本来の意味を知らなくて引用したのか、知っていてあえて誤用したのかはわからないが、こうした発言が今のスポーツ指導をめぐる状況をいっそう混乱させている。

プレイヤーズファーストという言葉は、最新の広辞苑(第七版)にも、主要な辞書や現代用語関連書籍にも載っていない。歴史が浅く、まだ意味が定まっていない言葉だ。

この言葉を日本国内で最初に使ったのは、筆者が調べた限りではJFA(日本サッカー協会)だった。JFAの公式サイトには「選手育成」というページがありPLAYERS FIRST!というタイトルで、

ゲームは子どもたちの育成に大きな影響を与えます。関わるさまざまな分野の大人の連携により、一人ひとりの子どもたちに最も適したゲーム環境を追求していくことが重要です。
育成年代のサッカー環境に関わる大人、すなわち指導者、審判、大会の形式、保護者・サポーターが力を合わせて、さまざまな困難にも、子どもたちにとって何が一番良いのか、という観点で判断し、解決に向けて努力していきたいと考えます。
(出典:JFAのPLAYERS FIRST!より)

と書かれている。

JFAをきっかけに、プレイヤーズファーストという言葉をよく耳にするようになった。

たとえば、オリンピックなど国際大会での海外遠征で試合に出ない役員がファーストクラスやビジネスクラスに乗り、選手がエコノミーで肩身の狭い思いで移動していると報道されたときに、これはプレイヤーズファーストの原則からしておかしい、というふうに使われた。

全日本実業団対抗女子駅伝で起こった「ある事件」

しかしこの言葉は、使い方次第でどのようにも転がっていく言葉なのだ。

この秋、プレイヤーズファーストという言葉を論じるうえで象徴的な事件が起こった。

10月21日に福岡県で行われた全日本実業団対抗女子駅伝の予選会で、岩谷産業で2区を任された飯田怜(19歳)が、第2中継所手前約200メートルで立てなくなり、残りの距離を四つん這いで進んで、中継所で待つ次走者にたすきを渡した。飯田は両膝から流血していたが、レース後、右すねを骨折する大けがだったことがわかった。

大会本部のテレビ中継で飯田の負傷を確認した岩谷産業の広瀬永和監督は棄権を申し出たが、連絡がうまくいかず、現場の審判員に伝わったときには中継所まであと20メートルほどだった。審判員はレースをストップさせず、そのまま見守った。

テレビ中継には審判員と思しき関係者の「これは(このまま)行かせたい」という声も残っていた。

即座にレースの中止を決断した岩谷産業の広瀬永和監督と、レースを中断したくない一心で走路を這った飯田怜の気持ちを尊重してレースを続行させた審判の、どちらが「プレイヤーズファースト」にのっとった判断だと言えるのだろうか?

意見は分かれるだろうが、「プレイヤーズファースト」が本来「選手育成」を目的とする言葉であることを考えると、答えははっきりする。

「育成」とは「今」ではなく「選手の未来」のために、選手を教え導くことだ。指導者は、今の勝敗よりも、選手が今後も長く競技生活を続け、成長し続けるためにはどうすればよいかを第一に考えるべきなのだ。そのことを考えれば選手を棄権させようとした岩谷産業の広瀬永和監督の判断こそが「プレイヤーズファースト」だということがわかる。

このあたりの関係を、明快に説明するのがスポーツ指導者の荻野忠寛だ。


プレイヤーズファーストについて語った荻野氏(筆者撮影)

荻野は桜美林高校、神奈川大学、日立製作所を経て2006年大学、社会人ドラフト4巡目で千葉ロッテマリーンズに入団。

救援投手として活躍した(通算9勝11敗40セーブ33ホールド)。

その後再び日立製作所で投げたのちに、学生野球資格回復の適性認定を受けて指導者になった。

今、その独自の指導理論で、野球だけでなくほかのスポーツ分野、さらには一般企業からも注目を集めている。

「子どもは“未来の予測”がうまくできません。今のことに夢中になってしまいます。4、5歳の幼児が危ない場所に平気で行ってしまうのは、その後に起こる危険を予測せず、今、楽しいことを求めるからです。

未来を予測する能力は成長するにつれてだんだん備わってきますが、個人差はあるにせよ、中学、高校レベルで、未来を予測し論理的に説明して行動できる子はほとんどいません。

僕はだから指導者、大人がいるのだと思います。“今はそうかもしれないけど将来のことを考えたらこうだよ”と導くのが大人の役割でしょう。そういう意味では、プレイヤーズファーストは、厳密に言えば“プレーヤーズ・フューチャー・ファースト”なんですね」(荻野氏)

選手に責任転嫁をしていないか

高野連の八田英二会長は、今夏の甲子園の閉会式で決勝まで1人で投げぬいた金足農の吉田輝星を、「秋田大会から1人でマウンドを守る吉田投手を、ほかの選手が盛り立てる姿は、目標に向かって全員が一丸となる、高校野球のお手本のようなチームでした」と褒めたたえたが、この発言からは「プレイヤーズファースト」の考えが欠落している。

1人でマウンドを守り切った吉田は、右腕に深刻な損傷を負った可能性があるからだ。将来のことを考えれば、目先の勝利を追わず、吉田を自重させる選択肢もあったはずだ。

冒頭で取り上げた至学館大の谷岡学長や、高野連の竹中事務局長の発言も、本来、指導者が選手の未来を見据えて判断すべきことを、「選手がそういうから」「選手の言うことに従わないと」と責任転嫁している。「プレイヤーズファースト」の考えにもとる発言だと言えよう。

11月20日は国連が定めた「世界子どもの日」だった。この日、東京、品川の「ユニセフ・ハウス」で、日本ユニセフ協会は「子どもの権利とスポーツの原則」を発表した。この原則は10の項目からなる。

1.子どもの権利の尊重と推進にコミットする
2.スポーツを通じた子どものバランスのとれた成長に配慮する
3.子どもをスポーツに関係したリスクから保護する
4.子どもの健康を守る
5.子どもの権利を守るためのガバナンス体制を整備する
6.子どもに関わるおとなの理解とエンゲージメント(対話)を推進する
7.スポーツ団体等への支援の意思決定において子どもの権利を組み込む
8.支援先のスポーツ団体等に対して働きかけを行う
9.関係者への働きかけと対話を行う
10.スポーツを通じた子どもの健全な成長をサポートする

(出典:ユニセフ『子どもの権利とスポーツの原則』)

「プレイヤーズファースト」は、ユニセフが提唱する「子どもの権利とスポーツの原則」にぴったりと合致している。

この発表会では、スポーツ庁の鈴木大地長官も祝辞を述べた。また横浜DeNAの筒香嘉智、フランクフルトの長谷部誠などトップアスリートがビデオメッセージを寄せた。


ビデオメッセージをよせた筒香嘉智(筆者撮影)

シンポジウムでは、当コラムでもたびたび紹介している堺ビッグボーイズの瀬野竜之介代表が、かつての「勝利至上主義」を改めて、子ども本位の指導へと変貌した経緯について説明した。

今、東京は2020年の東京オリンピックに向けて、まちの姿が変貌しつつあるが、同時にスポーツのあり方、アスリートをめぐるスポーツ環境の変革も進んでいる。「子どもの権利とスポーツの原則」は、まさにその基幹となる概念なのだ。

「ご時世だから」ではない

「今は昔みたいに子どもを殴ったり、怒鳴ったりできなくなった。それは理解しているから今はやらない。でも、今の子は甘やかされてひ弱になったね」

高校の部活を取材すると、ベテランのスポーツ指導者からたびたびこういう言葉を耳にする。昔ふうの指導ができなくなったことが、いかにも残念そうだ。

しかし、「ご時世だから仕方がない」というレベルの話ではない。これからのスポーツ指導者たちは「プレイヤーズファースト」を心の底から理解し、目先の勝利を追わず、選手の「未来」のためには、どうするのがよいのか、一生懸命考えて指導をしなければならない。

世界のスポーツ界の趨勢を考えても、それができない指導者は「退場」するしかないのだ。

(文中一部敬称略)