販売好調な「ノート」も2012年登場の古株だ(撮影:大澤 誠)

日産自動車のカルロス・ゴーン前会長逮捕の衝撃事件により、自動車業界全体が不安に包まれている。今までにも自動車メーカーのトップが逮捕されたり責任を問われたりしたことはあるが、大半はリコール隠しなどを含めて商品の問題に起因していた。理由にかかわらず犯罪が生じてはならないが、ゴーン逮捕の容疑は私利私欲に基づくから、従来の企業トップの逮捕とは受け止め方が違う。

日本の自動車メーカーの給与や報酬はあまり高くない

そもそも日本の自動車メーカーの給与や報酬は、あまり高くない。役員報酬も自動車業界ではゴーン(それでも実際は半分程度の記載とされているが)のほか、トヨタ自動車のディディエ・ルロワ副社長が10億円を超えるものの、それ以外の自動車メーカーの日本人経営者は多くても1年で3億〜4億円だ。乗用車メーカーの重役と報酬の話をすると「ウチは社長まで含めてすごく安いです」とコメントする人が多い。


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では仕事上で何を大切にするか。青臭い表現で恐縮だが「良い商品を造る」「モノづくりで世の中に貢献する」といったことだ。生活できないと困るが、人並みにやっていければ給与や報酬には固執せず、それ以上に仕事の中身や満足感を大切にする。したがって「給与が下がっても良い仕事をしたい」と考える人たちが自動車業界には大勢いる。

また高額の報酬を受け取ると、高額な税金を徴収されてしまう。それならば報酬と税金を抑え、開発費用などを増やしたほうが合理的だと考える自動車業界人も少なくない。

自動車製造業界はこのような具合だから、基本的にお金を儲けたい人は入ってこない。だからゴーンの逮捕容疑には驚いた。

ゴーンが2001年に日産の最高経営責任者に就任した頃、役員会をテストコースで開く話が聞かれた。当時はモノづくりに対する開発者的な気持ちが感じられ、ユーザー、自動車業界関係者ともに、ゴーンに好印象を抱く人が多かった。今回の一件では、あの時の気持ちが一蹴されたように思われて寂しい。

そしてゴーンが就任した後の2000年代と今では、日産の国内市場に対する取り組み方も随分と違っている。

2000年代は、新型車の国内発売が活発だった。ゴーンが日産に訪れてから商品開発が本格化した車種だけでも、初代「ティーダ」&同「ラティオ」(2004年)、初代「フーガ」(2004年)、初代「ムラーノ」(2004年)、初代「ノート」(2005年)、2代目「ブルーバードシルフィ」(2005年)、3代目「ウイングロード」(2005年)、3代目「セレナ」(2005年)、12代目「スカイライン」(2006年)、初代「デュアリス」(2007年)、現行「GT-R」(2007年)などがある。

初代「モコ」(2002年)はスズキ製MRワゴンをベースに開発したOEM車だが、軽自動車の販売増加を背景に、日産では初めてこのカテゴリーに乗り出した。

車種の開発に深くかかわっていたゴーン氏

ゴーンは、これらの車種の開発に深くかかわった。「日産が軽自動車を売る」というモコの商品化は、日産内部からは生まれえない発想だ。当時はまだ「軽自動車は低価格で簡素なクルマ」という認識が残り、日産には変化を好まない官僚体質も残っていたからだ。

セレナなどはもともと人気のミニバンだから、ゴーンが開発を指揮したとは言い切れないが、ティーダをはじめとする一連の初代モデルには影響を与えている。

特にクルマの売れ行きは外観のデザインで決まるから、開発段階では、ゴーンが候補に挙がっている複数のクレイモデル(粘土で造られた原寸大の模型)を審査した。そして「このモデルでいこう」と自ら外観デザインの結論を出していた。

つまりこの時代のゴーンは、国内市場でも日産を牽引して、業績を回復に導いている。そのために2007年ごろまでの日産の国内販売台数は、トヨタには大差を付けられたものの、国内で2位の地位を守っていた。それが2008年以降になると、しだいに順位を下げ始める。

販売ランキング順位を下降させたいちばんの理由は、新型車の発売が減り始めたことだ。特にリーマンショックの影響で2009年ごろから業績が悪化すると、日産はほかのメーカー以上に海外指向を強めた。2011年以降、国内では新型車の発売が急減している。

その結果、現在国内で売られている「マーチ」「キューブ」「エルグランド」「ジューク」「フーガ」「フェレディZ」、GT-Rは、すべて2010年末までに発売されている。今では8年以上を経た基本設計の古い車種が増えてしまった。

近年、日産が国内で発売した新型車を見ると(OEM車を除く)、2014年2月に「デイズルークス」が発売された後の新型車は、2016年8月の「セレナ」、2017年10月の「リーフ」で、2018年には新型車がまったくない。要は新型車が1〜2年に1車種しか発売されていない。この国内市場に冷淡な判断を下したのもゴーンだ。

当然日産車の売れ行きは下がり続け、2018年1〜10月のメーカー別国内販売ランキングは、1位がトヨタ、2位はホンダ、3位はスズキ、4位がダイハツと続く。日産は5位になってしまった。日産は約20年前にゴーンの手腕で窮地から立ち直ったが、日本国内はその後に見放されて再び落ち込んだ。今では日産が世界で販売する日産車のうち、国内の比率は約10%(三菱が生産する軽自動車を除けば7%)にすぎない。

2018年1〜10月のブランド別販売累計台数

総台数 (1)トヨタ1,312,487台(2)ホンダ629,253台(3)スズキ603,740台(4)ダイハツ543,371台★ 日産533,553台登録車(小型/普通車) (1)トヨタ1,280,591台    ★ 日産372,612台(3)ホンダ 318,166台(4)マツダ151,341台(5)スバル101,932台軽自動車 (1)ダイハツ514,813台 (2)スズキ495,110台(3)ホンダ311,087台★ 日産160,941台(5)三菱49,320台

*トヨタはレクサスを含む

「販売台数No.1」というキャッチフレーズ

それなのに日産の宣伝を見ると「販売台数No.1」というキャッチフレーズが目に付く。ノートは「2018年上半期(2018年1〜6月)登録車販売台数No.1」だという。軽自動車も含めると1位はホンダN-BOXで2位はスズキ「スペーシア」、3位がノートだが、登録車(小型/普通車)に限れば1位になった。

セレナは「2018年上半期ミニバン販売台数No.1」だ。この時期はトヨタの「ヴォクシー」を2位に抑えてミニバン市場では1位であった。

エクストレイルは「2018年上半期SUV4WD販売台数No.1」と強調している。この時期のSUVの売れ行きを見ると、1位はトヨタ「C-HR」、2位はホンダ「ヴェゼル」、3位がエクストレイルだが、注釈を付けて上記の宣伝を行った。日本自動車販売協会連合会の統計による「オフロード4WD」の区分(これを宣伝ではSUV4WDと表現する)では、エクストレイルが販売No.1になるという。これはかなり苦しい言い訳だ。

とはいえノートとセレナは好調だ。そして2018年1〜10月のメーカー別国内販売ランキングでは5位でも、登録車に限ればトヨタに次いで2位に浮上する。なぜこうなるのか。

いちばんの理由は、今では軽自動車が国内販売の37%(2018年1〜10月)を占めるからだ。総合順位が3位のスズキ、4位のダイハツは、いずれも軽自動車が中心のメーカーになる。2位のホンダも今ではN-BOXの人気が高く、軽自動車がホンダ車全体の49%を占める。

そのためにホンダを含めて登録車の売れ行きが低く、日産が登録車部門の2位になった。ただしトヨタと登録車の台数を比べると、日産は同社のわずか29%だ。一強多弱の後者に含まれるが、登録車の2位であることに違いはない。

ノートやセレナが「販売No.1」になった理由として、売れる日産車がほかにないことも挙げられる。前述のマーチ、キューブ、エルグランドなどは設計が古く、ティーダ、ウイングロード、ラフェスタ、デュアリスなどは販売を終えて長い期間が経過した。

そうなるとこれらの車種のユーザーは、乗り替えるクルマがなくて困ってしまう。そこで2016年にe-POWERを加えたノート、同年にフルモデルチェンジを受けたセレナ、2013年に発売されながらハイブリッドの追加などで相応の人気を得ているエクストレイルなどを購入している。日産との付き合いが長く、他メーカーに乗り替えたくないユーザーが、消去法的にこれらの日産車を選んでいる事情があるわけだ。ユーザーの気持ちを考えれば「販売台数No.1」とは喜べない。

ゴーン後の日産はどうなるのか

さて、ゴーンがいなくなった後の日産はどうなるのか。ルノーが日産に43.4%の出資をしている以上、日産側の思惑どおりに話が進むとは思えないが、傷つけられたイメージを回復するには顧客本位の活動を地道に続けていくしかない。

具体的には日本の市場に適した商品の投入と、ユーザーに向けた良心的なサービスだ。日産は2011年以降、国内市場を軽くとらえ、揚げ句の果てに今回の不祥事に至った。「日本の日産」を商品企画から改めて見直したい。

そして日本には、今でも多くの日産ファンがいる。日本のための商品開発(国内専売車とは限らない)を再び活発化させれば、苦境を乗り切る突破口が見えてくるだろう。(一部敬称略)