"辞めてやる"と新卒社員が思う上司の特徴
■売り手市場なのに、なぜ「入社3年内の離職率」が依然高いのか
厚生労働省は10月23日、「新規学卒就職者の離職状況(2015年3月卒業生の状況)」を公表した。大卒就職者の就職後3年以内の離職率は31.8%。前年より0.4ポイント下がったとはいえ、依然として新卒の3割が離職している。
2015年3月卒の大卒求人倍率は1.61倍と売り手市場だった。当時の就活生にとっては企業の選択も比較的容易だったはずで、「選べる立場」にいたと思われる。
ところが1年目で11.9%、2年目で10.4%、3年目で9.5%と毎年1割程度が会社を去っている。本当は大企業に入りたかったが、意に沿わない中小企業に入った人が多かったのだろうか。事態はそう単純でもない。
企業規模別の3年以内の離職率を見ると、従業員5〜29人の企業で49.3%、30〜99人の企業で39.0%と中小企業では高めだが、500〜999人でも29.6%、大企業とされる1000人以上の企業でも24.2%が辞めている。
小さい企業のほうが入社3年以内離職率は高い傾向にあるが、大企業でも早期離職者は一定数存在する。
■キーポイントは「直属の上司との人間関係」
なぜ早期に離職してしまうのだろうか。独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査(2016年5月)によると、入社1年未満の早期離職理由の上位3つは以下の項目だった。
「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」(35.7%)
「人間関係がよくなかった」(35.3%)
「仕事が自分に合わない」(35.8%)
いずれも、「賃金の条件がよくなかった」(17.7%)を大きく引き離している。この傾向は入社3年未満でも変わらない。
転職サイト大手のエン・ジャパンは早期離職防止サービス「HR OnBoard」を提供しているが、入社後1年の離職理由は「ギャップ」(入社前に抱いていた会社や仕事に対するイメージとの格差)、「業務量」、「直属の上司との人間関係」の3つに絞られるという。
これらは先の労働政策研究・研修機構調査の早期離職理由ともほぼ符合している。
■離職の「防波堤」となる上司ならない上司の特徴
よく考えて見れば、初めて社会人になって働き始めた時、「労働時間が長い」とか、「業務量の多寡に不満を感じる」とかいうことは、ほとんどの新入社員が多かれ少なかれ感じることだろう。
ポイントとなるのは、それが原因で早期離職してしまうということだ。多くの企業で、筆者が採用や人事の現場を取材して感じるのは、そうした新人の違和感や悩みを少しでも解消するためには上司の果たす役割が小さくないということだ。つまり、「上司がどういう人物であるか」ということが入社間もない社員の離職・転職を大きく左右する。
2016年4月に新卒で大手証券会社に就職した3年目の男性社員は、筆者の取材にこう話した。
「入社当初から残業時間も長いし、営業ノルマもきついし、正直言ってうちの会社はブラックだなと思い、入社半年を過ぎて転職会社に登録しました。それでも何とかやってこられたのは、上司に恵まれたからです。自分の気持ちを理解し、励ましてくれますし、上司の丁寧なサポートがあるから続けてきました。でも、今の仕事が本当に自分に向いているかわかりませんし、会社の体質が変わるわけでもないので、チャンスがあれば転職したいと思っています」
本人の転職したい気持ちは変わらないが、上司が離職の防波堤になっているということだ。この入社3年目の男性にとって、それほど上司の存在は大きいのだ。
■職場内に目指したい上司「いる」43%、「いない」57%
日本能率協会の「入社半年〜2年目若手社員意識調査」(2018年10月5日)では「現在の職場内に目指したい上司、目標にしたい人がいるか」を尋ねている。
「いる」と答えた人が43.0%、「いない」と答えた人が57.0%だった。
興味深いのは転職意向との関係である。「目指したい上司・目標にしたい人」が「いる」人の中で「転職することは考えていない」人は57.6%であるのに対し、「いない」人では38.6%だった。
つまり、目指したい上司がいる社員のほうが簡単には転職しない、ということだ。
別の質問では、目指したい上司が「いない」人は「直ぐにではないが、転職することを検討している」(40.4%)、「近いうちに転職することを検討している」(15.8%)の割合が「いる」人を大きく上回っている。上司に失望すればするほど転職の引き金になりやすいともいえる。
逆に「現在の職場を辞めず、在籍している理由に最も近いものは何か」という質問に対して最も多かった答えは「プライベートを充実させられる環境のため」(18.8%)と並んで「人間関係が良好で伸び伸びと働けているため」(18.8%)の2つが最も多かった。
上司や先輩との良好な関係が離職を踏みとどまらせていると解釈できるだろう。
■若い社員が「辞めてやる」と即断即決する上司の傾向
では、新人が理想的だと思う上司・先輩とはどういう人なのか。日本能率協会が実施した「2018年度新入社員意識調査報告書」によると、トップ3は以下の通りだ。
「部下の意見・要望を傾聴する上司・先輩」(33.5%)
「仕事について丁寧な指導をする上司・先輩」(33.2%)
「部下の意見・要望に対し、動いてくれる上司・先輩」(29.0%)
親切かつ誠意ある上司ということだろうか。こういう上司がどれくらい世の中にいるかどうかは別にして、確実に言えるのは、これと真逆の上司はやはり不信感を持たれやすいということだろう。
例えば、部下の意見を聞かずに、一方的にまくしたてる上司。たいした指導をせずに「俺の背中を見て学べ」的な上司。部下の要望を聞いてもその場しのぎで「わかった」と言いつつ、何もしないでほったらかしにしている上司……。そうした態度が離職リスクを高め、若い芽を摘む結果となってしまうのだ。
■「俺についてこい」式の上司はもはや過去の遺物
実際、上司の姿勢に悩んでいる新人も少なくない。生命保険会社の入社2年目の営業職の女性社員は筆者取材にこう答えた。
「女性が多い職場ですが、私はがんばってずっと働きたいと思っています。ただ、同期の女性には結婚まで働ければいいという腰掛けの感覚でやる気がない人も多いです。だから、仕事を一生懸命にやっても同僚からは『何をそんなにがんばっているの』と嫌みを言われる。上司もそんな女性社員の態度について何も言いません。上司に自分の今後やキャリアについて相談したくても面談の機会が少ないですし、たまに相談すると『君の気持ちもわかるけど、みんなとうまくやってよ』と言うだけで、話の途中で忙しいからと打ち切られます」
面倒なことには関わりたくない“事なかれ上司”のために職場で孤立感をおぼえる人も少なくないだろう。結局のところ、上司が手を差し伸べることがなければ早晩、この入社2年目の営業の女性は近いうちに退職を決断してしまうかもしれない。
大手広告代理店の人事部長は上司の役割についてこう指摘する。
「組織として大きな成果を出すにはチーム全員の可能性を引き出すことが大事です。当社では課長に、目標力、役割力、評価力の3つの能力を発揮するように求めています。目標力とは部下が自走できる目標を与えること、役割力は成果が出せる配置をすること、評価力は部下の弱みと強みをフィードバックし納得させる力です。この3つがそろって部下は育つのであり、それができない上司は失格です」
何も言わずに俺についてこい式の上司はもはや過去の遺物にすぎない。“上司力”が新人の離職をとどめ、組織の成果を生み出すカギを握っている。
(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)