台湾・高雄のLRTと立体交差する自転車道。台湾は自転車専用道が各地で整備されている(筆者撮影)

日々、鉄道やバスを使っていると、乗り換えでストレスを感じることが少なくない。

たとえば、乗り換えで鉄道会社が変わればその度にきっぷを買い直したり、ICカードのチャージ額を気にしながら改札機を通ったりすることになる。駅からバスに乗り換えようとしても乗り場がわからない。運行状況は会社ごとに提供されているため、アプリやホームページをいくつも見ないといけない。

人によってはこうしたストレスが嫌で、クルマを選択するということもあるはずだ。しかし、鉄道、バス、地下鉄が乗り放題のパスがあり、1つのアプリで乗り換え案内や運行状況がわかるとしたらどうだろうか。

実は日本のすぐ隣、台湾ではまさにそんなサービスが始まったばかりだ。

地下鉄から自転車、フェリーまで

台湾の南部に位置する高雄市。天然の良港である高雄港を持ち、日本統治時代に発展した。市の面積は約2950平方kmで、人口は約280万人を誇る。ただ、これは2010年に旧高雄市と旧高雄県が合併した後のもので、旧高雄市のエリアだと約175平方km、人口約151万人となり、人口密度は約8636人/平方kmとなる。これは台湾で台北に次ぐ第2の都市規模だ。日本に置き換えれば面積は堺市、人口は神戸市、人口密度は横浜市に近い。


高雄のMRTは2路線があり、1日に18万人が利用する(筆者撮影)

この街を支える交通は、軌道系交通では台鉄(台湾鉄路管理局)、高速鉄道、MRT(大量輸送システム・地下鉄)、LRT(ライトレール)が走る。道路交通ではバス、タクシー、ライドシェアサービスのUBER(ウーバー)X、さらに2つのシェアサイクルが利用できる。高雄港を横断するフェリーもある。

高雄市は道路が広く、原付バイクと車が多いことが特徴で、特に原付バイクが目立つ。また、同市は重工業で栄えてきたこともあって、現在は環境保護に力を入れている。その取り組みの中で公共交通の利用を推奨するとともに整備に力を入れてきた。その一環として9月28日に始まったのが、公共交通乗り放題サービス「Men▶Go」(メンゴー)だ。

「Men▶Go」には4つのプランがある。中でも目玉となるのが、MRT、LRT、中心市街地のバス、シェアサイクル、フェリー、タクシーをカバーする「無限暢遊方案」だ。


このプランで乗り放題になるのはMRT、LRT、中心市街地のバスだ。これらはいつでも無制限に乗ることができる。シェアサイクルは、指定場所から借りる「C-bike」が30分無料(MRTから乗り継ぐと60分無料)で利用できる。はじめはどこでも乗り捨て可能な「O Bike」が月60回まで60分無料で使えたが、その後さまざまな事情から利用できなくなっている。

フェリーとタクシーの利用には条件がある。フェリーは月4回まで無料。タクシーはポイント制で、「無限暢遊方案」を1カ月分購入すると600台湾ドル相当のポイントが付与され、1回の乗車につき初乗り料金の85台湾ドル分がポイントから引かれるという仕組みだ。月に7回分の計算だが、このポイントは翌月に繰り越せない。利用するには、指定のタクシー会社のアプリと「Men▶Go」を利用するためのICカードを連携させる。

「無限暢遊方案」の価格は1カ月1600台湾ドル(学生は1400台湾ドル)だ。これは日本円換算で約6000円(学生は約5000円)で、物価の差を考慮すると約1万2000円(学生は約1万円)くらいの感覚になる。現在は12月までの期間限定で1499台湾ドル(学生は1299台湾ドル)だ。

ところで、台鉄では現在、このサービスを使うことはできない。これについてMRT、LRT、シェアサイクルを運営し、「Men▶Go」で大きな役割を果たしている高雄メトロ(KRTC)の担当者は「台鉄は来年以降、順次サービス範囲に含めていく」と話す。また、今後は「電動シェアバイクや駐車場にもサービス範囲を拡大していく予定だ」という。

限りなくドアtoドアに近い


Men▶Goサービスを利用するために必要なICカード(画像:Men▶Goホームページより引用)

さて、この乗り放題サービスはICカードを使えば乗り放題になるというだけではない。専用のアプリを利用すれば、すべての交通モードを考慮した経路案内が示され、限りなくドアtoドアに近い形で市民の移動をサポートできるようになっている。

こうした複数の交通機関を横断的に利用できるサービスを、高雄市と中央政府の交通局運輸研究所が協力して開発し提供するのが「Men▶Go」のプロジェクトなのだ。

これは「MaaS」(Mobility as a Service)という交通の新しい概念に含まれる取り組みでもある。2014年にフィンランドで試験的に始まったサービスをきっかけに世界中に概念が伝わり、いま世界中で公共交通利用促進のキラーコンテンツとして導入されつつある。

日本でも「MaaS」という言葉は流行しており、10月4日に発表されたトヨタとソフトバンクの提携でも注目された。台湾でもフィンランドの取り組みを研究し、MaaSの導入が検討されたが、その中で候補地として白羽の矢が立ったのが高雄だった。

このようなサービスが高雄で始まった理由について、高雄メトロの担当者は「MaaSは中央政府の方針だ。その中で高雄はさまざまな交通機関が走っているために対象の都市として選ばれた」という。公共フェリーや台湾初のLRTといった複数の交通機関があり、組み合わせて利用しやすいためだ。

また、高雄市の公共交通が厳しい環境に置かれていることもMaaSを導入する都市として選ばれた大きな理由だ。


高雄市の道路や駐車場にはバイクが目立つ。電動バイクも走っているが、少数派だ(筆者撮影)

高雄市の交通分担率を見ると、台鉄・MRT・バス・タクシーを含めた公共交通の交通分担率はわずか14.6%(2016年調査)にとどまる。これは台北市の62.7%や、台湾全体の平均の24.7%を大幅に下回っている。そしてバイクの交通分担率は67.5%にものぼる。

このため、公共交通の利用定着に向けた取り組みは以前から行われてきた。たとえば、LRTが暫定開業した2015年10月から2017年11月までは運賃を無料とし、その後もICカード利用の場合は通常より安く乗車できる取り組みが行われている。

しかし、実際にはこうした思い切った施策を行ってもなかなか公共交通利用が定着しないのが実情だ。

MaaS導入を支える交通ビジョン

「Men▶Go」によるMaaSの実施に関しては大きなポイントがある。それは自治体に公共交通に対するビジョンがあり、それに基づいてMaaSを導入するための環境づくりがしっかり行われていることだ。

高雄市の交通局は、都市交通政策として「統合された交通」「信頼性のある交通」「エコ・モビリティ」「効率的な交通」「便利な交通」という5つのビジョンを掲げている。

これらのビジョンの内容は、さまざまな交通機関を組み合わせた総合交通ネットワークの確立、既存システムの連携の強化、迅速かつ時間どおりの公共交通システムの構築、バリアフリー輸送の品質向上、低炭素で持続可能な輸送環境構築、ビッグデータの活用などだ。

特筆に値するのは、これらと並んで「適切な交通機関をより効率的に選択できるようにする」という、MaaSにほぼ等しい考え方が元から取り入れられていることだ。

こうしたビジョンの下でつくられた高雄市の交通はさまざまな工夫がなされている。特に、異なる交通機関同士の乗り継ぎがしやすいのが特徴だ。


MRTの駅周辺地図にはC-bikeのポートやバス乗り場がどこにあるか細かく描かれている(筆者撮影)

たとえばMRTの駅。出口の先には日本と同じように地図があるが、ここにはバス停とシェアサイクルのアイコンがある。出口案内にもバスとシェアサイクル、それぞれの乗り場に近い出口が示してあり、さらに出口の階段にはどの系統のバスがあと何分で来るか表示する電光掲示板がある。

また、自転車の走行環境がよいのも高雄の強みだ。いたるところにシェアサイクルのポートがあり、自転車専用道も整備され、段差や走行レーンのストレスが少ない。

高雄市はMaaSのための準備を周到に進めてきた。まず、サービスを最適化して提供するためには、リアルタイムの旅客データを得る必要がある。そのためには、バスやLRTの乗り降りの際、利用客にICカードをしっかりタッチさせなくてはならない。


高雄駅前のバス停に停車する元高雄市営バス。現在は高雄市交通部が路線網を管理し、入札により決定した民間の事業者が運行を行っている(筆者撮影)

そこで市は昨年12月から今年2月までの3カ月間、LRTとバスが終日無料、MRTがラッシュ時のみ無料となる公共交通利用促進期間を実施した。乗降時にICカードをタッチすると無料になる仕組みで、これによって正しい旅客データを得ることに成功した。

また、大手通信事業者の中華電信からはアプリを利用している人のデータが基地局を介してリアルタイムで高雄市交通局のコントロールセンターに行くようになっている。

こうした地ならしの上で「Men▶Go」によるMaaSに踏み切ったのだ。

自動運転やAIが重要なわけではない

率直に言えば「Men▶Go」は、個別の取り組みで目新しいものはない。日本でも場所によっては実現していることであったり、いますぐにでも実現可能なものであったりする。しかし重要なことは、高雄の公共交通が明確なビジョンの下に整備され、使いやすいように整備されていることだ。

日本でもMaaSは注目されてきている。しかし、我が国のMaaSの議論はドアtoドアや周辺サービスとの連携という部分に集中している。またトヨタの参入や大手私鉄の取り組みを見ていると、自動運転またはAIの活用による「自動車に近いモビリティを用いたドアtoドアサービス」や「単なる大手私鉄の自社グループのサービスへの囲い込み」に見えかねない。


MRTの出口の横にはC-bike(シェアサイクル)のポートがある。すぐに乗り継ぎ可能だ(筆者撮影)

本来、MaaSの考え方で大切なことは形ではない。「人々が適材適所で交通機関を乗り継いで利用し、便利かつ快適に生活できる」ということだ。そのためには人々がストレスを感じることなく様々な交通モードを乗り継ぐことができることと、本当に便利に利用できる交通体系が構築されていることが必要ではないだろうか。

便利なネットワークが形成されていなければ、乗り放題にしても乗り換えが面倒で使われないケースが出てくるに違いない。そしてそのMaaSにしても、個人や法人が参加するための障壁が低くなくては普及しない。

MaaSはいまの日本でも不可能ではない。いま日本がやるべきこと、それは自動運転やAIといった技術の形を決めて開発することではない。本当にやるべきことは、「人々が適材適所で交通機関を乗り継いで利用し、便利かつ快適に生活できる」ために、できるだけ早くいまある交通ネットワークを人々が利用しやすいものとし、MaaS実施に向けた環境を整えることなのではないだろうか。