災害派遣における被災者への入浴支援として、陸自の「野外入浴セット」はしばしば報道などで目にしますが、断水地域で水はどう確保するのでしょうか。入浴支援の舞台裏をのぞくと、自衛隊にしかできないサービスなことがよくわかります。

被災者の心も洗う入浴支援、その舞台裏

 2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震では、震源地に近い厚真町周辺にて大規模な断水が発生、それによって多くの住民が普段の生活を送ることができなくなり、自治体や自衛隊などによる生活支援が実施されました。こういった光景は、過去の災害現場では幾度となく発生していることで、断水による生活環境の変化は、被災者たちにとって大きなダメージとなります。


2018年9月に発生した北海道胆振東部地震で厚真町に展開した千歳第7師団の「すずらんの湯」(矢作真弓撮影)。

 一般的に入浴とは、人々が健康な生活を送る上で欠かせないことです。断水やガスの停止などによって数日間は我慢することができても、長期に渡って入浴することができない環境は、衛生的にも精神的にも被災者に負担を強いることになり、多くの被災者が疲弊していまします。

 そこで登場するのが、陸上自衛隊が持つ「野外入浴セット」です。地震発生から6日後の9月12日、北海道厚真町へ取材に向かった筆者(矢作真弓:軍事フォトライター)は、陸上自衛隊が設営する入浴施設に多くの被災者が訪れている場面に遭遇しました。

 多くの避難所で開設されている自衛隊の入浴施設ですが、なぜ自治体では用意できないのでしょうか。それは、設営から維持、管理にかかる労力と、普段の管理が非常に大変だからです。


雨が降る中で、天幕(テント)を作る隊員たち。浴場を作るもの運営するのも隊員たちが行う(矢作真弓撮影)。

ボイラー(左)と5t水タンク車(右)。水タンク車は各地を巡回して給水を行う(矢作真弓撮影)。

並べられた貯水タンク。合計容量は30tにもなる(矢作真弓撮影)。

 自衛隊では、各地に所在する後方支援(連)隊などの部隊に所属する補給隊などが、この「野外入浴セット」を保有しています。構成品は大きなテントにあたる「業務用天幕」、1万リットルを蓄えることができる「貯水タンク」、お風呂には欠かせない「シャワースタンド」、そしてメインの「野外浴槽」などです。ほかにも、脱衣所で使用するスノコやカゴなども含まれています。また、トレーラーとしてけん引される「ボイラー」や「ポンプ」、「発電機」なども構成品として組み込まれています。

なぜ自治体にはこうした入浴支援が無理なのか?

 この「野外入浴セット」を開設、維持管理するのは、担当部隊の自衛官7名程度で、入浴所開設までには平均で6時間程度の準備時間が必要だともいわれています。


ボイラーに給水するために10t貯水タンクにホースを接続する隊員(矢作真弓撮影)。

10t貯水タンクに清潔な水を供給する5t水タンク車とそれを操作する隊員(矢作真弓撮影)。

開設に向けて浴槽にお湯を溜める。浴槽脇にはシャワーも完備(矢作真弓撮影)。

 こうした表に出る行動以外にも、入浴所を撤収して部隊に帰ってからの整備も大変です。大型の装備品のため清掃も大変で備品も多く、それらを保管しておく大型の倉庫も必要です。

 ほかにも、これらの備品を持ち出す大型トラックも必要で、そのトラックを運転するための運転手には大型自動車運転免許とけん引免許も必要になります。また、給水に必要な大型水タンク車や、燃料運搬のためのトラック、その燃料を蓄えておく施設も必要になるなど、様々な点において自治体で保有するのが難しいと考えられる理由が挙げられます。

 なお、使用する水は水タンク車などによって給水されるほか、場所によっては自治体が管理する水道を使用することもあります。つまり基本的に現地調達なのですが、もし断水の影響で水道水が使えない場合は、水道が使える最寄り駐屯地や協定を組んでいる農協などの取水場などから調達してきます。また排水に関しては、事前に各自治体と調整をして、あらかじめ下水などが使用できる場所を確保し、その場所に入浴所を展開しているとのことでした。


野外入浴セット内の脱衣所の様子。奥には浴槽が確認できる(矢作真弓撮影)。

入浴前後に使用できる休憩室には、ストーブや支援物資のカップ麺などが置かれている(矢作真弓撮影)。

利用者の要望に応じて後から取り付けられた鏡。こういったきめ細やかな支援が利用者に好評(矢作真弓撮影)。

 大規模災害では、全国各地の部隊が「野外入浴セット」を被災地に展開させます。その時には、部隊が置かれた土地の名勝などを名付けた「〇〇の湯」というのれんが掲げられます。この「のれん」は、部隊で用意したものであったり、部隊のOBなどが寄付していたりするそうです。上述のように基本的に水道水で温泉成分も入っていませんが、こうした粋な演出が利用者からは好評で、なかには周辺に展開しているいくつかの入浴施設を巡る利用者もいるそうです。

 大地震や水害などの大規模災害は発生しないのが一番の理想ですが、しかしいつどこで発生するかわかりません。もし、被災してしまったら、ぜひ近くの自衛隊入浴施設に足を運んでください。部隊によっては、自ら移動できない被災者のために、避難所からシャトルバスを運行している場合もあります。

では隊員はどうしているのか、というと…?

 この自衛隊の入浴施設ですが、被災地では被災者の利用を最優先しています。そのため自衛官たちは、入浴支援時間終了後にあまったお湯を使ってお風呂に入っているそうです。それでも、状況によっては毎日入浴することができない場合もあるといいます。これは、被災者優先であることと、準備に時間がかかること、そして災害派遣に参加している隊員たちの活動時間が関係しています。


北海道厚真町に設置された入浴所を運営する第7師団の隊員たち。入り口では自治体が用意したシャンプーやタオルの貸し出しを行っていた(矢作真弓撮影)。

 災害派遣に参加している隊員たちは、早朝から夜間まで各種の作業をしています。すると、比較的ゆっくりできるのが20時や21時ごろとなります。浴場の運営時間は遅くても21時くらいまでになりますので、結果として残り湯を使うことになるのです。場合によっては、24時間態勢で活動している時もあるので、お風呂に入っている時間が無いという声も聞こえてきます。

 そうした、自衛官の入浴を支援してくれるのが、実は海上自衛隊の護衛艦です。その日の災害派遣活動を終えた陸上自衛官たちが、トラックに乗って護衛艦などの艦艇までお風呂に入りに行くのです。

 2004(平成16)年10月に発生した中越地震の当時、現役自衛官だった筆者も、海上自衛隊の「おおすみ」型輸送艦のお風呂に入ったことがあります。ちなみに、この時の筆者は、被災地での給食支援に参加し、避難所で食事を作っていました。


入浴施設に設置された自由帳。ここには利用者たちのメッセージが込められている(矢作真弓撮影)。

入浴所に設置された自由帳をめくると、利用者たちの声やイラストが書かれていた(矢作真弓撮影)。

利用者からのメッセージが書かれた自由帳。様々な言葉か書き連ねられていた(矢作真弓撮影)。

 余談になりますが、この入浴施設の受付や休憩所には「自由帳」が置いてある場合があります。利用者たちが自由に書き込めるようになっていて、ここに書かれた言葉は、自衛官たちの励みにもなっているとのことでした。見かけた時にひと言、何か書いていくと、隊員さんたちが喜んでくれるかもしれませんね。