シチズン時計は米ウォルト・ディズニー・カンパニーの「公式時計」となった(© Disney)

今年創業100周年を迎えたシチズン時計が、海外で攻めている。3月には米ウォルト・ディズニー・カンパニーと公式時計契約を締結。認知度とブランド力の向上を図っている。10月には米フォッシルグループと業務提携し、スマートウォッチ分野に本格参入する方針を示した。
腕時計市場はスマートフォンやウェアラブル端末の普及を受け、縮小傾向だ。腕時計型スマートウォッチの象徴ともいえる「アップルウォッチ」は昨年世界で約1800万台出荷されたとの調査もあり、「世界で最も売れた腕時計」(腕時計業界関係者)とも言われている。
フォッシルとの提携についても「悪あがき」(国内証券アナリスト)との声が上がる。縮小する腕時計市場でいかに生き残るのか。シチズン時計の戸倉敏夫社長にディズニー公式時計契約とフォッシルとの提携の狙いを聞いた。

ディズニーとタッグ、海外でブランド育てる

――創業100周年を迎えて、米ディズニーとの公式時計契約や米フォッシルグループとの提携など世界市場への取り組みを一層加速しています。


シチズン時計の戸倉敏夫社長は、海外での一層のブランド力向上を狙う(撮影:風間仁一郎)

まずわれわれの認識としては世界市場への進出を加速させているというわけではない。国内ではセイコーウォッチの後塵を拝しているが、すでにシチズンは北米の中価格帯(300〜1000米ドル)の腕時計としてはトップシェア、ヨーロッパでもブランドを確立しており、世界的に強い。この強さをさらに強くしていこうとしている。

――ディズニーとの公式時計契約を結んでから、具体的なブランディング上の効果を感じますか。


アメリカのディズニーリゾートには「CITIZEN」の文字が冠された時計がさまざまな場所に設置されている(写真:©Disney)

これまでのシチズンのマーケティングのやり方だと、単にディズニーのキャラクターを使った時計を出すというのにとどまった。だが、今では日本を除くディズニーパークにシチズンの時計が設置され始め、ディズニーの世界でシチズンの時計が使われている。映画やファンタジーの世界から導き出されたシーンやタイミングで時計が使われることで、シチズンの時計に新たな魅力が加わる可能性を感じている。

実はディズニーの公式時計にならないかという話を聞いたときは、賛成ではなかった。ディズニー傘下にはアメリカンコミックのマーベルなどがあり、マーベル作品にシチズンが絡みだすと、シチズンのブランドが毀損してしまうのではないかを懸念した。

――そんな不安があった中で、何が後押ししたのでしょう。

アメリカ側からは「マーベルの価値は低いものではない」と説明された。日本ではなぜ高級腕時計をコミックなどで露出するのだと思ってしまうが、こうした海外の感覚の違いを知った点も公式時計契約で学べたことの1つだ。今ではディズニーの公式時計契約を後悔していないし、むしろよかったと思っている。


シチズンディズニー傘下でアメリカンコミックを手掛ける「マーベル」とのコラボレーションも展開(写真:シチズン時計)

今後は時計の製造に限らず、ショーやエンターテインメントなどのディズニーパーク内での催し物で、シチズンとしていかに協力できるか可能性を考えていく。マーベル作品の映画などでも起用されることで、それぞれのショーや映画で見たときに生まれる人々の感情に、シチズンの時計が結びついていけるようにしたい。

――そもそもなぜ米ディズニーシチズンを公式時計として選んだと思いますか。

まずは北米でのマーケットシェアをもっていること。あとはエコドライブなどの革新的技術や、新しいことをやっているということを認識してもらえたからだろう。個人的な想像だが、エコドライブをいちばん評価してもらえたと思う。電池交換なしである点や環境に対する意識などがディズニーと共有できる価値だったのではないか。

アプリ開発力でフォッシルに期待

――一方、同じアメリカ企業であるフォッシルグループとの提携にも乗り出しました。

フォッシルとの提携は今後も伸び続けるだろうスマートウォッチ分野を強化するためだ。シチズンが強い中価格帯の市場規模は伸びるとしても微増にとどまる。伸びるとしたらスマートウォッチだろう。これまでもシチズンは世界初のブルートゥース腕時計など新しい技術を取り入れてきた。しかし、アプリケーションなどソフト分野は弱く、出遅れてしまった。

フォッシル社はシチズンにはないアプリの開発力がある。伸びていくスマートウォッチ分野で橋頭堡を築くためにも、フォッシルが持つ開発力とシチズンが培ってきたムーブメント(駆動機構)の技術力と販売力を合わせていくことが重要になる。

――フォッシルとの提携にあるスマートウォッチ分野ではアップルウォッチのようなウェアラブル端末に対抗できないとの指摘が出ています。

シチズンから見れば、フォッシル社は十分先進的なソフト技術をもっている。確かにアップルと比較されれば、それは話にならない。われわれもアップルとの土俵に立つのは無理だということはわかっている。同じ土俵に立てば絶対に負けるわけだし、対抗しようと開発投資をすれば大変なことになる。シチズンとフォッシルが組んだくらいでできるわけがない。

しかし、コネクテッド分野が伸びているのは確かだ。だからスマートウォッチ分野には参入する。そうはいっても、シチズンが手掛けるのはウェアラブル端末ではなく、針の付いた「ハイブリッドスマートウォッチ」だ。アップルだって針付きの時計には参入できないはず。違う領域だからこそシェアを伸ばせる。


シチズンが2016年から展開する「エコ・ドライブ Bluetooth」シリーズ。アナログ時計とスマートフォンとの連動機能を合わせ持った「ハイブリッドスマートウォッチ」だ(撮影:風間仁一郎)

目指すのは、シチズンの理念でもある「美と技術の融合」だ。デジタルガジェットにはない、針時計の美しいデザインや身に付けたときの心地よさなどについて、スマートウォッチでもこだわっていく。シチズンが展開するからには、時計は美しくなければいけない。

シチズンには光発電によって電池交換を不要にした「エコドライブ」や世界最薄腕時計を作り出したムーブメントのハードウエアの技術はある。そこにフォッシルの技術開発を取り入れて新しいスマートウォッチを確立していく。

技術とデザインは両立できるか

――美と技術はゼロサム関係ではないと。

ゼロサム関係でないことは自動車を考えても同じではないか。走る技術と機能だけでデザインがないと面白みはないでしょう。


シチズンディズニーによる「エコドライブ」のコラボ時計(写真:©Disney)

すでに腕時計の機能を代替するものはたくさんある。それでも人が腕時計をするのは記念や思い出を込めたり、身に付けることで自分を鼓舞したり、モチベーションにつながったり、ステータスとして周囲に見せたりという一種の“コト消費”の要素があるからだ。

そういう点では機能だけでなく、身に付けるときの満足感としてデザインが重要な要素であり続ける。腕時計はもはや生活必需品として求められる時代ではない。今、腕時計が最も売れている時期がクリスマスシーズンであることは腕時計が特別な日に買うものという新たなステージに移っていることを示している。

――嗜好品としてコト消費に腕時計の価値を見出すのであれば、スマートウォッチのような機能は不要なのでは?

フォッシルとの提携でスマートウォッチ分野に本格進出するのは機能面の問題だけではない。人々が時計を所有する価値はそれぞれ変わってきている。たとえば腕時計を健康管理に使いたい人がいるのであれば、それに合わせた時計があってもいい。もちろん機能は付いているが、デザインが好きだから身に付けているというのでもいい。実際、腕時計に付いている機能を使っていないという人は大勢いるだろう。


戸倉敏夫(とくら・としお)/1949年東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業。1973年シチズン商事入社。2002年同社取締役。2004年シチズン時計執行役員。2009年シチズンホールディングス(現シチズン時計)常務取締役。2012年より現職。(撮影:風間仁一郎)

ただ好みが多様化している以上、腕時計にそれぞれの人に合う機能を付け加えて買ってもらう可能性を広げていく努力はしたい。シチズンが展開しているすべての腕時計に同一の機能を入れていこうという発想ではない。スポーツで使うのか、リラックスした空間で使うのかなど、利用シーンに合わせた腕時計を提供していきたい。

この点ではディズニーの公式時計契約でも、その時々のシーンに合わせたマーケティングが効果的なことを実感している。

体験型イベントで時計の良さ伝える

――時計の価値を訴求する方法も変わっていきそうです。

新聞や雑誌、ネットに広告を出すだけでなく、体験型イベントを増やしている。100周年を迎えた今年は、東京ミッドタウン日比谷など全国5都市の会場で商品を展示して触ってもらうイベントを展開した。「シチズンの時計はこんなに薄いのか」「思ったよりも軽いね」「電池交換不要なんだ」など、驚きの声をもらった。

小さな規模でもイベントをやり続けたい。腕時計はデパートでもなかなか触れないし、ネットではなおさら触れない。体験型イベントで腕時計のおもしろさを伝えていく努力が必要なのだと実感した。

これはシチズンに限らず腕時計業界全体でやっていくべきことだろう。国内では「ジャパン・ウォッチ・コレクション」という年2回開いている流通業者向けのイベントを一般向けに公開したっていい。業界内でも議論を深めていいのではないか。薄れている腕時計への意識を呼び戻すためにやれることはまだたくさんある。技術力の向上とあわせてもがき続けていきたい。