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「おいらん道中」に約3000人が魅了=東京・浅草

「おいらん道中」に約3000人が魅了=東京・浅草
宗山流の胡蝶太夫ら30人による「おいらん道中」を取り巻く見物客。 17日、浅草の伝法院通りで。 (撮影:佐藤学)
【PJ 2005年12月18日】− 東京都台東区の浅草・浅草伝法院通りで17日、「江戸のまち伝法院通り」完成記念式典が行われた。歌舞伎役者の中村勘太郎丈さんらによるテープカットの後、宗山流の胡蝶太夫ら三十数人による豪華けんらんな「おいらん道中」や江戸時代の物売りなどが披露され、伝法院通りは約3000人の見物客でにぎわった。

 紅い振り袖を着た2人の禿(かむろ)と白の振り袖に薄桃色の前帯を締めた2人の新造を先頭に、櫛(くし)・笄(こうがい)・簪(かんざし)で飾り立てらえたお頭、もみじやさくらなどが描かれた黒い振り袖、花魁の特徴である前帯を締めた胡蝶太夫は、高さ30センチほどの履物の上で優雅に歩を進め、集まった見物客の目を見張らせた。

 花魁(おいらん)とは、かつて吉原にいた遊女を称した言葉で、遊女を世話する禿や新造が、遊女の最高位の格である太夫のことを「おいらんちの姉さん」と呼んだのが訛って花魁になったといわれている。吉原と呼ばれた歓楽地帯は、浮世絵や文学の題材のほかに歌舞伎の舞台にもなり、人気の花魁は当時の江戸に住む人たちの注目の的だった。

 おいらん道中を終えた胡蝶太夫は「舞台以外でこのようなりっぱな『おいらん道中』を行ったことは、はじめてでしたのでたいへん光栄です」と答え、「おいらん道中」の後に同太夫を取り囲む人たちに向かって優雅な笑顔を残しその場をあとにした。胡蝶太夫の後ろに従っていた芸者衆らはその後、連なった人力車に乗って伝法院通りから仲見世通りを経て雷門前へ向かい「おいらん道中」が行われたことを知らずに浅草に訪れた人たちを驚かせていた。

 また、胡蝶太夫らと舞台に上がり、今回の「おいらん道中」に芸者役として参加した雀さんは、はじめてかつらを被り着物に身を包んだ父親の今野隆成さんとこの日朝6時から準備に入ったという。「数多くの人の視線を感じて凄く緊張しましたが『おいらん道中』を楽しみました。父もいっしょに参加できたのでよかったです」と話した。雀さんは日本舞踊のなとりで現在高校に通う。芸者姿の雀さんが高校生だとはつゆ知らずの見物客らは「若いからとてもきれいね」と声をかけ夢中でシャッターを切っていた。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト (PJ)コーディネーター 佐藤学【 東京都 】
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