左は「ツーツーレロレロ」時代(C)日刊ゲンダイ

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 1980〜90年代にバラエティー番組で一世を風靡した「たけし軍団」。現在、ワイドショーのコメンテーターとして活躍中の東国原英夫前宮崎県知事もそのひとりだが、当時、そのまんま東の芸名だった東国原氏と「ツーツーレロレロ」なるコンビを組んでいたのが、本日登場の大森うたえもんさん(59)だ。今、どうしているのか?

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■コンビを組んでいた東国原氏の知事就任がきっかけ

「取材? 大丈夫ですけど、宮崎に来れますか?」

 声の主は大森さん本人。2週間後、記者は宮崎市に向かった。待ち合わせたのは繁華街の橘通り、山形屋百貨店の裏手にある創作料理店「KANCHO」だ。

「ここで毎月第3月曜に貸し切りライブをしてるんです。今日は打ち合わせ日なんで、ちょうどよかった」

 金髪のショートカットにファッション眼鏡、ブーゲンビリア柄の派手なシャツがいかにも芸能人。ところで、なぜ宮崎に?

「07年6月に東京から宮崎市内に引っ越しまして、以来、宮崎ベースでタレント、歌手活動をしてるんです。早いもので、もう11年たちました」

 きっかけは、07年1月の東国原氏の知事就任。翌月、テレビ朝日系報道番組「サンデースクランブル」のリポーターとして知事の様子を2週続けて現地リポートしたところ、意外なほどの高視聴率を叩き出した。

「それで『東京と宮崎を往復するんじゃなく、しばらく宮崎に滞在してくれ』って話になりましてね。そうこうしてるうちに、東(東国原)さんのキャラクター版権管理会社社長を後援会関係者に依頼され、やるからには住民票も移すべきだと」

 その後、自らプロデュースしたラーメンチェーン「そのまんまラーメン」や宮崎県産品ショップ「そのまんま市場」を運営。並行してタレント活動も続けた。

 ところが東国原氏は1期で退任。東京に戻るか否かの選択を迫られた。

「で、選んだのは宮崎でした。宮崎放送さんで今も続いている『うたえもんのラジオでドーヨ?!』(毎週火曜18時30分〜)って冠番組を持ってたし、第一、物価が安くて住み心地は抜群。今住んでる新築入居の2LDK賃貸マンションは市街地なのに駐車場付きで月5万7000円ですからね」

 そして今。前出のレギュラー番組のほか、地元テレビやラジオ局のゲスト、町おこしイベント、企業パーティーなどのオファーもある。

「その合間に、東さんの一番弟子の早川伸吾君と市内の老人ホームへ定期的にボランティア慰問。事務所が東京なので、九州以外の仕事もパラパラとあります。おかげさまで“貧乏暇なし”ですよ。アハハハ」

■バックコーラスに甲本ヒロトさん

 さて、岡山県岡山市に生まれた大森さんは、法政大進学のために上京。卒業後、アルバイトでテレビ番組のADをしている時に東国原氏と知り合った。そして81年にお笑いコンビ「ツーツーレロレロ」を組み、たけし軍団に加入。「スーパージョッキー」(日本テレビ系)、「ビートたけしのスポーツ大将」(テレビ朝日系)、「痛快なりゆき番組 風雲!たけし城」(TBS系)などのバラエティーで活躍し、軍団脱退後は俳優や歌手活動に軸足を移した。

「軍団時代からギターを抱えて歌ってたんですが、02年には東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)から、僕が作詞・作曲した『Wedding Eve』でCDデビューしました。挙式前夜の新婦の心境を歌った曲で、バックコーラスに甲本ヒロトさんが参加してくれてるんですよ」

 甲本さんといえば、ブルーハーツでブレークし、今はザ・クロマニヨンズで活躍中の名ボーカリスト。どこに接点が?

「同じ岡山出身で、高校の3期後輩なんです。一緒にディズニーランドに行ったり、家族ぐるみでお付き合いさせていただいてます。快く引き受けてもらったところ、当時のプロデューサーが『ウチのルートじゃ無理』とビックリしてました。アハハハ」

 これまで手売りをメインに約1万7000枚販売。また、結婚披露宴のゲストとして歌うことも多くビデオレターを含めると458組に捧げた。

「夢は、やっぱりNHK紅白出場ですね。宮崎ではいろんな人のお世話になってますから、紅白でも宮崎をPRできたらいいなって思ってます」 (取材・文 高鍬真之)