【連載】ジェンソン・バトンのスーパーGT参戦記(9)

 シーズンを締めくくるースーパーGT最終戦が11月10日、11日、栃木・ツインリンクもてぎで行なわれた。第7戦・オートポリスを終えて、RAYBRIG NSX-GT(ナンバー100)を駆るジェンソン・バトンは山本尚貴とともにランキング首位。フル参戦1年目でのチャンピオン獲得まで、あと一歩と迫っていた。

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ジェンソン・バトンがスーパーGT参戦1年目で見事戴冠

 ただし、平川亮/ニック・キャシディ組のKeePer TOM’S LC500(ナンバー1)も同点で並んでおり、まさに「前でゴールしたほうがチャンピオン獲得」となる。しかも、急減速と急加速を求められる「ストップ&ゴー」のレイアウトが特徴のもてぎは、ホンダのホームコースでありながら、マシン特性から見ればレクサス勢が有利。とくに1号車はここ数年、もてぎで好成績を収めており、戦前予想では「100号車が劣勢」だった。

 しかし、この嫌な雰囲気をバトンが払拭する。土曜日に行なわれた予選Q1に登場し、1分36秒344のトップタイムを叩き出してライバルを圧倒したのだ。今季後半はQ1を担当することの多かったバトンだが、トップタイムを記録するのは初めて。「ベストなアタックではなかったけど、トップタイムはうれしい」と笑顔を見せた。

 その後、100号車は山本がQ2を担当し、2番グリッドを獲得。対する1号車は6番手となり、形勢は一気に逆転した。

 そして迎えた日曜日。待ちに待った決勝レースも、フィナーレにふさわしい名バトルが展開された。

 100号車は山本がスタートドライバーを務め、2番手をキープする。1号車の動きを警戒しながら走り、予定より長い30周目までピットインを引っ張ることになった。

 ただ、これが裏目と出る。バトンと交代する間に立川祐路/石浦宏明組のZENT CERUMO LC500(ナンバー38)に先行を許し、3番手に後退することになったのだ。これに対して1号車は、ピットインしてキャシディから平川に交代すると、徐々に100号車のバトンとの差を詰め始めた。その時の心境を、バトンはこう振り返る。

「ピットアウトしたときに38号車が目の前を通過したので、『しまった!』と思ったよ。(後方から追い上げる1号車の)平川選手のペースが速いのはわかっていたから、自分のタイヤが新しくてグリップ力が高いうちに、早く38号車を追い抜く必要があると思った」

 ここからバトンは、38号車の石浦に猛烈なアタックを仕掛ける。そのアグレッシブさは、これまでの7戦では見られないほど勢いがあるものだった。しかし相手は、今年でスーパーGT参戦100戦目を迎えた大ベテラン。バトンは石浦と一進一退の攻防を繰り広げた。

「タイヤの消耗は気にせずにプッシュしたよ。この時、一番重要だったのは、レクサス勢の前にいなければならないことだったから。すごく楽しいバトルができたけど、石浦選手のブロックは完璧だった。数周のうちに、『これは抜けないな』と判断したよ」

 バトンは38号車とのバトルから一旦引き、タイヤをケアする方向へと切り替える。一方、1号車の平川は4番手に浮上し、バトンに迫ってきた。そして残り10周になって両者の差は2秒を切り、フィナーレは直接対決という最高の舞台が整った。

 コースの習熟度、GT300との混走経験を考えると、完全に有利なのは平川だ。だが、ここで元F1王者の本領が発揮される。第7戦まで苦戦することが多かったバトンだったが、この緊迫した状況のなかでスムーズに混走を処理し、むしろ平川よりもリズムよくGT300マシンをパスしていった。

「僕はこれまで数多くのレースを経験しているし、プレッシャーとの付き合い方も知っている。だけど、トラフィック(GT300との混走)はまったく初めての経験だったので、今年はすごく苦労した。でも、いろいろ学んだことを、今回の最終戦で生かすことができた」

 最終戦のバトンは、手探りの状態で走っていた開幕戦のころとはまるで違っていた。これまでは慎重になっていた部分もあったが、最終戦ではアグレッシブに攻めていく一面を見せ、終盤のポジションをキープする走りも経験豊富なGTドライバーたちとまったく遜色のないレベルに達していた。

 開幕戦のころのバトンであれば、平川が逆転していたかもしれない。最後までポジションを守り切れたのは、「元F1王者」という称号におごることなく、ひとりのルーキードライバーとして日々勉強を積み重ねた成果だろう。その集大成が、チャンピオンのかかった大一番で存分に見えた。

「チェッカーフラッグを受けた時は、本当にうれしかった。スーパーGTは世界で一番タフなレースのひとつだからね。こうしてチャンピオンを獲得するのは、僕にとっては9年ぶり(2009年のF1)のことだけど、あの時と同じくらい大きなタイトルだと思う。

 チームメイトのナオキ(山本尚貴)はシーズンにわたって、いろいろなことを教えてくれた。そして、いつもすばらしい仕事をしてくれた。チーククニミツや、ホンダにも感謝している」

「スーパーGT」という今まで経験したことのないカテゴリーに挑戦し、時に失敗することもあったが、心の底からレースを楽しんでいた。その瞬間をひとつずつ、思い出しているかのようにバトンは語った。

 最後に、気になる来年のことについて聞いてみた。

「まだわからない。レースをしているのは、たしかだけど……、たぶん、今年と同じことをしているんじゃないかな」

 来年もバトンがさらに活躍してくれることを、日本のファンは待っている。