飯能河原と割岩橋/写真提供:飯能市

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2018年11月9日(金)、埼玉県飯能市に「メッツァビレッジ」がオープンした。この施設は、2019年3月に開業予定の「ムーミンバレーパーク」と合わせ、北欧のライフスタイルやムーミンの物語の世界観を体験できるテーマパーク「メッツァ」を構成するエリアの1つだ。

【写真を見る】トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園/写真提供:飯能市

埼玉県の南西部に位置する飯能市は、市域の約76%が森林から成る人口約8万人の市。池袋から鉄道で乗り換えなし、最短40分という立地でありながら、豊かな自然が残されているまちだ。自然環境を生かしたエコツーリズムを推進し好評を博すものの、観光が産業の中心とは言いがたい。

そのまちがなぜ、日本でも屈指の人気を誇るキャラクター・ムーミンをテーマにした施設の開業地に選ばれたのか。飯能市の企画部地方創生推進室室長で、メッツァ開業に市の担当者として携わる関根浩司氏に、誘致の経緯や観光の展望を聞いた。

■ ムーミン原作者と飯能市の交流

飯能市とムーミンの関係を語る上で欠かせないのが、市内にある「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」の存在だ。1997年に開園したこの公園は、旧建設省より指定を受けた全国15カ所の「平成記念子どものもり公園」の1つ。トーベ・ヤンソンの名前を冠する通り、公園のデザインやコンセプトはムーミンの原作者であるトーベ・ヤンソンとのやり取りから生まれたものだ。公園内にはきのこの家と呼ばれるユニークな形の建物や、トーベ・ヤンソンの資料コーナーなどがあり、訪れた人からは「ムーミンの世界のようだ」との評判が立った。公園を目当てに関東近郊をはじめ、海外から訪れる観光客も多い。

同市とトーベ・ヤンソンとの関係は、公園整備当時の担当者が送った手紙がきっかけだ。

「子どもたちが公園での体験を通じて成長してほしいという思いを体現するために、当時の担当者がムーミンの物語にある自然との共生や仲間への思いやりを感じられるような公園を作りたいと考えました。そこでトーベ・ヤンソンさんに手紙を送ったところ、コンセプトに共感いただき、北欧や童話の世界をイメージした公園の整備がスタートしました。あけぼの子どもの森公園(※公園名は2017年6月に「あけぼの子どもの森公園」から改称)が完成してからも長い間、トーベ・ヤンソンさんと手紙のやり取りは続いていたと聞いています」

■ 縁、自然、立地、三拍子そろったまち

そのトーベ・ヤンソン生誕100周年を翌年に控えた2013年、ムーミンの物語を主題としたテーマパーク事業を日本で行うことが発表された。この事業の候補地として、飯能市は誘致に手を挙げた。だがそれは、前述のムーミンの作者との縁だけが理由ではなかった。

「事業が発表された翌年の2014年5月、日本創成会議の人口問題検討分科会において、飯能市は消滅可能性都市に位置付けられました。自治体として発展を目指す上で、地方創生を進める起爆剤としてムーミンのテーマパークへの誘致に本腰を入れることとなりました」

人口問題に直面した同市は、集客効果のある資源としてテーマパーク開業を切望する。それと同時に、飯能こそが開業地にふさわしいという自負もあった。

「飯能市は森林文化都市を宣言しています。ムーミンの世界観を日本に作り出す場所として、森と水、豊かな自然に恵まれている飯能をおいて他にないという思いはありました。さらに首都圏からも近く、集客性という観点からも立地は良好です。そういった面からもアプローチをさせていただきました」

誘致の過程で飯能市は、テーマパーク側の担当者に市内をくまなく案内した。現在の開業地となった宮沢湖をはじめ、天覧山、飯能河原、名栗の山々といった観光名所はもちろん、市内の保育園も紹介し、飯能の自然と人に触れてもらったという。

「折に触れて何度も飯能を巡っていただくうちに、『ムーミンの世界観を体現するにはやはり本物の自然であるべき。自然の中で生まれる人と人とのコミュニティがふさわしい』というお言葉をいただきました」

熱心な誘致が実り、2015年6月、テーマパーク事業を担当するフィンテック グローバル株式会社がメッツァを飯能市の宮沢湖を中心としたエリアに開業することを決定。さらに、施設そのものも飯能の自然を生かしたものへコンセプトを転換した。

その後、両者は「地方創生に関する協定」を締結。飯能市は施設の整備に協力し、同社は建設工事の市内事業者への発注、市民の優先雇用、市内からの物資調達を行うなど、飯能市とフィンテック グローバル株式会社の協働でメッツァを通じた地方創生に取り組んだ。

「メッツァの効果が市民の幸福度の向上となるよう、またメッツァができることで交流人口が増加し、果ては定住人口の増加につなげられるよう尽力しています」

■ メッツァと市内観光の相互回遊への期待

開業が近づく中、飯能市や周辺事業者はオープンに向けた準備を進めていた。メッツァ最寄りの「宮沢湖」バス停は「メッツァ」バス停に改称され、イーグルバス・国際興業バス・西武バスの3社が飯能駅・東飯能駅よりメッツァ直行のシャトルバスを11月8日(木)より運行。また西武鉄道も、フィンランド国内のデザイナーが提案したイメージをもとに飯能駅のリニューアル工事を決定。2019年3月に向け駅舎の改修を行う。

メッツァと飯能市内との相互回遊は市として大きく期待するところだ。「メッツァ自体の滞在時間は4時間から5時間と見込まれています。メッツァで過ごされた後に、たとえば名栗地区へ足を運んでいただいて、山に囲まれた温泉宿に宿泊していただいたり、飯能河原にかかる割岩橋のライトアップを楽しんでいただいたりと、市内回遊をしていただきたいという思いはあります」と関根氏は話す。そのために、訪れた観光客の市内回遊手段の拡充も検討しているという。

「名栗地域をはじめとする各観光スポットへの交通手段は、現在路線バスやタクシーが主となります。市内回遊という点では、レンタサイクルなどを導入していきたいと考えています。タクシー事業者各社とも、観光連携を進めていきたいと考えているところです」

■ 何度も行きたくなるまち、そして住みたくなるまちへ

自家用車以外の市内交通の整備は、観光のスタイルにも影響を与える。「市内の観光客の動向は日帰りが約9割で、宿泊される方は1割程度です。一方、メッツァのメインターゲットと目されるのが、20代から40代の女性や、小さなお子さんを連れたご家族。若者の車離れということもあり、そういった層は自動車を持っていない方も多い。そういった方にはぜひ日帰りではなく飯能に宿泊していただき、メッツァと飯能の自然、その両方を体感いただければと思います」

天覧山・飯能河原エリアは小学校などの遠足コースとしては定番であり、周辺エリアの人々には以前から親しまれている。飯能河原はバーベキューや川遊びのスポットとして、また天覧山をはじめとする飯能の山々は、登山をテーマにした漫画・アニメ作品『ヤマノススメ』の舞台としても注目を集めた。名栗地区の鳥居観音は紅葉の名所として秋にかけて絶景が楽しめる。

「飯能を訪れた方は、きっと空気やまちの雰囲気が違うと感じられると思います。メッツァがにぎわうのはもちろんですが、そういったまちの魅力をぜひゆっくりと感じてもらって、飯能を何度も訪れてもらったり、あるいは移住先に選んでいただけるようになればと思います」

都心からほど近い、自然豊かなまち。メッツァを訪れた際は、ムーミンの世界観にふさわしいと言われた飯能の森と水もぜひ体感してほしい。(東京ウォーカー(全国版)・国分洋平)