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「「ものごい」の代替手段 : ストリートディベーターという職業が、路上生活者を社会復帰に導く」の写真・リンク付きの記事はこちら

2018年10月、わたしはロンドン南部のカフェで、ある男性と会っていた。静かにコーヒーを飲む整った身なりの彼が数カ月前までは付近の路上で暮らしていたとは、この店の中の誰も思いもしないだろう。このプロジェクトを始めてから2年が経ち、彼のように「ストリートディベート」を通して路上生活から脱出し、定職と住まいを得る人が現れはじめた。

「ストリートディベート」という新しい仕事

ロンドンやパリといった欧州の都市を訪れたとき、道端でコップを持って座り込んで「ものごい」をする人を見ることは、そう珍しいことではない。しかし、ものごいの行為が人としての自尊心を著しく損なう行為であり、一度始めると自己肯定感の低下などから社会復帰が難しくなることは、あまり知られていないのではないだろうか。

2年前、アムステルダムの路上でわたしはひとりの路上生活者と仲良くなった。彼と話し、しばらく行動をともにするなかで、彼のような人がものごい以外の方法で生活のための金銭を得る方法はないかと考え、ストリートディベートという新しい仕事をつくるにいたった。

ストリートディベーターは路上で問題提起をし、硬貨の重さによって世論を可視化する職業である。これは、路上での「ものごい」に代わる行為でもあり、自尊心を損なわずにお金を稼ぐことができる。

たとえば、「ベーシックインカム - 賛成/ 反対」という質問が書かれたボードを準備し、それに対する2つの回答を書き込める天秤型のツールを使って、通りすがりの人々に投票を呼びかける。ディベートを通して天秤の皿にお金が“投票”されることで、世論がその傾きとして提示される。道ゆく人と友好的な対話を通じて、路上生活者の自尊心を守り、社会とのつながりを取り戻すことを目指している。

また、さまざまな背景をもつ人々が顔を合わせ、意見を交換する場を都市のなかにつくり、社会の思想的な分断を防ぐ狙いもある。わたしが大学院生として通っていたオランダのデルフト工科大学院でのプロジェクトとして始め、いまではロンドンやアムステルダムといった欧州の主要都市で、なんらかの事情で路上生活を送らざるを得なくなった人たちにこのツールは使われている。

ストリートディベートで路上生活を脱するまで

「このツールがなければ、ものごいをせざるを得なかった。それは人として絶対にできない。でも、それ以外の手段は盗むぐらいしかなかったんだ。本当にありがとう」

そう語る元ストリートディベーターの彼から、使い古されたストリートディベート用の天秤を受け取った。初めて彼から連絡をもらったのは、2018年の夏ごろ。彼は故郷であるルーマニアの社会的な閉塞感に嫌気がさし、ロンドンにやってきた多くの若者のひとりであった。しかし大卒で英語が堪能な彼でも、ロンドンの求人状況は厳しく、仕事が見つからないまま貯金が尽き、ホステル代が払えなくなって、路上生活者になってしまったという。

とうとう最後のお金が尽き、ものごいをせざるを得ないギリギリのところで、「Ways to earn with out begging(ものごいをせずにお金を稼げる方法)」と検索し、ストリートディベーターのことを知った。彼は住所をもっていなかったが、ロンドンに住む友人たちの助けもあり、無事にデヴァイスをアムステルダムから彼のもとへ届けることができた。そして、彼はストリートディベーターとなった。

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使い込まれたストリートディベーターのツール。

それから、彼は週に5日ほど、ロンドンの路上でストリートディベートを行った。毎週どのようなディベートをして、どれだけ金銭を得られたかをメールで報告してくれたが、平均して毎日70ポンド(約1万円)を得ることができたようだ。これまでに稼いだ1日の最高額は180ポンド(約2万6,000円)で、米国の政治についてのディベートを行なったときだという。

ストリートディベートを始めてから3カ月後、彼は部屋を借りるために必要な頭金を揃えることができた。住まいを得て定職を探し始めた彼は、面接でのスムーズな会話が評価され、小売関係の仕事を得た。面接でいままで何をしていたのかと聞かれた際には「パフォーマー」と自信をもって答えたそうだ。いまは愛犬と暮らしながら、地域のコミュニティにも馴染み始めたらしい。

支援からこぼれ落ちる外国人の路上生活者

プロジェクトの初期段階では、すでに路上で暮らす路上生活者の人々にツールが使われることを想定していた。しかし、わたしに連絡してきたのは日々の生活に苦しむ欧州に来たばかりの移民の人たちだった。

この数年間、欧州の主要都市に移住する人々の数は増え続けている。元ストリートディベーターの彼のように、自分の望む生活をするために多くの若者が北アフリカや東欧から、西欧の主要都市に移動する。だが、そこにはビザの関係などで仕事を見つけることが難しい現状がある。急激な人口増加に伴って都市部の家賃は年々上昇しており、(筆者も含めた)20代の若者が住宅費を払うことが難しくなってきている。

これらの都市では、現地の高い住宅費や雇用の参入障壁によって移住に失敗し、路上生活を余儀なくされる外国人が増えている。英政府が2017年に行った調査では、ロンドンで確認された7,705人の路上生活者のうち4,052人(52.6パーセント)が英国籍をもっていない外国人であった。英国も含む多くの国は、自国民でない者を支援をする社会福祉の枠組みが不十分なことが多く、支援を一切受けることができないまま路上に取り残される外国人路上生活者が大きな問題になっている。

さきほどの彼も地元のシェルターに支援を求めたが「その土地に縁がない。英国人ではない」といった理由で支援を断られたという。既存の路上生活者向けの支援からこぼれ落ちた人のなかで、ツールさえあれば誰もが始められるストリートディベートは静かに広まり始めている。

オープンソースで広まるツール

ケープタウンで毎年開催される世界最大規模のデザインカンファレンス Design Indaba 2018で、このプロジェクトについて話す機会があった。『Dezeen』をはじめとした8カ国のメディアで紹介されたこともあり、徐々に世界の人々にストリートディベーターの取り組みについて知ってもらうことができた。

オスロやバルセロナなど、欧州の主要都市に住む数十名からツールを買いたいと連絡があり、ウェブで天秤のツールを言い値で販売し始めた。だが、作業のすべてを個人で行っていたプロジェクトだったため、ツールの需要に生産が追いつかなくなってしまった。そのため、現在ではツールの設計データをオープンソースにし、プロジェクトの発案者の自分を介さなくても必要な人に広まる構造を構築しつつある。

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ストリートディベートのためのツールは、南アフリカのケープタウンでつくられている

小さな問題解決を通した状況への理解

デザインは問題解決であると言われるが、わたしたちの社会が抱える「厄介な問題(Wicked Problem)」は、そう簡単に「解決」することなどできない。解決という行為は一度実行すると、新たに二次的な問題を発生させて、問題をより複雑にしてしまう。また解決に関しても「ここで終わり」という区切りがない。そもそも問題の捉え方は人によって違うため、誰もが納得する問題解決も存在しない。

しかし、小さな問題解決を試みることは問題への新たな理解を発生させる。状況への介入により得た新たな理解は、「ホームレス」や「移民」といった意味する人数が多いラベルへの理解を、その顔が見える解像度にまで高める。対象の属性をひとくくりにして問題を議論をすることは簡単だが、その問題を表す大きすぎるラベルのなかに、実は多様な人がいることを、わたしたちは忘れがちだ。

ストリートディベートは、すべての路上生活者が抱える問題を解決することはできない。しかしルーマニアからロンドンに移住した彼のように、既存の支援の枠組みから外れてしまった人々の支えとなることができる。いまの社会に求められているのは、大きな主語に向けたトップダウン式の問題解決ではなく、小さな部分解の試行錯誤の集合体ではないのだろうか。

市民が自分たちが出来る範囲で状況をよくしようと、絶えず変化する問題に向き合う試みこそが社会をよりよい方向へ変えられると、わたしは信じている。今日も世界のどこかの路上でストリートディベーターたちが、問いと対話を巻き起こしている。見かけたらぜひとも参加してほしい。

木原共|TOMO KIHARA
1994年生まれ。デルフト工科大学院インタラクションデザイン研究科卒業。アムステルダムに拠点を置く公的なデザイン組織Waagにて社会変革を生み出すプロジェクトを国際的に手がけている。ものごいの代替行為をデザインするプロジェクト“Street Debater”が、『WIRED』の「CREATIVE HACK AWARD 2017」のグランプリを受賞。2019サン・ティエンヌ国際デザインビエンナーレ招待作家。www.tomokihara.com