セコムは単なる警備会社ではない(写真:AP/アフロ)

警備業界は2020年の東京五輪に際して、大きな需要を見込んでいる。1964年の東京五輪で飛躍のチャンスをつかんだからだ。その主役として、当時、選手村の警備を担当したのが、1962年に設立されたばかりの日本警備保障、現在のセコムだった。

さて、今年10月28日、「池袋ハロウィンコスプレフェス2018」に来場した小池百合子・東京都知事は、アニメ「銀河鉄道999」の登場人物・メーテルのコスプレで登場した。「踊る阿呆に見る阿呆」という阿波踊りのフレーズにひっかけ、「ハロウィンを楽しみましょう」と呼びかけた。

ところが、東京・渋谷の一部では目を覆いたくなるような事態が起こった。10月31日夜から11月1日未明にかけ、強制わいせつや痴漢、窃盗、暴行などの容疑で10〜40代の男13人が警視庁に逮捕された。おまけに人込みで動きが取れない中、火災も発生した。

街や人々の安全は、お上だけに頼っていられる状況ではない。だからこそ、2020年の東京五輪においてセコムやALSOK(綜合警備保障)、CSP(セントラル警備保障)などの警備会社の存在が欠かせないのだ。

「ガードマン」という言葉を日本に定着させたセコム

セコムは創業当初、「東京警備指令 ザ・ガードマン」というテレビドラマのスポンサーになり「ガードマン」という言葉を日本に定着させた。今や、年間売上高は1兆円に迫り、日本の警備業界で断トツ。2位のALSOKに2倍以上、3位のCSPに10倍近い差をつけている。直近本決算の2018年3月期連結決算は、純利益が前期比3%増の869億円と6年連続で過去最高を更新する絶好調ぶりだ。

セコムはセンサー付きシステム(機械)警備のパイオニアだ。法人向けも強いが、家庭用ではシェア8割と圧倒。読売巨人軍終身名誉監督である長嶋茂雄氏が、「セコムしてますか?」と呼びかけたテレビCMはあまりに有名である。

そのセコムは317万件の契約件数を誇る主力のセキュリティ(警備)事業にとどまる企業ではない。近年は情報通信、地理情報、防災、医療、介護、損害保険、不動産、海外展開など、事業は多角化している。グローバル化も積極的に展開しており、もはや日本だけでなく、世界の警備業界で存在感を放っている。

今もなお「祖業」のセキュリティ事業が主役を務めていることから、やはり「警備会社」であると思いきや、セコムは「社会システム産業」と名乗る。つまり、狭義の警備にとどまらず、社会の安全・安心を守るインフラ企業であろうとしている。

その思いは創業者の飯田亮氏(現・最高顧問)が社員に向かって常々口にしている次の言葉に表れている。

「げた屋、みそ屋になっちゃだめだ。艶っぽい会社にならなくては」

この言葉はげた屋、みそ屋を見下しているわけではない。げた屋といえばげたを、みそ屋といえばみそを(製造)販売している、といった具合に、表から見て何で稼いでいるかがすぐにわかるようなビジネスモデルでは、参入障壁が低く競争力にも欠けると言いたいのである。

「何でもやるのではなく何でもできる。だから、セコムという訳のわからない社名にした」という飯田氏の発言からもわかるように、多角化することにより、それぞれの事業が相乗効果を生み収益性を高めようとしているのだ。

「社会システム産業」と名乗る理由

競争力には表の競争力と裏の競争力がある。「警備会社でしょう?」という答えが出るのは、表の競争力だけを見ているからだ。では、セコムは単なる警備会社ではなく、何の会社なのか。正解は、「IT(ICT=情報通信技術)を携えたサービス業」といえる。同社が「社会システム産業」と名乗っているゆえんである。

セコムを長い間ウオッチし続けてきた筆者が近年、肌で感じるのが企業文化の変化だ。強権発動型ではなく、社員のモチベーションを高めるタイプの経営者がトップに就いている。日本銀行からセコムに転じ、2016年5月から社長を務める中山泰男氏だ。

そもそも、セコムは創業期から成長期に至るまで、労働集約型産業だった。同社が警備の機械化を進めたのは、急成長に伴い増大するガードマン(現在は「ビートエンジニア」=契約先で異常が起きた際に駆けつけるセコムの緊急対処員)の人件費を抑えることが大きな目的だったからだ。

飯田氏は、インターネットがなかった時代に専用回線を使い警備をネットワーク化した。その意味では、「当社は『元祖・IoT企業』と言っても過言ではありません」と中山社長は言う。

セコムはサービス業では珍しく、メーカーも顔負けの研究所や開発センターを有し、AI(人工知能)をはじめとする最新技術を積極的に活用している。

磨きをかけているのは、AIを活用した画像認識。不審な行動を取る人物を事前登録しておき、同じような事象が起きた場合、監視カメラがとらえ、付近にいるビートエンジニアに通知。そして、現場に急行するといった具合だ。

ただ、この裏に深刻な人手不足に対する懸念が隠されていないだろうか。

セコムの今期(2019年3月期)は、売上高が前期比3%増の1兆円、純利益は5%減の830億円、営業利益が7%減の1265億円となる見通し。7年ぶりの減益である。その主因は研究開発を含めた先行投資だ。人材投資として60億円、システム投資も40億円増やす。

セコムは急成長期に契約件数が増えていくのに伴い人件費も上昇していくというジレンマに陥った。このことが機械化を促すきっかけとなった。ところが今は、逆に深刻な人手不足を、AIや画像認識などの技術で補強しようとしているように見える。

この点を問うと、中山社長は次のように答えた。

「単に人手不足を補う手段として、新しい技術を使っているわけではありません。何が真の競争力になるでしょうか。それは人財(人材)です。人を活かすために技術をとことん活用しようという考えです。人は無形資産です。バランスシートに表れる有形資産の価値を大きく評価する時代から、無形資産重視の時代へと移りつつあります。その意味では、当社の強みであるホスピタリティなどは、簡単にマネができない高い参入障壁と言えるでしょう」

ホスピタリティこそがセコムの深層の競争力。技術はそれを支えているツールとも考えられる。

中山社長は続ける。

「最新鋭の技術により、省力化するところは省力化しますが、お客様が増えているのですから、人がやるべき仕事は減るどころか増えてくると思っています。2019年度にかけて、自己実現をサポートする、競争力ある人材を確保するなど、人に60億円、基幹システムの刷新、業務品質向上・効率化など技術に40億円、計100億円を投資します。このように投資額から見ても明らかなように、技術だけでなく人を味方につけようとしているのです」

会社が社員を選んでいるつもりでいた

新卒入社者のうち、3年で30%が退職するといわれる時代。ビートエンジニアや介護人材といった現場人材なくしては成り立たないセコムにあって、中山社長の目に、売り手のリクルート市場はどう映っているのだろうか。

「しばらく前は、会社が社員を選んでいるつもりでいました。だから、退職する人が出ても、また採ればいいと考える。ところが、この1〜2年でフェーズが大きく変わりました。社員が会社を選ぶ時代になっているのです。

そこで、選ばれ続けるためには、退職する人が出た場合でも、もう、この会社で働くのは嫌だ、ということにならないようにしたいものです。そのためには、自分たちもやりがいがある、満足できる、自己実現できる、一緒にいる仲間もいいという会社でなければなりません。そのような会社であれば、退職者も当然減っていきます」

国内発進拠点・約2800カ所、セキュリティセンサー設置数・約6000万個による、人と技術が融合したビジネスモデルを最大の武器とするセコムにとって、「人」の使い方が大きく問われることなる。

グーグルのセクハラ問題をはじめ、企業におけるハラスメント問題が注目されている昨今、強面社長からホスピタリティ型に社長を替えたセコムの行方は、将来、アントレプレナーシップ論のケーススタディになることだろう。

2020年の東京オリンピック(7月24日〜8月9日、パラリンピックは8月25日〜9月6日)は、前回と比べ物にならないほど大規模なイベントとなるため、セコムが同業界のリーダー役を務め、ライバル企業とともに、飛行船、気球、そして、ドローンを活用した広域警備、画像認識による異常検知などの最新技術で平和の祭典を警備しようとしている。ここでセコムは、「人と機械の結合によるイノベーション」を披露してくれることだろう。

ところで、小池都知事の任期は2020年7月30日まで。五輪前に実施されよう都知事選挙で再選されるか、特例法で五輪後まで延長されなければ、五輪期間中に任期が切れてしまう。誰が都知事になろうと、東京オリンピックの安全を守る事実上の主役は、「官よりも民」になりそうだ。

そこで披露される「未来のセキュリティ技術」が話題を呼び、「安全・安心」は一大成長市場になるだろう。そのとき、セコムは「セキュリティ業界のトヨタ」として存在感をさらに高めているだろうか。「技術のセコム」「ホスピタリティのセコム」だけでなく、「人のセコム」になれるかどうかがポイントだ。