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大河のようになって歩く人々

今年10月19日頃、突然、「中米の移民集団がメキシコ入り 米国務長官は阻止要請」(日経新聞オンライン版)とか、「中米の移民3000人北上、メキシコが国連に支援要請へ」(産経新聞オンライン版)というニュースが流れた。

写真を見ると、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの移民(希望者)が、何千人も徒歩でメキシコに向かっている。もちろん最終目的地はアメリカ合衆国だ。

その果てしなく続く人々の列を見た途端、2015年8月末、ハンガリーからオーストリアに向かって歩き始めた中東難民(希望者)の姿を思い出した。当時、彼らの最終目的地はドイツだったが、今、中米で起こっている光景は、それと瓜二つといってもよいほど似ている。

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移民キャラバンは、現在、メキシコ内を北上し続けており、米国はメキシコ国境に数千人規模の軍隊を派遣し始めた。ところが、報道はというと、米国のその行為がまるで違法であるかのような雰囲気を醸し出している。

移民の行進には、不思議なことがたくさんある。そもそも、貧困や犯罪に苦しんでいた人たちが、ある日、突然、自然発生的に歩き出し、みるみるうちにこのような民族大移動になったわけではない。

今回の場合、ホンジュラスのある元国会議員の呼びかけで160人ほどが歩き出し、それがテレビで取り上げられた途端、何千人もが加わったらしい。もちろん、その後ろには、ちゃんと情報を発信し、ロジスティックを担当し、人々に必要な物資を与え、勇気づけ、導いている人たちがいるのだろう。

とはいえ、この入国方法が容認されるならば、これからは、人々が好きなように国境を越え、自分の住む国を自分で決められるようになる。しかも、その新しい居住地で、その国の法律の下、さまざまな権利や社会保障を享受できるとなると、これまでの世界秩序は100%塗り替えられる。まさに革命だ。

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2015年、中東難民が続々とドイツに到着した時もそうだったが、今回、メキシコを大河のようになって歩いている人たちも、皆、驚くほど軽装だ。

ヨーロッパでは、昔から多くの若者がバックパッカーとして巨大なリュックサックを背負って旅をしているが、今、アメリカに向かっている移民希望者たちはほとんど皆、小さなリュックサックが一つだけ。

道中、食べ物や飲み物や、簡素とはいえ寝場所が提供され、救急医療が行われている様子は映像にも映っている。スマホの充電ステーションもあり、着替えや赤ん坊の紙おむつや衛生用品も支給されているという。巨大なリュックサックは必要ない。

国際条約上存在しない人権

移民希望者を助けているのは、人道的な意味で駆けつけたNGOもいるだろうが、それだけとは思えない。メキシコ入国に渡河が必要なところでは、川の浅瀬に補助のロープを張って、その不法入国を助けている人たちもいた。そして、その様子をドイツメディアが応援するように報道する。

ところが、ドイツでは報道されないこともある。たとえば、国連で12月に採択が見込まれている「難民に関するグローバルコンパクト」について。

これは何かというと、難民、および移民を援助する申し合わせで、主に4つの目的がある。

?難民受け入れ国にかかる負担の軽減。これは、現在、難民を一番多く受け入れているのは、中東やアフリカの戦乱地区の周辺の貧しい国々なので、まずはそれらの国への援助を増やすということ。そして、?難民の自立を支援、?第3国定住などへのアクセスを拡大、?難民の自主帰還を促進と続く。要するに、難民・移民の権利の拡大だ。

ちなみに、なぜコンパクトという名称になっているかというと、「協定」にすれば法的拘束力が出てきてしまうので、多くの国が採択を躊躇すると思われるからだそうだ。つまり、国連はハードルを下げることにより、何が何でもこの申し合わせを採択に持っていくつもりらしい。

誰が移民として認められるようになるかというと、自国で人間らしい生活の送れない人たち全員だ。これからは、気候温暖化のために島が沈み、住むところがなくなったと主張する南太平洋の人たちもそれに含まれるらしい。

そして、彼らに移民先として選ばれた国は、グローバルコンパクトに署名していれば、移民を受け入れなければならない。法的拘束力がないとはいえ、受け入れを拒否することは難しくなるだろう。

しかもこのコンパクトは、??により、移民が移住先で、そこの国民と同様の権利を持てるよう応援している。しかも?で、移民は祖国に戻る権利も保持できるため、帰りたくなれば、帰郷もサポートしてもらえる。

案の定、この内容に危惧を覚え、同コンパクトを採択しないと宣言する国が出てきた。例えば、アメリカ、オーストラリア、ハンガリー、スイス。

一方ドイツでは、本件をほとんど誰も知らず、10月の末、お隣のオーストリアが採択拒否の声明を出したという報道で、ようやくその存在に気付いた始末。オーストリアの声明は下記の通りで、簡潔そのものだ。

「移住の権利という人権は、オーストリアの法的基盤においては未知である。そのような国際条約上存在しないカテゴリーを作り出すことも、合法と違法の移住に関する水増しも、拒否すべきものである」

このあとドイツでも、俄かにこのコンパクトを危険視する声が広がった。ところが驚いたことに、ドイツ政府はその声を、「ポピュリストたちによって、グローバルコンパクトに反対する空気作りが行なわれている」と非難したのである。

日本海に塀は作れない

ドイツ政府はここ数年、反対意見に議論で対決しようとはせず、すぐポピュリズムや反民主主義と決めつけて、それを押さえつけようとする傾向が目立つ。議論になると困るものはなるべく目につかないようにし、あるいは議会を回避して決めてしまうこともある。

人間の波は、一度、堰が切れれば止められなくなるのは、すでにEUでは証明済みだ。今、日増しにアメリカ国境に迫りつつある中米からの人の流れも、一つ間違えれば、いずれアメリカ合衆国だけでなく、北米、中米、南米すべてを混乱に巻き込むほどの威力を発揮するだろう。それをさらに「難民グローバルコンパクト」で応援しようというのは、かなり無謀な動きだ。

いったい誰がそれを求めているのか? 何のために?

日本もあっという間に、この動きに飲み込まれる可能性は高い。日本では政治家も国民も、日本海は海が荒いので、朝鮮半島や大陸からのボート難民はそう簡単に来られないと高を括っているが、大きな船を提供する何者かが現れ、公海上で「遭難」している難民希望者を救助して日本まで運んでくれば済む話だ。

あるいは、日本の近くで難民を再び小舟に乗せ換えてSOSを発信すれば、自衛隊か海保が助けに行くだろう。それと同じことは、すでに何年も前から地中海で起こっており、各NGOの船が、中東やアフリカの難民を、シャトル便のようにイタリアやギリシャへピストン輸送してきた。

トランプ大統領はメキシコ国境に塀を作り、何と言われても中米の難民を阻止するつもりだろうが、日本は海に塀は作れない。それに、「人道」と言われれば受け入れ拒否などありえない。

ただ、ドイツのように、誰が何人入国して、どこにいるかわからなくなってしまっては困る。日本政府があらゆる状況をシミュレーションして、万が一の難民対策を準備してくれていることを願うばかりだ。