オランダ3年目のシーズンを迎えている小林祐希。ロシアW杯出場こそ逃したものの、所属のSCヘーレンフェーン(オランダ)ではテクニックと戦術眼に優れるMFとして高い出場率を誇り、不動の地位を築いている。現在リーグ戦9位で上位をうかがうヘーレンフェーンは11日、堂安律が所属するフローニンゲンと対戦する。

 一方、小林はピッチ外でも、日蘭で会社を設立するなど、周囲に流されない独特な発想を持ち、企業家としての道も歩み始めている。

 昨年9月、東京ヴェルディのジュニアユースとユースで同期だった高野光司(東京V、ギラヴァンツ北九州などでプレー後、2016年に引退)とともに立ち上げた会社は創立1周年を迎えた。昨年は岐阜県飛騨高山の酒蔵と組んで日本酒をプロデュースすると、9月には山形県南陽市で生産された有機栽培米の販売をスタートさせた。また、今年2月にはアムステルダムで美容サロンをオープン。今後は日本にも出店の予定があるという。


アムステルダムに開店した美容サロンの前に立つ小林祐希 photo by Kurihara Masao

 現役プロサッカー選手と企業家というふたつの顔を持つ小林はどこに向かっているのか。その目指すべき道について聞いた。

――現役のサッカー選手がビジネスを行なうことには賛否ありますが、起業したきっかけは何だったのですか?

「一番のきっかけは光司が現役を引退したことです。ずっと仲間だった選手が引退すると聞いて、それで『さよなら』じゃ寂しいじゃないですか。今後も仲間でいられるためにはどうしたらいいかと考えたら、一緒にビジネスをやるのが一番いいかなと思ったんです。

 サッカー選手の引退後の道として指導者や解説者などがありますが、そうした仕事に就けるのは一部の人だけ。そんな状況で、一緒にサッカーをやってきた仲間が『あの人、サッカー選手だったけど、プロではダメだった』とか思われることを想像したら、何とかできないかという気持ちが沸いてきたんです。

 よく、『引退後のことを考えていまから準備しているの?』なんて聞かれますが、やっていることはすべて、今やりたいことです。もちろん、オレだって一生現役でいられるわけじゃないし、そのあとの人生の方が長いので、少しでも多くの人や物事に接し、人としての幅を広げたいという思いもありました。

 オレのことが嫌いな人は『サッカー選手なんだからサッカーだけやってろよ!』と言うかもしれませんが、サッカー以外のことをやっているからといって、別にサッカーに集中していないわけではないんです。むしろ、オレは人と話したりすることがまったくストレスにならないし、むしろいいリフレッシュになっています。オランダに来てからは、ひとりでサッカーのことばかりを考えることが多かったのですが、それだと頭も疲れちゃうじゃないですか」

――オフには実際に農家に足を運び、田んぼにも入ると聞いたときは、ちょっと驚きました。小林祐希と田んぼは、ちょっと結びつかなかったです(笑)。

「田んぼに行きますし、トラクターにも乗りますからね。もちろん、オレだってまさか自分が農家と関わるとは思ってもなかったですよ。でも、実際に農家に行ってみると、学ぶことも多いんです。

 オレって、根本的に男として魅力のない人の話は聞くことができないんです。サッカーの監督でも、なかには勝てない理由を選手のせいにしたり、言動がコロコロ変わる人もいますけど(笑)、それに対して、こだわりのある農家さんたちは、みんな1本筋が通っているというか、人としても尊敬できるので、話もすっと入ってくるんです。

 日本の地方には美味しいものがたくさんあるし、こだわって作られた食材も多いのに、それが広く知られていない現実もあると聞きました。そこで、それを広められれば地方の活性化にもつながるし、オレにも何か手伝えることがあるんじゃないかと思ったんです。

 オレは食べるのも飲むのも好きだし、将来的には自分の好きなものだけが詰まったホテルを作りたいという夢があります。ホテルを作るとなればレストランも必要ですし、そのためには食や酒の知識や人脈も大事になってきますからね」

――アムステルダムの美容サロン「Blatto」も順調なようですね。

「美容サロンは、たまたまオランダで知り合った美容師さんが独立したいというので一緒にやろうというところから始まりました。ビジネスだと言われますけど、自分のなかではビジネスだと考えたことはないし、ただ楽しんでいるだけなんです。食べることや飲むことと一緒で、髪を切ってもらうことのも好きですから。

 もちろん、オレは美容の専門家ではないし、オーナーとして経営に関っているだけで、細かいことはスタッフにすべて任せています。今後は東京にもお店を出す予定で、たとえば、ただの美容サロンじゃなく、アートギャラリーやカフェなども併設できたら面白いと思っているんです。どうせやるなら、すでに存在するようなお店じゃつまらないですし、これまでにないような店にしたいじゃないですか」

――将来的には、自分が作ったホテルを、プロスポーツ選手を目指しながら夢が叶わなかった人のセカンドチャンスの場などにもしたいという考えもあるとか。

「そうですね。オランダに来て、トップ下はダメで、この2年間、『適性はボランチだ』と言われてそこで試合に出続けてきました。もちろんトップ下をやりたいですし、そこへのこだわりもあります。ただ、それにこだわりすぎてもよくないし、場合によっては違った場所で輝けることだってあるじゃないですか。1度失敗したからといって、セカンドチャンスがないっておかしいと思いますし、もし本気で何かしたい人がいたら、少しでも力になりたいんです」

――今年のオフも、短い時間のなかで多くの人と会い、忙しく過ごしていたようですね。

「本業はサッカー選手だし、オフしか動けないということもありますから。だから可能な限り、帰国していたときは挨拶回りをしたり、人と食事に行ったりしていました。京都や伊勢にも短い旅行に行きましたが、そこでホテルに泊まった際にはホスピタリティやおもてなしについて学んだりしました。

 たとえば、いい接客と悪い接客の概念については人によっても違うし、紙一重な部分もありますが、お客として経験することで、自分なりに感じることもあるじゃないですか。ホスピタリティって、美容サロンでもカフェでも、何をやるにしても必要ですからね。

 最近は麻雀にも凝っていて、オフのときは経営者の方などと打ったり、オランダにいるときは家でひとりで打つこともあります(笑)。オレは人とのつながりを大事にしていますし、麻雀は長い時間4人で卓を囲むので、あれこれ話もできて、いいコミュニケーションの場にもなるんです」

――自宅ではピアノも弾くとか。

「ある日突然やりたくなって、麻雀セットと一緒に買ったんです(笑)。でも、音楽って集中力を高める効果があって脳にもいいらしいんです。気分転換には最適ですよ」

――最後に、いま描いているピッチ内外の目標があれば聞かせてください。

「さっきも言いましたが、ホテルとか、自分の好きなものや仲間が集まれる施設を作りたいですね。ピッチ外も充実させて、いつも笑顔で楽しくいれば、サッカーにもいい影響があると思うんです。サッカーでも、やっぱり人気者の選手は試合で頼られるし、ボールも集まってくる。ぶすっとした顔でサッカーをやっていてもパスなんて来ないし、チャンスにボールもこぼれてこないですから。

 オランダに行ったことで、ピッチ内外で日本人がいかに真面目かということもわかりました。何といっても小林祐希がチーム一、真面目なんですから(笑)。それなのにビジネスでもサッカーでも、日本人は舐められる傾向があるので、どちらでも世界でやれるところは見せたいですよね。

 サッカーでは、まだプロになってタイトルを獲ったことがないので、いつかは獲りたい。それと欧州チャンピオンズリーグはやっぱり出てみたいですね。それもベスト4やベスト8に行けるチームで。一番行きたいチーム? 今ならマンチェスター・シティとか、行けたらいいですよね。シティのサイドバックはほぼボランチですから、サイドバックでもいいし。そんなことになったら超楽しいでしょうね(笑)。

 ただ、まずは自分のチームで。ヘーレンフェーンで楽しい雰囲気が作れなかったら、上には行けないと思いますから」

 一見やんちゃなその風貌とは対照的に、話せば話すほど純粋な考え方と屈託のない笑顔を覗かせる小林祐希。どこか風変りだが、不思議と人を惹きつける魅力を持っている。サッカーもビジネスも決してひとりで成立するものではないことを理解している賢さを見せながらも、一方で、何か大きなことを仕出かしそうな雰囲気もを漂わせる。ピッチ内外で異彩を放つレフティから、今後も目が離せそうにない。