中間選挙の「裏」で、また一人閣僚が更迭された。セッションズ司法長官更迭の意味とは?また今後のマーケットを見るうえでカギを握る人物がこの写真の中にいる。それは誰なのか(写真:UPI/アフロ)

アメリカ中間選挙は予想通り、議会は「ねじれ」になることが決まった(前回の「共和党『まさかの上下院完全勝利』はあるのか」を参照)。

選挙戦終盤、ドナルド・トランプ大統領が過激な発言に傾斜したのは「下院を捨ててでも上院の優位性拡大と、重要州の知事選を優先する賭けに出たから」との分析があった。この戦略は結果として成功したといえる。ただ分断を加速する言動が選挙で有効だったのなら、2020年の大統領選挙に向け、この国の分断はますます加速するだろう。そんな中、フロリダ州では「別のねじれ」が生じていた。

フロリダ州で起きていた「もう一つのねじれ」

フロリダ州の知事選挙でわずか1%の僅差で敗北した民主党候補のアンドリュー・ギラム氏。同氏が潔く敗北を認めたのは、彼の目的の一つが達成されたからだろう。実は、議会や州知事などの選択とは別に、フロリダ州の有権者は140万人の元重犯罪経験者の投票権を復活させる州法の修正法案にも投票した。この修正法案の可決には60%の賛成票が必要で、ハードルはかなり高かった。

個人的には、選挙公約にこの修正法案成立を掲げたギラム氏が敗北するなら可決は不可能と考えた。ところが、だ。ギラム氏は惜敗したものの、修正法案は、64%の圧倒的賛成票で可決された。アメリカの未来を左右するかもしれない州の修正法案の成立と、法案への言及を避けてきた共和党知事の誕生。この「フロリダのねじれ」は、中間選挙直後ぐらいは素直に上院での勝利を祝いたいトランプ大統領と共和党には、かなり深刻だ。

なぜなら、近年の大統領選を振り返っても、大統領選に極めて重要なフロリダ州の選挙は常に僅差の勝負になるからだ。2016年の大統領選時、同州でのトランプ氏とヒラリー・クリントン氏の得票差は11万2911票だった。2012年のバラク・オバマ氏とミット・ロムニー氏の差は7万4309票。そしてあのG・W・ブッシュ氏とアル・ゴア氏の差はわずか507票だ。個人的には、この時の507票がイラク戦争とリーマンショックに結びついたと確信している(ゴア大統領だったらイラクへの侵攻はなく、住宅バブルの崩壊も、リーマンショックのような形になったとは思えない)。

ただし、投票権が復権する140万人が投票所に行き、民主党に投票するとは限らない。そして共和党が知事選を勝利したのも大きい。ブッシュ候補対ゴア候補の最高裁の裁判は、2000年のリカウント(数え直し)の際の共和党支配下の州政権の行政判断をめぐり、ゴア氏が最高裁に提訴したものだったことは記憶に新しい(ブッシュ候補の弟のジェブ・ブッシュ氏が州知事だった)。同じような騒動が起きた場合、今の最高裁は当時よりも共和党色が強い。

一方、フロリダ州以外でも「地殻変動」は起きていた。現行の区割りでは共和党は民主党より有利とされたにもかかわらず、共和党は州知事選で7議席を失った(現時点ではコネチカット州は未定)。共和党の故郷であるウィスコンシン州を失った心理的ダメージは大きいし、民主党が地方で躍進したことで、「水面下のオセロゲーム」は加速するだろう。

例えば、民主党はこれまでも、リベラル色が強くなったワシントンD.C.を正式な州に格上げしたり、保護領のプエルトリコを本国の政治に参加させることを目標としてきた。プエルトリコは徴兵が適用されるが、大統領選で投票はできてもカウントはされず、議会に採決権を持つ議員を出していない。民主党は大多数が民主党支持者のプエルトリカンの票を代議員としてカウントしたいのだ。

それだけではない。同党の最大の目標として、大統領選を今の共和党に有利な代議員総取り方式から、民主党に有利な「ポピュラーVOTE制」(一般投票)へ変えることを画策してきた。しかし今の「ゲリマンダー」のような選挙区割りでは到底、実現は不可能だった。だが、地方や州知事の椅子を一つ一つ取ることでオセロの四隅は変わっていく。この中間選挙で民主党はその糸口をつかんだかもしれない。

「米中貿易戦争」にブレーキも?

そんななか、株式相場に目を向けると、市場を動かすアルゴリズムは上下両院のねじれを悪材料とは見ていない。そしてトランプ大統領と、下院議長に返り咲く予定のナンシー・ペロシ氏は、インフラ整備では妥協できるとの期待も生まれている。また、過去のパターンでは、共和党の大統領と共和党の上院、そして民主党の下院の組み合わせはレーガン政権以来となる(1981~1986)。この間の株価の平均年間上昇率は10.6%だ。さらに中間選挙後は株が上がるジンクスも健在。それらを踏まえ、選挙明けの7日の株式市場は大きく上昇した。

そして、すでにこの雰囲気を好感しているのがアメリカの金融ビジネス界だ。有力者からは米中の貿易戦争にもブレーキがかかることを予想した発言も出てきた。7日はトランプ政権を去った元ゴールドマンサックスのゲーリー・コーン氏が「トランプ大統領が中国との貿易赤字にこだわるのは、未開のアマゾン流域に住むエコノミストの教えを信じているからだ」と挑発的な発言をしたかと思えば、大手資産運用会社ブラックロック社のラリー・フィンク会長も「アメリカ国債を大量に抱える中国と喧嘩をしてはいけない」と再度けん制を入れた。

もちろんトランプ政権も、「基軸通貨国の貿易赤字は健全な世界経済の証明である」といったことくらいは十分承知しているだろう。無理に減らそうとすれば、世界経済を低迷させ、株価も下がり、最悪のケースでは基軸通貨の特権が揺らぐ。だから最初の関門だった中間選挙が終われば、「いったんはリセットする」と診るのが正しいだろう。

そしてここからは、2020年に向けて、トランプ政権がこれまでと同じ「プロレス的駆け引き」を続けるのか、あるいは「場外乱闘」ぐらいはあるのか、の見極めが重要になる(実際の対中貿易赤字は過去最高を更新中だ)。

カギを握るムニューシン財務長官

ならば、キーパーソンはスティーブン・ムニューシン財務長官になる。これまでも、さまざまな案件でオバマ大統領時代のリベラルエリートが残る国務省や財務省と、トランプ色が強い商務省やUSTR(アメリカ合衆国通商代表部)の態度は違っていた。

ここで物事を見極める一つのポイントは7月に議会が決議した国防を理由に中国からのアメリカ投資を規制する法案だ。この法案の実際の運用は、国防省でも商務省でもなく財務省が主導している。つまりカギはムニューシン財務長官なのだ。そしてドルの価値と財政を預かるムニューシン財務長官の対中政策への発言は、ピーター・ナバロ氏(国家通商会議委員長)やロバート・ライトハイザー氏(USTR代表)とは一線を画している。

そのあたりを考慮してか、中国もアメリカ国債を売るそぶりを見せるなどの脅しは今のところ見せていない。対中政策がリセットされるのは株式相場には悪い話ではないが、対中強硬派は「もし中国がアメリカ国債を売るなら、トランプ大統領には金融機関を凍結してでもそれを止める権限がある」と言い、どこまでも強気で押し通す構えだ。

恐らく緊急時の大統領権限の拡大を定めた1977年の「International Emergency Economic Powers Act」(国際緊急経済権限法)を指しているだろうが、まあ、アメリカでは大統領の独裁を許すような法案の執行は容易ではないとして、ここからは対中強硬派のライトハイザー氏やナバロ氏と、国際派のマイク・ポンペオ氏(国務長官)やムニューシン氏の露出を比較しながら、トランプ政権のスタンスを読み取るしかない。

そして、この市場の期待とは裏腹に、確実に起こるのがトランプ大統領に対する弾劾への動きだ。その前に中間選挙期間に沈黙を守ってきたロバート・モラー特別検察官が、一連の疑惑で動き出すことは必定だ。7日に選挙後の記者会見で久しぶりにこの問題を突かれたトランプ大統領は、CNNの記者に対しこれまでとは異次元の強い怒りを見せた。それはいつものパフォーマンスではなかった。そして立て続けに、司法長官のジェフ・セッションズ氏の解任を発表した。

個人的にはこの解任劇は衝撃的だった。政権の行く末に暗雲が立ち込める予感がする。そもそも上院議員から政権入りするのは格落ちだ。トランプ大統領に請われ、上院議員を辞め、あえて司法長官に転じたセッションズ氏。彼をトランプ大統領がどう扱うかは、彼の仲間だった今の共和党上院の面々が見守っている。トランプ大統領がこの行動に出たのは、中間選挙で共和党議員の勝利に、自分が貢献したとの自信の表れだろう。

だが個人的には、これから本番を迎える国内外の反トランプ勢力との一騎打ちで、このトランプ大統領の「共和党は俺のモノになった」的な態度や自信がどう影響するかを注視したい。

本当の敵はアメリカ国内にいる

中国やイラン、ロシアなどの「外敵」よりも、国内の敵との闘いがより深刻になるのはアメリカの宿命である(未だに南北戦争がアメリカ史上最多の戦死者数を出したのだから)。そんな中、直近の一連の中東スキャンダルでトランプ大統領が必死で守ってきたのは娘婿のジャレッド・クシュナー氏の可能性が高い。

トランプ大統領本人とロシアや中東とのビジネスは古い。大統領自身がそんな古いスキャンダルを恐れることはないだろう。だがクシュナー氏の不動産ビジネスはまだ新しく、中には今も続いているとされる案件も取りざたされる。

今、反トランプ陣営が集めている材料の中には、クシュナー氏が政権入りしたことによるレバレッジで利益を得たことを疑われる案件だ。モラー特別検察官は、ロシアゲートを切り口に、そのあたりの実態をあぶりだすことで、最終的には、トランプ大統領が「国益よりもファミリービジネスを優先させた」という印象を揃え、それで大統領を弾劾に持ち込む意図が感じられる(国家反逆罪)。

実は、そのパターンはあのウオーターゲートという前例がある。リチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込んだウオーターゲート事件は、元々は侵入罪という軽犯罪だった。メディアと民主党はこの軽犯罪を執拗に追及した。

この時、イエール大学院を出たばかりの若きヒラリー・クリントン氏がそのスタッフにいたのだが、追及に業を煮やしたニクソン大統領は、大統領権限で特別検察官を罷免してしまった。そしてそれを機に、事態は軽犯罪から、大統領による司法妨害へと発展した。

ただし、最終的にニクソン大統領に引導を渡したのは、仲間のはずの当時の共和党上院議員たちだったのである。ニクソン大統領が行った数々のリベラル政策は、金融を本業とする筆者としては評価されるべきものと考えるが(金本位制の中止、米ドルを基軸通貨として機能させる「ペトロダラーシステム」の構築 、中国との国交など)、当時の共和党保守派には、これらの政策はゆるせなかった。

最後にニクソン大統領に「われわれは貴方を守れない」と告げに行ったのは、当時の保守派の重鎮であるバリー・ゴールドウォーター上院議員だ。そしてアリゾナ州でゴールドウォーター氏の議席を引きついだのが、今年、大嫌いなトランプ大統領の終焉を見ることなく脳腫瘍で亡くなったジョン・マケイン議員である。

繰り返すが、トランプ大統領の真の敵は中国やイランではない。敵はアメリカ内にいる。ならば、なぜジェフ・セッションズ氏にこのような仕打ちをしたのか。

筆者はトランプ氏が大統領になるずっと前から、トランプ氏のビジネスの成功と凋落のパターンを相場の材料として診てきた。その立場で言えるのは、この中間選挙でトランプ大統領に「共和党は自分のモノになった」という自信が生まれた可能性だ。過去、その種の自信はトランプ氏には災いになった。アルゴリズムはそんな政治模様とは無縁に、単純に過去のパターンを踏襲していくだろう。金融市場では、宮本武蔵の五輪書「観の目強く、見の目弱く」にもあるように「敵の外見よりも、むしろ内面を観よ」という発想が必要になるだろう。