東京の酒場に、夜な夜な集う美女たち。

もし偶然、あなたの隣に彼女が来たら…?

美女とどんな会話をして、どんな時間を一緒に過ごしたいだろうか―。

ここは、下北沢にある1軒のワインバー。

俺は取引先との打ち合わせを終え、ふと目に入ったその店に立ち寄ると、目の前には赤ワインを飲む先客がいたー。




こぼれ落ちそうな瞳はどこか憂いを帯び、暇を持て余す表情だ。彼女も一人で来たのだろう。

だが、見知らぬ女性に軽々しく声を掛けるほどの勇気は、俺には皆無だ。

横目で見つつ食事を進めると、次々と彼女のテーブルに食事が運ばれてくることに驚く。大きなスペアリブに大盛りサラダ、銀杏のつまみ……。




それをガツガツと食べる、食べる、食べる。




その豪快な食べっぷりに見惚れていると、彼女と目が合ってしまった。




じーっと、俺を見つめてくる。楊枝の先っぽを口に含みながら上目遣いになっているのも、計算のうちか?




「なぁ。お兄さんも、ここに一人で来たん?」

「あ、はい」

「私も一人。じゃあ、近くで一緒に食べへん?」




半ば強引に手招きされて、隣の席に移る俺。物怖じしない彼女に完全にリード権を奪われつつ、会話を始める。

彼女の名は、優美。29歳。普段は歌手として活動しているらしい。下北沢へは、友人のアーティストが出演するステージをよく観に来るという。




歌手。サラリーマンの俺とは、全く違う世界だ。なんと言葉を返したら良いか分からないが、何とか質問を続ける。彼女は高校生のときから、歌手を目指していたらしい。


彼女は「元アイドル」という異常事態


「16歳の頃から、故郷の大阪と東京を行き来してレッスン受けたり、ライブ活動してた。平日は学校に行って、週末は新幹線で東京行ってレッスンして。遊ぶ暇ないほどパツパツな高校時代やったけど、しんどい感覚は無かったよ。

小さな頃から歌手になること以外考えられなかったし、自分の夢に近づくために必死やったし。まぁ、今でも必死やけど」

高校卒業後は東京の大学へ進学し、20歳でアイドルグループに加入することになったそうだ。




「SDN48っていうAKBさんのお姉さんグループに入った。“お姉さん”って感じ、私からはせえへんやろうけど(笑)。

20歳から加入できるユニットで、私はそこで最年少。正直、グラビア撮影とかセクシーな衣装も多くて戸惑うこともあったな。でも先輩達が覚悟を決めて撮影に臨んでいるのを見て、これがプロやと思った。

それから私も頑張ろうと決めて。腹くくって3年間くらいアイドルやった。ヘソ出し衣装もガンガン着てたね」

彼女がきらびやかな衣装を着て、歌って踊る姿を想像して少しドキッとする。




「アイドル」。その甘美な響きだけで想像を逞しくしてしまうのがオトコの性(さが)なのかもしれない。

とはいえ、今はひとりの大人の女性なのだからミーハーな心は出さないように意識しなければ……。

その後アイドルを卒業し、たった1人でアーティストとして活動することに不安は無かったのだろうか?




「不安はめっちゃあった。ファンの人だっていつまで応援してくれるか分からへんし。でも嘆くより試してみなきゃわからへんから、何事も。昼はイタリアンの店でバイトして、夜は作詞に挑戦したりオーディション受けたり、友達のアーティストと対バンしたり…思いつく限り、なんでもやったな」




「あと、自分からなにか発信しないとお客さんに飽きられてしまうから、自分で会場契約して、企画を考えてバンドメンバーに出演交渉して、ギャラとチケットのお金の管理もして『絶対に赤字が出せないライブ』もやった(笑)。

今考えるとひとりで全部やって死ぬほど大変やったけど、終わってみると楽しくて。やっぱり歌をやってるのが一番幸せやって実感した」

キラキラとした瞳で語る彼女に圧倒されて、俺は言葉に詰まる。

「なんかごめん。ちょっと喋りすぎたな」

彼女がそう言うのと同時に、団体客が店に入ってきたので、俺たちはカウンターへ移動した。



カウンターに移動“密着戦”に突入


俺は優美ちゃんとの距離が縮んだことに動揺を隠せないが、彼女のほうは飄々と「この甘いやつおいしい!」と言ってワインに夢中。




「それ『パッシート』って言って陰干ししたブドウを使った種類のワインだよ。貴腐ワインとは、また別」

持ち合わせる最大限の知識をチラつかせるが、彼女はあまり興味を示さなかった。どうやら甘くて美味しければ、なんでも良いらしい。

焦りがちな自分の心をなだめつつ、少しずつ恋愛の話題へ切り込むことに。

「優美ちゃんはさ、やっぱり仕事頑張ってるから、結婚とか考えてないの?」

「いや、結婚願望はある!(即答)子供ほしいし、幸せな家庭を築くことが私の夢の1つやし!この人とだったらどんなことも乗り越えていけるって人と結婚したい。あと、ディズニーランドが好きで年間パスポート持ってるくらいやから、できればデートは付き合ってほしいな…」




仕事へのガテン系な向き合い方を聞いた後、ディズニー好きと聞くとそのギャップにやられるが、他には男性にどんな条件を求めるのだろう。

「もう、歳を重ねるにつれて男性のタイプとか無くなってきてるわ(笑)。強いて言うなら、私のことを好きでいてくれる人ならなんでも良い!」

ハードル低っ!かわいいんだからもっと我儘言っていいのでは…。

兄のような気持ちになっていた矢先、彼女が急に遠くを見つめる。




「まぁ、この歳やし、色々あるよ…。恋と仕事を天秤にかけて、100%私の都合で別れた男の子もおるし。『辛いけど別れてもまた会えるでしょ』って言って。でも実際、そんなに甘くなかった。

その後彼に連絡したら『こっちは忘れられなくて辛いから、もう二度と連絡してくるな』って言われて。その時、自分の対応が相手を凄く傷つけていたって気づいた。もう多分、一生会えないと思う」

仕事に夢中になるあまり、大切な人を失ってしまったという経験をしている人は多いだろう。

無邪気に見える優美ちゃんも、色々な思いを抱えてステージに立っているのだろう。

「なんか身体中が熱い。ちょっと、いや、だいぶ酔ってるんやと思う。お兄さんも聞き上手で色々喋り過ぎたし。今日のことは、2人だけの秘密やで?」

そう言って俺の裾をギュッと引っ張り、カーディガンを脱ごうとする優美ちゃん。




よし……今だ!連絡先を交換し……その時、彼女の携帯が鳴った。

「あ、女友達からLINEや。『近くまで来てるから会おう』だって。私、帰らなきゃ」




「分かった。色々聞かせてくれてありがとう。ここは話してくれた御礼に、俺が払っておくから」

かっこつけたつもりだったが、動揺して声は裏返っていたように思う。

優美ちゃんは、「ほんま?ありがと。会ったばかりやのに」と御礼を言って出ていった。




「良かったら次回のライブ、教えてよ。最優先で行くから」

なぜ、その一言が言えなかったんだろう…。

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五反田で出会った、魅惑的な彼女との一夜

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<カメラマン>
佐野 円香