日本最終年となった2011年3月の岩隈。懐かしい楽天のユニホーム姿が、もうすぐ見られる

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 米大リーグ、マリナーズを退団した岩隈久志投手(37)が、2011年まで所属した古巣楽天への復帰が濃厚になったことが8日、分かった。近鉄、楽天で107勝、大リーグでも63勝を挙げたベテラン右腕は今季限りでマ軍を退団し、日本球界復帰を模索していた。複数球団が調査を進める中、犬鷲軍団の初代エースが、8年ぶりに杜の都へ戻ってくる。

 楽天の初代エースが東北で完全復活を期す。岩隈が、古巣のユニホームに袖を通す日が近づいてきた。

 今季限りでマリナーズを退団した右腕に対し、水面下では楽天の他にも複数の球団が獲得に向けて調査を進めてきた。メジャー関係者によれば、米国でのプレーも視野に入れていたが、愛着のある楽天復帰の意思を固めたという。

 マ軍は米国時間の9月11日(日本時間12日)に退団を発表。この一報を受けた立花球団社長は、「イーグルスの歴史をつくった素晴らしい選手の一人。日本でプレーされるというお話なら、しっかり調査させていただく。個人的には迎える準備はあると思っている」と功労者に敬意を払い、いち早く獲得に前向きな姿勢をみせていた。

 井上智治オーナー代行も「個人の見解ですが、来てくれたら盛り上がる、功労者ですから。お世話になったし、出ていくときも気持ちよくいかれた。戻ってきてほしいと思います」と、球団内は歓迎ムード一色だった。

 岩隈は昨年9月に右肩のクリーニング手術を受けた。今季はマイナー契約でスタートし、手術後3度目の登板となった9月(同6日)のマイナー戦では球速が88マイル(約142キロ)を計測。「やっと自分の感覚で腕を振ることができた。まだ(現役で)できると思いたい」と復活に自信をのぞかせた。

 11年オフに海外フリーエージェント権を行使して米大リーグに挑戦した岩隈だが、東北への熱い思いは忘れなかった。2004年の球界再編問題時は分配ドラフトで所属していた近鉄からオリックス入りが決まっていたが、これを拒否。楽天入りを熱望し、翌05年の開幕戦では完投で球団初勝利に導いた。7年間、プレーした楽天では田中との2枚看板でチームの土台を築いた。

 11年3月の東日本大震災後は、支援活動にも積極的に取り組み、メジャー移籍後も三陸鉄道(岩手県)の草野球チームのゼネラルマネジャーを務めるなど、復興に力を注いできた。昨年12月には、楽天生命パークの室内練習場で、則本とともに野球教室を開いた。

 マ軍時代は14勝を挙げた13年にサイ・ヤング賞候補となり、15年にはノーヒットノーランを達成した。米国で培った7年間の投球術は、若い楽天投手陣にとっても、生きた教科書となる。

★今季の岩隈VTR

 昨年9月に右肩の手術を受け、今季はマリナーズとマイナー契約。春季キャンプは招待選手として参加した。6月19日(日本時間20日)にマイナーで実戦登板の予定も右肩の張りで回避。術後初の実戦登板は8月26日(同27日)となり、復帰後は実戦に3試合に登板し、計5回4失点、防御率7.20に終わった。9月11日(同12日)に球団が今季限りでの退団を発表。同26日(同27日)のアスレチックス戦前(セーフコ・フィールド)には始球式を務め、捕手役のイチロー球団特別補佐が構えるミットに投げ込み、別れを告げた。

岩隈 久志(いわくま・ひさし)

 1981(昭和56)年4月12日生まれ、37歳。東京都出身。堀越高から2000年ドラフト5位で近鉄入団。04年に15勝で最多勝。楽天時代の08年には21勝を挙げてパ・リーグ最優秀選手と沢村賞に選出された。09年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本の2連覇に貢献し、12年にマリナーズに移籍。15年8月のオリオールズ戦で無安打無得点試合を達成。1メートル90、95キロ、右投げ右打ち。既婚。