11月7日発売のiPad Proは、Apple Pencilを装着することが可能となった(筆者撮影)

アップルが10月30日、ニューヨーク・ブルックリンで発表した新製品は、アップルのみならず、今後のコンピュータの将来に大きな影響を及ぼすほどのインパクトを与える――そんな確信を持てる内容に、会場は異様な盛り上がりを見せた。

発表された製品カテゴリは、直近の2018年第4四半期決算では、販売台数の面で苦戦を余儀なくされていた(参考記事:iPhone「台数は非開示」が示す時代の大転換)。しかしイベントで発表した新製品の数々は、そんな不安を払拭するかのような、驚きにあふれていた。

今回はその3つの新製品の中から、2015年の登場以来初めてのデザイン変更を伴う刷新となったiPad Proのレビューをお届けする。

より薄く、より小さくを実現するデザインに

筆者にとってiPadは、基本的に自宅で動画やウェブ、雑誌を閲覧するためのデバイスとしての活用にとどまってきた。しかし9.7インチモデルのiPad Proが登場した2016年3月以降は、それ単体で仕事が完結するデバイスへと大きく変化した。

Apple Pencilによる手書き機能の実現と、カバーを兼ねるキーボード「Smart Keyboard」のおかげで、出張を伴う取材も含めて、iPadだけでこなせるようになったのだ。


今回試用したiPad Pro12.9インチモデルのスペースグレイ(筆者撮影)

ニューヨークでのアップルのイベント取材も、10.5インチのiPad Proだけを持って、現場でのツイート中継から写真の取り込みと編集、ビデオクリップ編集、そして速報の原稿執筆を行い、Apple StoreでのToday at Appleイベントでのスケッチのレッスンにも参加できた。

活用範囲を広げてきたiPad Proは、今回の刷新で、どんな進化を遂げたのか。

iPad Pro 12.9インチモデルは今回で3世代目となる。2年間はプロセッサーの刷新とディスプレーのテクノロジーの進化にとどまっていたが、登場以来初めてデザインが刷新された。


下が新しいiPad Pro12.9インチモデル。上が筆者所有の10.5インチモデル(筆者撮影)

iPad Proはこれまで、角が背面に向けて弧を描くように絞られるデザインで、光の加減もあって6.9ミリという薄さをより演出してきた。刷新されたデザインでは、側面がさらに強調され、ちょうど初代iPadやiPhone SEのような印象を受ける。しかしエッジはより滑らかに加工されており、握った際に角が不快に当たることもない。

デザインの関係からか、見た目は以前のモデルよりも厚そうに見えるが、実際は1ミリ薄型化され、5.9ミリの厚さを実現している。そして、特に目を見張るのは12.9インチモデルのサイズの大幅な縮小だ。

iPhone XRでは、液晶ディスプレーで縁まで敷き詰めたデザインを実現し、アップルはこれに「Liquid Retinaディスプレー」と名付けた。

新しいiPad ProにもLiquid Retinaディスプレーが採用され、ホームボタンは廃止、ディスプレーが端まで敷き詰められるようになった。もちろんスマートフォンほど端まで攻めているわけではないが、それでもベゼルは特に上下で半分程度まで狭くなった。

その恩恵から、12.9インチモデルではデバイスのサイズを大幅に小さくし、アメリカでのレターサイズ、日本でのA4サイズとなった。
つまり、A4が収まるビジネス向けのバッグに12.9インチのiPad Proが難なく入る、ということだ。

なお11インチモデルは、デバイス自体のサイズを変えず、10.5インチだったディスプレーの拡大に成功している。

Face IDとホームボタンなしの使い勝手

ホームボタンがないということは、指紋認証のTouch IDによるセキュリティが廃止されたことを意味する。そこで、iPhone Xから採用されているFace IDが搭載された。

デバイスの上の辺には、700万画素のカメラと赤外線センサー、赤外線ドットプロジェクターが内蔵されたTrue Depthカメラが備わるが、iPhoneのようにこのセンサー部分を避ける画面の切り欠き「ノッチ」は存在せず、ベゼルの中に収められている。

しかも縦向きだけでなく、横向きでも顔認証を行えるというiPad Proの活用に沿った新たな機能が用意された。

iPhone XSでは、たとえば動画を見るなど横向きに構えているときにロック解除するには、一度端末を縦にしなければ認証されなかった。しかしiPad Proの場合、Smart Keyboardに装着している横の状態を縦にするのはさらに面倒なので、横向きでのFace ID認証を備えたと考えられる。

使い方はiPhoneと同じだ。画面に触れてiPadを見れば、ロックが解除される。そのうえで、画面下部から上へと短くフリックすれば、ホーム画面を表示することができる。iPhoneとの違いは、ドックと呼ばれるアプリランチャーがあること。下から上にフリックするとまずドックが現れ、アプリを切り替えたり、アイコンを画面内に持ってくれば、画面分割で同時に起動することができる。

特に12.9インチの大画面は、オフィスユースにとっては非常に戦力になる。たとえば今まさにそうしているが、テキストエディタで原稿を書く際、右側には取材したメモを同時に表示させても、それぞれの表示が小さくなることはない。さらにアプリは画面分割をしていても、もう1つフローティングで表示することができ、ここには写真アプリを表示させ、取材時の写真も参照できる。

ジェスチャーをベースとしたフルードインターフェースはiPhone Xから始まっており、同じ操作をiPad Proでも提供する。すでにiPhone X以降のスマートフォンを使っている人にとっては、むしろ自然にiPad Proの操作になじめるだろう。

ヘッドフォン端子は廃止

また、iPad Proを使い始めてまず驚かされたのは、そのスピーカーのよさだ。iPad Proにはこれまでも、4カ所にスピーカーが備わり、傾きに応じて自動的に左右のチャンネルが入れ替わる仕組みだった。これは引き継がれながら、新世代のiPad Proにはツイーターとウーハーの組み合わせが4つ搭載され、特に重低音の強化が行われた。

また、2018年のiPhoneやMacBook Airも同様だったが、AシリーズのチップもしくはT2チップと組み合わせるオーディオ処理によって、より豊かなステレオサラウンドが楽しめるようになった。これは2018年モデルのiPhone全モデルでも同様だったが、オーディオのエンジニアがシリコンのエンジニア、ソフトウエアのエンジニアと密に連携し、これまでにないサウンド体験を作り上げているのだ。


エッジはより滑らかに加工されている(筆者撮影)

正面にビデオを再生中のiPad Proを持ってくると、サウンド空間の中に閉じ込められたような感覚になる。広がりのあるサウンドは、動画視聴が多い人にとっても、iPad Proに乗り換える十分な動機となるほどだ。

その一方で、これまで標準的に搭載されてきた3.5ミリヘッドフォンジャックは、iPhone同様、iPad Proでも廃止されてしまった。そのため、iPadに直接、お気に入りのイヤフォンを接続することはできない。ビデオ編集やサウンド編集にiPadを使っている人にとっては、使い勝手が損なわれてしまうだろう。

オプションは2つある。1つは、AirPods、BeatsなどのBluetoothワイヤレスヘッドフォンを使用するパターン。そしてもう1つは、後述のUSB-Cポートに差し込む変換アダプターを購入するパターンだ。これはApple Storeでも別売のオプションとして販売される。

ちなみに、AndroidスマートフォンにもUSB-Cの採用が進んでいるが、それらに付属するUSB-C/3.5ミリステレオヘッドフォンジャックの変換アダプターも、iPad Proでそのまま利用できた。

iPad Proには、iPhone XSに搭載されたものと同じ世代の7nmプロセスを用いたA12X Bionicが搭載されている。しかし同じなのは世代と製造プロセスだけで、そのパフォーマンスは別格だ。

A12X Bionicには8つのCPUコアと7つのGPUコアが備わった。それぞれA12 Bionicの6つ、4つから増加しており、iPhone XSに対して1.6倍程度のパフォーマンスを発揮する。

A10X Fusionチップを搭載していた筆者の手元にあるiPad Pro 10.5インチの倍の性能を発揮し、同じく普段使っているMacBook Pro 13インチモデルのクアッドコア2.7GHz Intel Core i7と同じようなプロセッサーの性能と見ることができる。

アップルによるとグラフィックス性能もこれまでの2倍の性能を誇り、ARやゲームなどのパフォーマンスが格段に向上する。

加えて、iPhone同様、A12X Bionicには8コアのニューラルエンジンが採用された。iPadとしては初めての機会学習に特化したプロセッサーの搭載となる。この点は、直近のパフォーマンス向上よりも、長い目線で見て、アプリの機械学習処理の採用の増加を通じて、インパクトが大きいものとなるだろう。

Apple Pencilの諸問題は解決へ

iPad Proの特徴は、Apple Pencilが利用できることだった。2018年に349ドルから販売される廉価版のiPadでもApple Pencilが採用されたが、新型iPad Pro向けには新世代のApple Pencilが用意された。

これまでのApple Pencilは、滑らかな書き味と素早い画面の反応が追求され、傾きや筆圧の反応もよい、評価の高いスタイラスだった。しかし充電の際にはペン先とは逆の端のキャップを外して、iPad本体のLightningポートに差し込まなければならず、不格好なうえ、折れはしないかと筆者はつねづね不安だった。

また持ち歩く際にも、iPad本体にもApple Pencilにもホルダーのような仕組みは用意されていなかったため、鉛筆やペンと同じように筆箱にしまわなければならなかった。

新型iPad ProとApple Pencilの組み合わせは、充電と持ち運びの問題を解決している。本体の右側面(Smart Keyboardを利用する際には上の辺)には磁石が2つ備わっている。一方Apple Pencil側にも磁石があり、これらによって正確な位置で、Apple Pencilを固定して持ち運ぶことができる。

同時に、Apple Pencilが固定されると、自動的にワイヤレス充電が始まる。これによって、持ち運びながら、つねにバッテリーが満タンの状態を保つことができ、これまでよくあった「使おうと思ったのに電池がない」という状態を防ぐことができるのだ。

その固定をしやすくするため、Apple Pencilは完全に丸いボディではなく、1辺が平らに切り取られている。この面を下にして、本体にくっつければよい。すると、iPad Proの画面にはすぐにApple Pencilが接続されたこと、そして充電状況が表示される。

加えて、新型Apple Pencilには、ちょうど先端付近にぐるりと1周する形でタッチセンサーが備わっており、これをダブルタップすることで、ペンと消しゴムを入れ替えるなどのアクションを利用できる。手書きメモやスケッチをしている際、いちいちツールバーをタップしなくてよいため、ペンに集中できるメリットがある。

キーボードカバーも進化

キーボードカバーも進化した。今回新たに「Smart Keyboard Folio」というケースとなり、背面も保護してくれるようになった。

iPad本体には背面にも102個の磁石が備わっており、このSmart Keyboard Folioを近づけるだけで、正確な位置に固定することができる。そのため、本体には特に切り欠きなどが用意されていない、美しいデザインを維持しながら、前後を覆うケースを実現したのだ。


右が新しくなったSmart Keyboard FolioをiPad Proに装着したところ(筆者撮影)

また、Smart Keyboard Folioには、iPad Proを立てる2つのポジションが用意している。デスクで使う際には本体をより立てたポジションで固定でき、また膝の上で使う際には寝かせて安定性を確保する。

筆者は取材などの際、膝の上での使用が極めて多いため、新たに用意されたポジションは非常にありがたい。また、以前のモデルでは、不意に触れて本体を立てている部分が外れて膝から落としてしまう、ということもあった。新しいSmartKeyboard Folioはより磁力が強まっていることから、そうした心配は軽減される。背面もカバーするようになったので、落とした際のダメージも少ないだろう。

アップルはiPad Proの紹介に先立ち、iPadは最も販売台数が多いタブレットだけでなく、最も販売台数が多いモバイルPCであることをアピールした。そのことからもわかる通り、iPad Proの競合はWindowsやMacを搭載するノート型PCなのだ。

これは、マイクロソフトのSurfaceシリーズが打ち出す2-in-1やデタッチャブルのカテゴリでの争いに、正式に参入することを宣言している。同時に、先述のA12X Bionicプロセッサーは、9割以上のPCよりも高い性能を発揮する。とはいえ、外見は引き続き、よりシンプルになったiPadのままだった。

その中で、iPad Proがカテゴリを変えてチャレンジすることを示す最も大きな変化は、iPhoneと共通だったLightningポートを捨て、Macと同じUSB-Cポートを搭載したことだ。

USB-Cは、Androidスマートフォンにも採用が進んでいる、表裏がない小型化された規格だ。USB-Cは2015年のMacBookで初めて搭載され、その後発売されるMacにはポートの形を共有するThunderbolt 3が搭載されている。iPad Proとともに発表されたMacBook Airにも2つのThunderbolt 3ポートが用意される。

アップルはiPad ProのUSB-Cポートは、「単なるUSB-Cポート」だと説明した。これはつまり、ほとんどの制約がない拡張性を提供する、という意味だ。

MacBookからの電源供給はもちろんのこと、5Kディスプレーに接続すればiPad Proの画面を映し出すことができる。KeynoteやiMovieのように、手元の表示と異なる画面表示を実現するアプリもあり、これもUSB-C接続のディスプレーで利用できる。

また、MacBook Proなどで利用してきたUSB-Cで接続するハブも、そのまま利用できる。そのハブに差し込んだSDカードの読み込みもできるし、USB接続のキーボード、オーディオインターフェースもそのまま動作する。

これまでiPad向けには、Lightning接続のカードリーダーや画面出力用のアクセサリーが用意されてきた。サードパーティ品も用意されてきたが、Lightning接続であるため、どうしてもiPhoneかiPadのみでの仕様となってしまい、iPadを仕事の道具として取り入れる際に選択肢が少なく出費もかさんできた。

先述のように、USB-CハブやドックのようなMacBook Proと同じアクセサリーがそのまま利用できる点で、より選択肢が増え、投資もiPad専用にならない点で効率的になる。

コンピュータの未来という理想をかなえる1台に

アップルはiPadとMacの間で長い間葛藤を抱えてきた。今回のiPad Proの刷新は、その葛藤を打ち破り「未来のコンピュータ」の道筋へと進むことを宣言するような、そんな体験を得ることができる。

そのための強力な援軍も得ている。たとえばアドビは、すでにiPad向けに写真編集アプリのLightroom CCと、ビデオ編集アプリPremiere Rush CCをiPad向けに提供しており、2019年には待望の画像編集の標準的なアプリ、Photoshop CCを投入する。また、すでにマイクロソフトはOfficeをiPad向けに提供済みだ。

オフィスユース、クリエーティブといった分野で、PCで当たり前のように使われてきたアプリがiPadに流れ込んでいく勢いは、今後増していくことが期待される。アドビもそうだが、高いグラフィックス性能とニューラルエンジンを搭載するA12X Bionic向けに、機械学習や高度なグラフィックス処理を用いたアプリを実現し、むしろPCやMacよりも上回る要素を作り出すかもしれない。

そうしたポテンシャルがあるデバイスが、11インチモデルで799ドル(日本では8万9800円)、12.9インチモデルが999ドル(11万1800円)から利用できる点は、決して高い投資ではない。