4日、TBS「消えた天才 超一流が勝てなかった人 大追跡」では「金メダリスト・高橋尚子が実業団時代、絶対に勝てなかった天才ランナー」と題し、元陸上選手・川上優子氏の現在を伝えた。

1996年、全日本実業団女子駅伝のエース区間で競った両者。1位でタスキを受け取った高橋氏は、そのリードを守ることができず、川上氏に38秒差を逆転されてしまった。さらに、1998年の全日本実業団10000mでも高橋氏を破り大会新記録で優勝した川上氏は、当時のレース後「あまり記録にはこだわらずに今日は楽につかせてもらった」などと余裕の発言。それでも川上氏は、アテネ大会を2年後に控えた2002年に現役を引退している。

現在の川上氏に番組が迫ると、同氏は「私の競技人生の中であのレースが一番記憶に残っている。大逆転した結果は最高の喜び」などと96年の駅伝を振り返った上に「あの頃は最強です」とキッパリ。高橋氏の存在についても「眼中になかった」とまで言い放った。

さらに「会見で本音は言ってないですから」と切り出すと、引退した本当の理由を「シドニーオリンピックがきっかけ」とした川上氏。この時、彼女は女子10000mに出場するも10位に終わり、その一方で高橋氏はマラソンで金メダルを獲得した。

「『おめでとう』という気持ちには当然なれなかったですよね。自分が目指していたものを先に越されている姿っていうのはやっぱり悔しかった」という川上氏。これにより陸上への熱意を失い、「素直にいえば面白くなかったと思いますよ。結果を残した人が全てなので。精神的なところでも限界が。(次の)アテネ(五輪)っていうのは全くイメージできなくなった」と当時の胸中を明かす。

そんな川上氏は引退後にゴルファーを目指すもうまくいかずに断念。それでも高橋氏が自身の引退会見で発した「完全燃焼」という言葉により、自分の陸上人生でやり残したことに気づくと16年ぶりに陸上界へ復帰。実業団のコーチに転身した。