大人気ジムニーのもう一つの歴史をたどります(撮影:油科康司<WPP>)

この夏、20年ぶりのフルモデルチェンジで、大人気を博しているスズキ「ジムニー」には、プラモデルの歴史もある。モノ情報誌のパイオニア『モノ・マガジン』から、そのリポートをお届けしよう。

ジムニーのプラモデルが最初に発売されたのは、1970年4月。メーカーは日本模型(通称・ニチモ)である。この年は大阪万博が開催された年で有名だが、プラモデル業界にとっては大きな再編の年だった。

キャラクタープラモが不振の時期だった

1968年に怪獣ブームで急成長したマルサン商店が倒産(’69年にマルサンとして再建)、同じく『サンダーバード』などで急成長した今井科学も1969年に倒産(’71年に再建)するなど、キャラクターを扱ったプラモデル人気にブレーキがかかった時期なのだ。その原因はユーザーの成長にあった。’60年代後半までプラモデルの多くはモーターやゼンマイなどを動力に持ち、動かして遊ぶ組み立て玩具の色合いが強かった。


しかし、そうしたキットで育ったプラモ少年達が中学、高校と成長し、購入するキットも、より精巧で複雑なスケールモデル指向になりつつあった。模型メーカーは、そうした空気を読み、より精緻なスケールキットを目指し、模索していた時期なのだ。

余談となるが、この時期、ブームになりつつあったのは、田宮模型が開発していたミリタリーの「MM(ミリタリーミニチュア・シリーズ)。さらに翌’71年には静岡の模型メーカー4社の合同による洋上艦船模型の「WL(ウォーターライン・シリーズ)」が発売され、陸と海でミリタリーブームを巻き起こすのだ。

ところで、模型業界はこの頃からキット化にあたり、実車を製造販売しているメーカーから資料を提供してもらい、より精密なキットを開発するようになりつつあった。日本最初の「ジムニー」のキットも、スズキ自動車に協力をあおぎ、開発されたキットだ。驚くべきことにニチモのジムニーは実車の発売とほぼ同時期(1970年4月)に発売されている。こうした商品展開の速さはメーカーの協力があってこそだ。

キットは同社「レジャーカー・シリーズ」のひとつとして発売された。このレジャーカー・シリーズはマニアックな車種の選択で、カーモデルファンの記憶に残る名シリーズだ。「ジムニー」のほかに、「ワーゲンバギー」、「パンチワーゲン」、「ロータス・スーパーセブン」といった車種が発売され、シリーズ後期には「バモス ホンダ」までもがキット化されている。

幅広い世代に支持されるスマッシュヒットに

シリーズでキット化される車種はオープンカーのみ。スケールは1/20、FA130モーター、単三電池(共に別売)2本で走行するのが共通仕様だった。特筆すべきはモーターの配線が不要で、組み立てに手間いらずだったこと。また、スケールモデルとしても遜色がない出来であった。そのため、幅広い世代に支持され、同社のスマッシュヒット的な商品となった。


今年7月にスズキが開いた新型ジムニー(4代目)発表会に展示されていた初代ジムニー(撮影:尾形 文繁)

ちなみに、ニチモは「ジムニー」を気に入っていたようで、「スズキ ジムニー8 4WD」、「ジムニー8 クロスカントリー」、「スズキ ジムニー8(幌・人形付き)など、いくつものバリエーションを発売している。

なお、ニチモ以外のメーカーでは、有井製作所(現・マイクロエース)からゼンマイで走行する「ジムニー」が1/24で(’70年11月発売、当時価格は200円)、ナガノからはディフォルメされた「スズキ ジムニー」と「スズキ ジムニー ウィンドウサーフィン」が、ゼンマイ動力のスナップキットで発売(’82年1月発売、当時定価は200円)されている。

(文:岸川靖、企画協力:藤田幸久、田中晋治、モノ・マガジン2017年8月16日・9月2日号より転載)