別に、結婚だけが女の幸せではない。

自ら望んで独身を貫くのなら、何も問題はない。

しかし実際には「結婚したいのに、結婚できない」と嘆く女たちが数多く存在し、彼女たちは今日も、東京の熾烈な婚活市場で戦っているのである。

これまで、自分にも相手にも厳しいストイックな36歳独身女や、アイドルに恋する37歳独身女を紹介してきた。

さて、今週は…?




【今週の結婚できない女】

名前:琴美
年齢:37歳
職業:大手広告代理店
住居:赤坂


「彼氏は、3人います」


「彼氏ですか?いますよ。…3人ほど」

憚る様子もなく、琴美はあっけらかんと教えてくれた。

中村アン風の無造作なロングヘアが実に色っぽく、マットなプラム色のリップも今っぽい。

今年37歳となった琴美は、確かに若い女と比較してしまうと、肌の艶やハリは多少失われている。

しかしながら真摯に仕事に取り組んできた女だからこそ纏うことができる、その自信に満ちた輝きは、周囲を魅了するのに十分な力があった。

元々の素材の良さもあり、「彼氏が3人いる」というのも納得の美貌である。

しかし琴美としては別に、“男にモテる私”を鼻にかけているわけではないようだ。

むしろその表情には、どこか諦めや憂いさえ滲んでいる。

琴美はナチュラルに手櫛でふわり、と前髪をかきあげると、ぽってりとした唇を少しばかり尖らせ、呟くように話し始めた。

「私だって本当は、一途な恋がしたい。37歳にもなって複数の男をキープして喜ぶような悪趣味な女じゃありませんから、私。

でも…どうしても一人の男を愛せない。満足できないんです」


本当は、たった一人を愛したい。それなのに、琴美はなぜ3人の男をキープしているのか?


「私にも、結婚願望はあります」

琴美は淀みなく断言したが、しかし次の瞬間、困ったような笑顔を浮かべて言葉を続けた。

「だけど、所謂“にゃんにゃんOL”と呼ばれるような後輩女子からは、『琴美さんは本気で結婚したいと思っていない!』なんて叱られますね」

そんな指摘をされるたび、彼女は「そんなことはない」と反論しているそうだが、しかしやはり「何がなんでもハイスペ男と結婚する!」と息を巻く彼女たちと比較すれば、その切羽詰まり度は低いと言わざるを得ない。

というのも実は琴美は10年前、27歳の時に一度、プロポーズを断っているのだ。




プロポーズを断った過去


琴美にプロポーズをした相手は、自身でIT系の会社を立ち上げ軌道に乗せた、弘樹という男。8歳年上で、35歳だった。

彼とは仕事絡みで出席したとあるパーティーで出会ったのだが、琴美は初対面から彼に惹かれていた。

単純にルックスが好みだったこともあるし(琴美は昔から渋好みで、美男子ではないがくしゃっと笑う笑顔に心を奪われた)、自ら起業し、数年で事業を軌道に乗せた才覚ある男に対する素直な尊敬の念が、瞬く間に恋愛感情へと変化していったのだ。

琴美は、弘樹のことが大好きだった。

ルックスも、なんでも率先して決めてくれる男らしさも、何に対してもポジティブな姿勢も。彼以上の人なんていないと、当時は盲目的とも言えるくらいにのめり込んでいた。

ではなぜ、プロポーズを断ったのか?

それは…彼が口にしたプロポーズの言葉が、ある条件付きだったことが理由だった。

「仕事の関係でシンガポールに移り住むことにした。俺と結婚して、一緒についてきてくれないか」

それはつまり、琴美に仕事を辞めろということ。

しかも彼の言い方には “俺と結婚するなら、仕事くらい辞めてもいいだろう”というニュアンスが滲んでいた。

弘樹のことは大好きだったし、琴美も結婚するならこの人だと思っていた。それゆえもちろん迷った。随分と悩んだ。

しかし結局、琴美は彼についていかなかった。

27歳の時点で、琴美はすでに自分の力で、その辺の男に負けない額の年収を稼いでいた。

別に急いで結婚しなくとも生活は安定しているし、欲しいものだって自分で買える。

さらに言えば琴美は、代理店の仕事を天職だと思っていた。もちろんハードだし、男社会の中で嫌になることもたくさんある。

しかし時代の先端を追いかけ、トレンドを生み出していく仕事はやはり刺激的で、苦しみに勝るだけのやりがいがあったのだ。

つまり27歳の琴美にとっては結婚も弘樹も、大きな自己犠牲を払ってまで得たいものではなかったのである。


気がつけば、誰にもときめかなくなっていた。


27歳でプロポーズを断った後も、琴美はもちろん、いくつかの恋をした。

しかし結婚はタイミングだと、振り返ってみてつくづくと思う。

弘樹と別れたあと、「この人と結婚したい!」と思えるほどの男にまったく巡り会えないのだ。

それどころか気がつけばここ数年、どんな男に出会っても、一向にときめかなくなってしまった。

-誰かを好きになるって、どうやるんだっけ…?

それはこれまでに感じたことのない種類の悩みで、それゆえ琴美自身もただ困惑に包まれている。

断っておくが、琴美はその昔、どちらかというと恋愛体質で、惚れっぽいタイプだった。

弘樹の時もそうであったように、気がつけばどっぷりと恋に落ち、相手のことが大好きでたまらなくなる。

そういう恋愛をしてきたはずなのに、一体どうしたというのだろう。

琴美は、自分が不感症にでもなってしまったのではないかと不安に襲われ、その原因と対策をひとり悶々と考え続けた。

そして、“ある事実”に気がついてしまったのだ。


誰にもときめかなくなってしまった37歳。その背景にある、生々しい事実とは?


Over35になって気づいた、恐るべき事実


思い起こせば、異変を感じたのは35歳を超えた頃だった。

“アラサー”と呼ばれていた時代はまだ、随分と少なくはなったものの「素敵だな」「付き合いたいな」と思える相手が時々は現れていた気がする。

しかしそれがOver35となった今、どの男も一長一短で決め手に欠けてしまうようになった。

「この人、見た目はタイプなのに話がつまらないのよね」とか「価値観はめちゃくちゃ合うのに、ルックスが微妙」とか「優しくて結婚向きなのはわかるけど、夜の方が物足りない」など。

つまり、“ちょうど良いバランスの男”に出会えない。

というより、バランスの取れた男はすでに売り切れなのだ。

そういう男はとっくに結婚し、琴美の前に現れることはあっても、既婚者の立場で“あわよくば”を狙っているだけ。

しかしもう、過ぎてしまった時間を巻き戻すことはできない。

その事実を察した琴美は愕然とし、しばらく「もう男はいいや」などと投げやりになった。

けれども、ある時ハタ、と気がついたのだ。

視点を変えて考えてみれば、バランスに欠ける男たちであっても、それぞれに良いところはある。

その長所だけを見て、美味しいところだけを味わえばいいのではないか、と。




「…そんなわけで、最近は常に3人の男をキープするようになってしまいました」

憂いを帯びた表情のまま、琴美は自嘲気味に笑う。

「今付き合っているのは…一人は、パーソナルトレーナーの男の子。なんと25歳で、肌とかピチピチで、見た目も身体の相性も最高。

もう一人は…テレビ局の重役で、45歳のバツイチ子持ち。話していて楽しいのはこの人で、自分を高めてくれる相手だとは思うけど、わざわざバツイチ子持ちと結婚しなくても…ね?

もう一人は、大学時代の先輩。音楽の趣味がめちゃくちゃ合うので、一緒にライブやフェスに行っているうちにそういう関係になって。一緒にいてすごく楽だけど、彼に対する感情は恋というより友情っていうか。なんか、兄弟みたいで」

そこまで話すと琴美はふぅと小さく息を吐き、どこか遠くを見つめたまま呟くのだった。

「それぞれの良いところを一人に集められたら、すぐにでも結婚したいんですけどね」

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