県職員が捕獲を試みるも、イノシシは警戒して近寄らない(福岡県北九州市で)

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 福岡県北九州市の砂防ダムに落ち、脱出できなくなったイノシシが注目を集めている。同市は静観する姿勢だったが、報道で知った人から「かわいそう」と同情の電話が殺到。やむなく救出に動きだした。ただ、市内ではイノシシによる農業被害が深刻。助けを求める電話は、ほとんどが市外からだった。現場の実情を脇に置き、地元自治体が対応せざるを得ない異常事態を受け、住民に困惑や不安が広がっている。(金子祥也)

 落ちたとみられる2頭のイノシシは13日に見つかった。砂防ダムは防災用に土の流出を防ぐもので、水はたまっていない。深さは4〜6メートル。発見後からの報道で一気に話題となった。

 ヤフーニュースのトップで紹介された25日。同市の鳥獣被害対策課は鳴りやまない電話の対応に追われた。ほとんどが同課に対するクレーム。「なぜ対応しない。怠慢だ」「行政の責任だ。助けろ」。強い口調で担当者を叱責する人も多かった。1時間以上、怒鳴られた担当者もいた。

 市内はイノシシの頭数が増加傾向にある。毎年必ず野菜や稲に被害があり、2016年度は2・3ヘクタールが荒らされた。市は今年度、1500頭を捕獲する計画を打ち出し、地元農家や猟友会が懸命に取り組む。9月の市議会でも話題に上がるほど地域では大きな課題だ。

 同課にはこれまでに約300件(25日時点)の電話があったが、市内からは2件。それ以外は全国各地から寄せられた声だった。担当者は「住民のためには逃がすべきではないが、これだけ批判が大きいと対応せざるを得ない」と憔悴(しょうすい)し切った声で話す。

 ダムを管理する福岡県は24日に木板を斜めに立て掛けた脱出路を確保。逃げる気配がなかったため、25日には県職員が捕獲しようとしたが、うまくいかなかった。26日、箱わなを使って1頭は捕獲に成功して山に放したが、もう1頭は興奮状態で手が付けられず、“救出作戦”は続いている。

 行政の対応に地域住民は戸惑っている。砂防ダムの近くで子育てをする30代の女性は「逃がすのではなく、捕まえてほしい」と切実に訴える。周辺は以前からイノシシが頻繁に出没。近くに小学校があり、子どもが襲われないよう、住民は常に神経をとがらせている。イノシシの活動が活発になる夜は、子どもを外に出さないように地域で徹底するほどだ。「うろつくイノシシが増えるのは怖い」と小学生の娘を見つめながら女性はこぼす。

 現場から500メートルに住む財田勝治さん(76)は、家庭菜園で作っていたダイコンを3週間前、イノシシに掘り返されたばかり。落ちたイノシシをかわいそうだとは思うが「近隣の農家は本当に困っている。無責任に助けてとは言えない」と複雑な胸の内を明かす。

 環境省九州地方環境事務所は、行政の対応について「ここまで事態が大きくなれば、逃がすのもやむを得ない」(野生生物課)と受け止める。ただ、有害鳥獣として駆除を進める同市の現状を鑑みると、「本来は早急に捕まえて処分するのが望ましかった」との見解も示した。