メルカリは上場してからどう変わったのか
メルカリという会社の舞台裏はどうなっているのか(写真:Signifiant Style)
インターネットを通じてモノやサービスを購入するのが当たり前となったeコマース全盛時代。次に待ち受けていたのは、一般の人々が気軽に売り手にもなれるという革新的な世界でした。それを創造したのが株式会社メルカリ。もはや同社のサービスについては詳しく説明する必要がないほどに普及しています。いったいどのような組織・戦略が、同社の独創的な事業を生み出しているのでしょうか? 取締役社長兼COOの小泉文明さんに、メルカリという会社の舞台裏について詳しく話をうかがいました。
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2013年2月設立のメルカリは、フリマアプリ「メルカリ」で日本国内のみならず米国などでも多くの人々に知られる存在となっています。また、本やCD、DVD専用フリマアプリ「メルカリ カウル」やグループ会社のメルペイを通じてペイメント事業にも進出を予定しています。2018年6月に東京証券取引所マザーズ市場に上場。証券コードは4385。
経営陣によるディスカッションの頻度がハンパない!
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):IPOした新興企業に普段インタビューする際は、まずは事業の概要についてお聞きするのですが、すでに認知度が90%台にまで達している御社の事業内容について、今さらこと細かくお聞きするのはあまり面白味のないことだと思います。そこで、今回は普段とは異なる切り口から質問させていただければと思います。
小泉文明(メルカリ取締役社長兼COO。以下、小泉):なるほど。わかりました。よろしくお願いいたします。
小林:まずは、経営陣の雰囲気からうかがいたいと思っておりまして。
小泉:おーっ、そう来ましたか。
小林:メルカリにはかなり経験豊富な人材がたくさん集まっていますが、日々においてみなさんはどのようなコラボレーションを行っているのかということを知りたいですね。各自がそれぞれの持ち場で自由に活動しているのか、それともみんなが顔をそろえて侃々諤々の議論を繰り広げているのか、どちらなのでしょうか?
小泉:どちらかと言えば、後者になるでしょうね。まず、毎週火曜日には社内の取締役4人(小泉取締役社長、山田進太郎代表取締役会長、濱田優貴取締役CPO、 John Lagerling取締役CBO兼US CEO)にメルペイ代表取締役(メルカリの取締役も兼任)の青柳直樹を加えた5人を中心としたエグゼクティブチームのミーティングを開いています。そして、毎週金曜日には日本の経営陣の集まりとして、Johnは外れる一方で執行役員数人にも加わっての経営会議があります。各自の持ち場から出てきた意見の吸い上げとそれらに関するディスカッションを週2回、1時間半程度を費やして行っています。その場で、大きな方針はだいたい決まっていきますね。他にも、国内経営陣とグローバル経営陣がそれぞれ3カ月に1、2度のペースでオフサイト(合宿会議)を開催しています。こうしてかなり密にコミュニケーションを交わしているので、経営陣の中の誰が取材に対応しても、しゃべっている内容がいつも同じだとよく指摘されますね。
小林:グループのそういった会議とは別に、メルペイはメルペイとしての経営会議も開いているわけですよね?
小泉文明(こいずみ ふみあき)/1980年生まれ、山梨県出身。早稲田大学商学部を卒業して大和証券SMBC(現・大和証券)に入社し、ミクシィやDeNAなどのIPO(新規株式公開)を担当。 2006年にミクシィに移籍し、社長室長や経営管理本部長を経て2008年に取締役執行役員CFOに就任。2012年に同社を退社し、スタートアップ支援を経て、13年12月にメルカリに入社。14年3月に取締役に就任し、17年4月に創業者の山田進太郎氏から社長を引き継いで現職に就く(写真:Signifiant Style)
小泉:メルペイ内では青柳さんを中心にディスカッションを行って自分たちの方針を打ち出し、彼がグループの会議の場で国内経営陣やグローバル経営陣に対し、「こんなアイディアが出ているんですけど、いいと思いませんか?」といった提案が行われるわけです。そして、その場において議論されて進んでいく流れですね。経営経験者が多いので、それぞれに話を投げてみるとけっこう面白い答えが返ってきますよ。
小林:あらかじめアジェンダを決めて、ディスカッションをやっているのですか? それとも、いろいろな話がワーッと錯綜しているとか?
小泉:たいていはワーッとなっちゃいますけど、オフサイトではちゃんとアジェンダを決めていますよ。
小林:3カ月で1〜2回というのは、かなり頻繁なペースですね。
小泉:都内のホテルにおいて朝の9時から夜の8時頃まで、事業のことから組織のことまでアジェンダに沿って話し合っています。日帰りもあれば泊まりもあります。ちなみに、7月、8月はそれが毎月1本ずつありました。月の中盤に国内経営陣が1泊2日の長めのオフサイトをやって、その翌週にグローバル経営陣によるものが1日。だから、経営陣のコミュニケーションはメチャクチャ多いと思いますよ。
小林:逆に言えば、それだけ頻繁に話し合っていると、1対1の話を意識しなくても、その会で自然と意見がすり寄っていくわけですね。
小泉:僕と進太郎さんとの場合、頻繁には顔を会わせていませんが、毎週の1on1では1時間程度はみっちりと話しますね。自分のフィールドではないけれど、ちょっと進太郎さんに伝えておきたいことを僕が発信する一方、進太郎さんからは僕のフィールドに関することでちょっと伝えておきたいことが返ってきます。比較的いろいろなネタで意見交換しています。そして、「今日は特にネタがないよね」とか言いながら始めても、終わってみれば1時間近く話し込んでいたりするわけです。
Slackを通じてほとんどの情報を社内でオープンに
小林:そういった体制は、かなり初期の段階から整っていたのですか? 何かキッカケのようなものもあったのでしょうか?
小泉:初期の段階からありましたね。僕がけっこう合宿好きなもので(笑)。ミクシィに在籍していた頃も、僕を含めた3人の経営陣が週3回も定例ミーティングをやっていましたよ。トップダウンで決めたうえで、それをみんなに知らせてその先は現場に任せるという流れの中では、上の考えを1つにするということが大事ですから。
小林:箸の上げ下げに至るまで細かく決められると、下で働いている人たちは気持ちが萎えるのではないかと思うのですが、何は上が判断して、どこから先は下に任せてしまうというイメージなのでしょうか?
小泉:その事業をやるのかやらないのかとか、大枠の部分は経営陣で決めますが、それから先の「どうやって山に登るのか?」という戦略については経営陣も確認はしますが、実行含めかなりの部分を現場に任せていますね。ただ、「みんながけっこう頑張っているけど、これはちょっと無理かも?」といった状況の場合は、どれだけ現場が高い理想を追求していても、経営陣の判断として冷徹に打ち切りますね。3カ月の1度のオフサイトで大きな方針を決めて、そこから3カ月はそれに向かってみんながオーッと突っ走っていくという感じです。
小林:見事に経営と執行が分離していますね。続けるのか続けないのかという部分は、経営陣が決めるべきことで、それが社内でちゃんと認識されているから現場も納得するということでしょう。
小泉:それに、当社ではほとんどの情報がSlack(ビジネス向けチャットツール)を通じてオープンになっていて、社内の人間は誰もが目の前でどんな話が進んでいるのかがわかっています。
小林:把握する側としては、Slackのやりとりから雰囲気や温度感がわかると思います。では、上が決めたことを現場に伝えることについても、やはりSlackを通じてなのでしょうか? それとも、別のアプローチなのでしょうか?
社内の人間は誰もが目の前でどんな話が進んでいるのかがわかっています(写真:Signifiant Style)
小泉:僕たちは毎週金曜日に全体定例会を開いていますが、プレゼンテーションにだらだらと時間を費やすようなことはやっていません。経営陣が決めたことを伝える場として、何らかの大きな戦略を打ち出す際や人事政策を大きく見直す際などには、僕と進太郎さんと濱田が前に出てパネルディスカッションを全員の前で行っています。聞く側も話す側も、1対1のプレゼンテーションはけっこう疲れてしまうじゃないですか? その点、パネルディスカッションは聞く側も話す側も気が楽です。それに、その後でフリーのQ&Aでは、かなり率直な意見も出てきて刺激になります。だから、パネルディスカッションは非常にオススメです。
小林:率直と言えば、どういった内容の意見や質問が多いのでしょうか?
小泉:事業のことにしても組織のことにしても、いろいろ出てきますよ。「その事業から撤退する背景を教えてください」などと突っ込んでくるケースもありますし、「撤退することを納得できません!」という意見をぶつけられることもあります。僕たちとしても、そうやってはっきりと言ってくれたほうが「なるほどな」と思えるのでありがたいです。Q&Aもシステムで誰でも投稿出来るので、結構Qが多い日もありますし、時間の都合でその場で回答できなかったことは、Slackで事後報告するようにしています。
IPOの計画でさえ、社内で情報公開されていた!
小林:外向けのPRが上手な会社だということは前々から認識していましたが、インナーコミュニケーションに関する工夫にも突出して長けていることを痛感しました。いつ頃からそうしたことに意識を払われるようになったのでしょうか?会社の拡大に応じてなのか、あるいは前職時代の経験に基づいて進めてきたことなのか。
小泉:特に深く意識したことはなく、外だけでなく社内に対しても誠実に応えていこうと思っていただけですね。そもそも経営陣が隠していたとしても、社員は気づいているので。
小林:株式市場に上場する前後で、そういった情報開示の体制に変化はありましたか?
小泉:インサイダー情報とか、上場企業として守るべきモラル面に関しては今まで以上に徹底しようという話はしましたが、他は特にないですね。もっとも、「もっと私たちのことを信じてください」と言われましたけど。IPOにしても、通常なら社内にもその直前になってから告知するものでしょうが、当社は計画している時点からいつどこで上場することをめざしているのかを社内では共有していましたね。ここから先の情報を明かさないというルールを作るのは、社員を信じていないからであって、そうしないとトラブルが起こりうることを前提に会社を作っています。とにかく僕は、社内においてそういった情報格差を生じさせたくないと考えています。
小林:ただ、「言うは易し」で、たとえばM&Aの案件が舞い込んできた際に、そのことについてどこまでオープンにするのかの判断が悩ましくなってきますね。
自分たちで自由に情報を入手してくださいというスタンスにしました(写真:Signifiant Style)
小泉:そのようなケースでは、インサイダー情報の扱いとして、やはり上場企業としての作法を守っていくことになります。だけど、例外的なケースを除けば、当社は情報をオープンにするのが基本ですね。情報をどのように得ていくのかに関しても、社員のセンスが問われるのだと思っています。
小林:まさに、そこがカギとなってくるところですね。そもそも情報共有の仕方に関して、経営陣側がメンバーに対して共有する情報量を制限するというのは情報管理のよくある例ですが、結果的にメンバーからすると部分的な情報しか持てないために、全社の目的が何なのかが掴めず自律的に動けない状況を生み出してしまっている、というパターンはよく耳にしますよね。
小泉:僕たちもベンチャーのフェーズから社員が100人を超える規模にシフトしていった場面で、情報共有の仕方について再考しましたね。昔は自分たちのところに情報が漏れなく集まり、そのすべての承認に関わっていたのに、頭越しで決まってしまうことがどんどん増えてしまったと不満を感じる人が出てきているように思えたからです。そこで、すべてをオープンにするので、自分たちで自由に情報を入手してくださいというスタンスにしました。
小林:それは、非常にいいメッセージかもしれないですね。オープンであるだけに、むしろやましいことはしづらくなり、自浄されていくという側面も出てくるでしょう。
小泉:逆にオープンになりすぎていて、当初は戸惑いもあったようです。だけど、慣れちゃうとすべてが早いですよ。だって、どこで何をやっているのかすぐにわかりますから。
小林:確かに、前職を振り返ってみても、情報共有のための会議が全体の5割程度を占めていましたね。
まさにメルカリは、IT業界におけるGE!?
小林:ところで、起業経験や経営経験の豊富なスター軍団が経営陣として集結する一方で、設立当初からずっと現場で頑張ってきた人たちもいるわけで、社内の雰囲気として何らかの違和感のようなものはうかがえないのでしょうか?
小泉:その点については、役員に抜擢された後のパフォーマンスによって、「やっぱり○○さんはスゴイ!」とかいった具合に、自然と馴染んでいくものですね。成果を出せるように経営陣のサポートが必要だと思います。会社の規模が大きくなってくるとポジションも増えてくるし、いろいろなキャリアパスもあるので、行き詰まり感のようなものがないようにしていきたいですね。
小林:とはいえ、他社ではなかなか考えられないほどのスター軍団がズラリと顔を揃えていることに関して、どこか仕事のやりづらさとかを感じることはないのでしょうか?
起業やM&Aの経験が豊富な人が集まっているので、話も早いです(写真:Signifiant Style)
小泉:もともと、そういったことを気にするようなタイプの人はいなかった気がしますね。起業家タイプの人を採用するに当たっても、自分がトップになって物事を進めていきたいタイプと、トップに立てなくてもいいからとにかく大きなことをやりたいというタイプがそれぞれいると思います。当社は後者の考えをもった人が多いですね。メルカリに居たほうが資金力もあるし、エンジニアもそろっているから、自分で起業するよりも大きなことにチャレンジできると思った人を採っているということです。彼らは社会に対してインパクトを及ぼすことを今すぐやりたいと考えているから、当社に籍を置いているのでしょう。
小林:意識されていたかどうかはともかく、まるでIT業界のGEのような会社ですね。ファイナンスにせよ、エンジニアを集めることにせよ、自分で起業してゼロからやると大変だし、時間もかかってしまう。それよりも、メルカリというベースに乗っかったほうが早い。それがメルカリのコーポレートバリューとなってくれば、M&Aも進めやすいですね。
小泉:そうですね。起業やM&Aの経験が豊富な人が集まっているので、話も早いですし。
メルペイに求める結果は?
小林:プロダクトが非常に強い会社だというイメージがある一方で、経営システムの懐の深さも感じますね。メルペイがその証しだと思います。メルカリのプラットフォーム上に、違うサービスとして乗っかっているわけで、グループの経営陣としてはメルペイに対してどのような結果を求めているのでしょうか?
小泉:やはり、メルカリのお客様が最初にメルペイを使うことがスタート地点だと思います。将来的にはスタンドアローン(単独)でメルペイを使うお客様も増えていきます。グーグルにおいても依然として検索がコアであるように、僕たちも国内のメルカリ事業が主軸であるし、さらにそれが伸びていく。その前提をベースにしながら、メルペイやグローバル事業、またソウゾウ社でやっている新規事業でも可能性を追求していきたいですね。
小林:昨年のIVS(インフィニティ・ベンチャー・サミット)で、「少数精鋭で一点突破できるのがインターネットのスタートアップの強みだ」といった内容の発言をヤフーのCEO(当時は副社長)の川邊健太郎さんがなさっていました。そういった観点からすると、今のメルカリはもっと幅広い事業を展開しようとしているわけで、あえて言えば、スタートアップの強みを半ば失ってしまうリスクもあるとも考えられませんか?
小泉:新規サービスについては、もっと肩の力を抜いて取り組んでいるという感じですね。前職の経験を踏まえても、そもそも新規サービスはなかなかヒットするものではありませんから。M&Aというアプローチもあるでしょうし、いろいろな新しいチャレンジに取り組んでいくことになるでしょうね。その意味で、メルカリの経営陣はスタートアップに携わってきたメンバーばかりだから、踏み込み方が他社の人たちとは違うのではないかと思います。
小林:それにしても、どうしてメルカリにはここまで経験豊富で優秀な人材が集まってくるのですか? 多くの会社がそういった人材の獲得をコミットしているものの、なかなか実行できていません。いったい、どうやってスカウトしているのでしょうか?
小泉:具体的なアプローチに関しては、さすがにちょっとお答えできないですね(笑)。それはともかく、最後は人でしか解決できないことって、意外とネット系のビジネスでは多いものです。製造業ではないので、人のマインドやモチベーションにかなり左右されるという側面があります。
小林:私も前職の経験からIT系の人材がどういった職場を求めているのかについては推察できるのですが、IT系以外の人たちはどうなのでしょうか? たとえば、過去にDeNAとグリーが採用競争を繰り広げた際には、官公庁や大手製造業、大手商社などから人材が流入してきました。
小泉:メルペイの青柳さんのようなネット大手からだけでなく、執行役員CFOの長澤さんは金融出身ですし、執行役員VP of People & Cultureの唐澤の前職は日本マクドナルドの社長室長で、まったく別の業界から人が入ってきているのも確かです。ネット業界自体の裾野も広がってきていて、10年前とは全然違いますね。
小林:ミクシィ時代の苦労を教訓に、メルカリの経営ではあらかじめ手を打っておくべきことに対してしっかりと取り組んだという主旨の発言を小泉さんがなさっていたという記憶があります。特に強く意識したのは、どういったことについてですか?
プロダクトにはライフサイクルがあるが、バリューは不変
小泉:やはり、プロダクトにはライフサイクルというものがありますよね。ミクシィの場合は新しいものを創りたいという創業者の笠原さんのカルチャーが根づいていたからこそ、モンスターストライクのような大ヒット作を次々と生み出せたのでしょうが、普通の会社なら起死回生を果たせずに消えていったと思います。だから、メルカリでは会社とサービスとを分けたいなと考えていました。サービスには入れ替わりが出てくるもので、それとは別に会社として何がミッション(基本理念)で何がバリュー(行動指針)なのかということをしっかりと定義づけすることが大事だと思ったのです。サービスが変わったとしても、そのベースとなる会社としてのミッションやバリューに揺るぎはないということです。だから、PRについてもサービスとコーポレートとを使い分けていますね。サービスのPRでは20〜30代の女性を中心としながらも、いろいろな人に使っていただきたいというメッセージを込めています。一方で株式会社メルカリとしては、テクノロジーの匂いが漂っていて、優秀なメンバーが集結してイノベーションを起こそうとしていることをアピールしたいと思っています。だから、「メルカン」のようなオウンドメディアを通じて情報発信をしているわけです。
小林:確かに、メルカリの場合はサービスとコーポレートのイメージがかなり違うように感じますね。
小泉:たとえばグーグルという1つのブランドがあって、そのイメージがしっかりと確立されているうえで、検索エンジンのみならず様々なサービスを手掛けていますよね。僕たちがめざしているのもそれと同じで、いろいろなサービスを展開する可能性がある中で、まずはメルカリという組織のブランドを作っていくことが重要だと考えています。
小林:ただ、メルカリは「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」というミッションを掲げていますよね。それだけ幅広い展開を念頭に置きながらも、ミッションの中にマーケットプレイスという言葉が明記されていることが気になります。あくまで事業領域はその中にとどめて、ゲームとかプロ野球チームの運営とかいったところまで限りなく広げていくつもりはないという意味合いなのでしょうか?
小泉:ミッションが抽象的で何をやりたい会社なのかがボンヤリしてしまうケースもよく見受けられますが、メルカリでは最初はちゃんとフォーカスしようと思って意図的に狭めるように表現しました。だけど、中長期的にはマーケットプレイスにこだわる必要はないし、メルペイはメルペイでメルカリとは違うミッションを掲げています。それに、日本国内に限ればすでにマーケットプレイスを創ることを達成できていると言えるでしょうが、グローバルに見ればまだ道半ばです。ミッションの達成というのはかなり先かなと思っています。
ユーザーにまで広く知れ渡るメルカリの3つのバリュー
小林:Go Bold(大胆にやろう)、All for One (全ては成功のために)、Be Professional (プロフェッショナルであれ)というバリューについては、メルカリもメルペイも共通しているのでしょうか?
小泉:まったく同じですよ。ただ、メルペイについても、進んでいるステージに応じて、変えたり追加したりする可能性も出てくるでしょうね。
小林:海外でもバリューは同じですか? だとしたら、外国人にもすんなりと理解してもらえるものなのでしょうか?
小泉:同じですよ。特に彼らはGo Boldというフレーズが大好きですね。
小林:Go Boldだけでなく、3つともめちゃくちゃ覚えやすいフレーズですよね。
小泉:これはテクニック論なのですが、なるべく英語の短い表現にするのがコツです。ただし、異なったニュアンスで受け止められる恐れもあるので、日本語でも捕捉しています。
小林:この3つのバリューは小泉さんが入社して間もない頃に作られていますよね。その頃のメルカリはどの程度の規模だったんですか?
小泉:まだ10人ぐらいでしたね。
小林:その段階でこうしたバリューを定めたことがメルカリにとって最初の転機になったのかもしれませんね。たいていのスタートアップは、事業が急成長している局面ではそちらのほうに夢中で、バリューのことにまで頭が回りませんよ。DeNAにしても、バリューを策定したのは従業員が400人になってからですよ。そこまでの規模になってくると、社内にちゃんと浸透させるのも一苦労です。それに、社員の多様性も進んで、バリューをどこに合わせていけばいいのかもわからなくなります。小泉さんが策定することを提案した際に、まだ時期尚早ではないかという声は社内から出てこなかったのですか?
小泉:いえ。特になかったですね。一気通貫で進んでいき、人事評価や採用基準においても3つのバリューが紐付けられていきました。
小林:採用と言えば、まだ入社が決まっているわけではない人までもがメルカリのバリューを知っていることがスゴイですよね。それだけ、外向けの発信力も強いということでしょう。就職先を調べているプロセスで初めて知るよりも、知っているからこそ応募するというケースのほうが多い気がします。
小泉:同じ言葉を繰り返し言い続けることが大事だと思っていますね。同じことを何度もやらないことには、ブランド創りが始まりません。「もう聞き飽きた」というリアクションが出るようになって、初めてみんなの中に刷り込まれているものです。だから、しつこく言うわけです。僕自身は、明るい宗教だと思っていますね(笑)。社歌を歌うとかになってくるとちょっと今っぽくないと思うけど、バリューを会議室の名称にしているとか、明るくみんなが使える雰囲気で、「その判断、もっとGo Boldにやるべきだよ!」とか、気軽に口にするような環境にすることが大事だと思います。だから、マネージャーにはバリューの体現者となることを課していますね。そうすることで、「それって、小泉さんの好みじゃないですか?」などと反論された場面で、「いやいや、メルカリのバリューがこうだからね」といった具合に説明でき、一本筋が通るわけです。
作っただけで満足してしまうのではダメ
小林:3つという数はかなり意識したものなのでしょうか?
小泉:完全に意識していますね。4つ以上になると、なかなか人間は覚えられませんから。
小林:私も実感としてよくわかります。バリューを5つ作るという会社はよくありますが、5つだと使われ方にムラが出たりするんですよね。ある部署では1、2、3をよく意識しているが、別の部署だと1、2、5を意識している、といったように。それだと、せっかく一体感を高めるためにやったはずなのに、逆に部署間での違いを生み出すことにもなってしまいますからね。一方、3つに絞り込んでいるとそんなことにはならない。
4つ以上になると、なかなか人間は覚えられませんから(写真:Signifiant Style)
小泉:やはり、作っただけで満足してしまうのではダメです。ちゃんと刷り込まれることまで意識すれば、3つという数が限界だと思います。僕たちもバリューを作る際に、ミッションや10年後のメルカリの姿をイメージしながら思いついたものをどんどん書き出してグルーピングしていったら、6つぐらいのカテゴリーになりました。でも、4つ以上は難しいから、そこから先に取捨選択し、チャレンジ、チームワーク、専門性に絞っていったわけです。
小林:世の中の多くの会社は作りすぎですよね。仮に復唱はなんとかできたとしても、実際に普段から使っていなければ意味がありませんから。
小泉:会社のバリューを使って社員たちが言葉遊びを始めるレベルまで達しないとダメですよね。オンだけでなくオフのシーンでも、たとえば社内の部活で「もっとGo Boldに走ってくださいよ!」といった具合に出てくるようになれば完全に消化したと言えるでしょうし、僕たちもその状況をめざしています。
小林:なるほど。これからもメルカリがGo Boldな展開を遂げていくことを大いに期待しています。本日はお忙しい中、貴重な話をうかがえてありがとうございました。
(ライター:大西洋平)