ポルシェ「ディーゼル撤退」が示すVWの思惑
話をフォルクスワーゲングループに広げると別の風景が見えてくる(撮影:尾形 文繁)
9月23日、ポルシェがディーゼルエンジン搭載車からの撤退を発表した。今後はハイブリッドとEV(電気自動車)に力を入れるという。
ポルシェが「EV化」へまっしぐら?
これに続いて10月15日にポルシェが発表したニュースリリースには、ポルシェ初となるフル電動スポーツカー「タイカン」の概要とともにポルシェが電気の時代に入ると宣言した。これはリリースのタイトル部分であり原文では、
“Porsche definitively enters the electric era with the new Taycan”
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と書かれている。素直に読むとポルシェは全力を挙げてEVへの移行を目指しているように受け取れる。しかし本文を読んでいくと少し話が違ってくる。「2025年にはポルシェが販売するモデルの50%以上は『電動化モデル』になると予測した」。ちなみにこちらの原文は、
“We predict that over 50 percent of Porsche models delivered from 2025 will be electrified,”
であり、動力源としての電動モーターを装備しているEVとハイブリッドを合わせて50%と理解すべき文章になる。筆者の勘ぐりすぎと言われればそれまでだが、どうも二枚舌の印象が拭えない。言質としてはあくまでハイブリッドも含む「電動化」までしか言わないように注意深く言葉を選びつつ、全体の印象は「EV化」へまっしぐらと誤読させたいニュアンスを感じるのだ。これはポルシェの属するフォルクスワーゲン(VW)グループ全体の動きと合わせて分析してみたい。
さて、ポルシェのディーゼル撤退のニュースを受けて、あちこちのメディアが「ディーゼル終了へのカウントダウン」という文脈で記事を掲載した。はたして本当にディーゼル終焉への一里塚なのだろうか?
ご存じのとおり、ポルシェは現在フォルクスワーゲングループの一員である。そのフォルクスワーゲンは時折こっそりと「ディーゼルはCO2削減にとって今後も重要な技術」と観測気球を上げているが、風向きはどうも芳しくない。世の中の人々はまだディーゼルゲート事件を忘れていないからだ。フォルクスワーゲンのディーゼルエンジンをめぐって2016年に発覚した違法行為だ。
実際、欧州の都市ではディーゼル車進入禁止を決めるケースが如実に増えている。結果、欧州でのディーゼル車の売り上げは大幅ダウンを余儀なくされ、代わりに欧州進出で長年足踏みをしていたトヨタ自動車がハイブリッドの売り上げを大幅に増やしている。
フォルクスワーゲングループは、ディーゼルを継続生産していく方法を模索する一方で、「われわれは自動車が引き起こした地球温暖化を憂慮してEV化改革を推し進める」ともアナウンスしてきた。しかし、この2つは大気汚染の問題を含めると途端に矛盾を起こす。
筆者の立場を明らかにしておくと、ディーゼルエンジンはCO2削減により温暖化防止には一定の効果があるが、同時にガソリンエンジン比で窒素酸化物(NOx)と粒状物質(PM)の排出量が多く、大気汚染面では、いまだ課題を残すエンジンだと考えている。
フォルクスワーゲンが明らかにすべきこと
最大の当事者であるフォルクスワーゲンは、ディーゼルエンジンの将来像について、CO2削減のメリットを生かして、今後も温暖化防止に貢献できるのかどうか、そのために問題となっているNOxとPMの抑制技術を開発することが可能かどうかを自ら明らかにすべきなのに、そこを巧妙に避けながら、EV化をリードする姿勢の強調によって当面の批判をかわし、にもかかわらずディーゼルへの未練が隠せない。本音と建前の混在が甚だしい。
本当ならばディーゼルゲートについてしっかり処分と反省を行ったうえで、当事者としてディーゼルエンジンの信頼回復に正面から取り組むのが筋ではないか。あるいはもしディーゼルエンジンがそれに値しないと結論しているのであれば、観測気球を上げて「ディーゼルは今後も重要な技術である」とする主張は引っ込めたほうがいいだろう。
技術的にはこういうことだ。ディーゼルエンジンはその構造上、燃料濃度を燃焼室全体で均一にすることが難しい。空気のみを予圧縮して圧縮熱で着火温度まで高めたところに、燃焼室内に直噴インジェクターから燃料を噴射して着火させる仕組みなので、燃料は空気に触れた途端燃え始め、インジェクター周辺では空燃比が濃くなり、インジェクターから離れたところでは空燃比が薄くなることを完全には防止できない。
濃い部分では燻ってPMや一酸化炭素(CO)が生成されるし、燃え残りの生ガス、つまり炭化水素(HC)が残留する。薄い部分では燃料が届く前に加熱された空気中の酸素と窒素が化合してNOxができてしまう。ディーゼルエンジンの燃焼室はこれを抑制するために一生懸命縦方向の渦(タンブル)を作り出したり、インジェクターの噴射圧力を上げたり、噴射孔の数を増やしたりと工夫を凝らしているのだが、燃料と空気を十分混ぜ合わせて均一にする前に燃え出してしまうことは原理的に防げない。そのため大気汚染公害の原因として問題になっているわけだ。
ただし、地球温暖化の主原因とされるCO2だけ抜き出すとちょっと話が変わってくる。ディーゼルはピストンが上死点にあるときと下死点にあるときの容積比、つまり機械圧縮比が高い。内燃機関はこの予圧縮が高いほど熱効率がよくなる。その結果、燃料の持つ熱量を動力に変換する効率が高くできる。熱効率のよさはひいてはCO2排出量の削減に生きてくる。
このように、功罪相半ばするのがディーゼルエンジンの難しいところなのだが、たとえばマツダはディーゼルの常識を破る低圧縮ユニットを開発し、燃焼温度を下げてNOxの削減に成功している。熱効率の一部と排ガスをバーターにした、つまり温暖化対策のリソースの一部を大気汚染防止に振り向けた形だが、マツダはこうした技術によって当分ディーゼルは有用であると主張しているのだ。
VWにとってポルシェのブランドイメージは好都合
さてこういうさまざまな問題を抱えた中で、フォルクスワーゲングループは2つの矛盾する主張をまだ取り下げるつもりがない。その一方が今回のポルシェのディーゼル撤退だと言えるだろう。もともとグループ内では、ポルシェブランドモデルはディーゼル比率が低く、切り捨てても痛みは少ない。だからディーゼルを止めて環境優等生イメージを広めるにはポルシェのブランドイメージは好都合なのだ。
問題はそうやってポルシェをイメージリーダーにしてグループ全体に脱ディーゼルイメージを作ってしまった後に、何をその受け皿にするつもりなのかだ。はたしてその受け皿をEVが務めることができるのだろうか?
現在ドイツメーカーは対中国輸出を重んじているので、EV比率を上げて行きたい。中国にはEVの販売比率を義務づける新エネルギー車規制(NEV規制)があり、さらにEVだけにナンバーの発行を優先する政策も継続されている。このような極端なインセンティブによって、中国では世界のマーケットと乖離したEV比率になっているのだ。
一方、既報のとおり、アメリカではトランプ政権がゼロエミッションビークル規制(ZEV規制)を取り下げようとしている。北米のZEV規制はゼネラルモーターズ(GM)をはじめとするビッグ3にとって高すぎるハードルであり、あまりにも現実離れしている。古の排ガス規制、「マスキー法同様にロビー活動で潰されるだろう」と筆者は数年前から発信してきた。それが今現実のものとなろうとしている。
というわけで、アメリカがZEVを取り下げた後、中国マーケットのEV優遇の特殊性は一段と際立つことになる。このタイミングで生産計画を中国基準に合わせるのはどう見ても賢明とは言えない。世の中では内燃機関をガラケーに、EVをスマホに例えるケースが多いが、スマホがガラケーを駆逐していった時、スマホに補助金が付いたりしただろうか? そんなことをしなくても飛ぶように売れて、市場を席巻した。
つまりスマホは誰もが欲しがる商品だった。しかしながら冷静に見てEVはそうではない。どこの国でも例外なく補助金を付けて優遇しているにもかかわらず、内燃機関を数量的に追い詰める気配はまだみじんもない。唯一、共産党の強権発動によって極端な優遇政策を実行している中国だけが例外になっている。
つまりEVは商品として売れていない。イメージだけが先行しており、実際に魅力を感じて財布を開こうという人が極端に少ない。
という市場の流れから見ると、2025年のポルシェの電動化率50%は現実的にはハイブリッドが主流となり、EVは限られたモデルということになるはずである。だったら素直に「電動化」だけを主張すればいいのに、フォルクスワーゲングループはなぜディーゼルにいつまでもこだわりをみせるのだろうか?
動力用バッテリーの争奪戦
トヨタのある幹部に聞いた話では、現在、動力用バッテリーは世界中で激しい争奪戦が繰り広げられており、バッテリーの確保は非常に厳しい状況にあるという。トヨタ自身、2030年に「電動化」モデル550万台を目標とし、このうち100万台をEVまたは燃料電池車(FCV)に切り替える計画だが、2017年の152万台でも調達にはギリギリの攻防が繰り広げられている。
現在のトヨタの152万台はほとんどがハイブリッドだ。これを純粋なEVにするためにはハイブリッドの10倍以上のバッテリー容量が必要となる。そんな生産余力はどこのバッテリーメーカーにもない。だからトヨタはパナソニックと提携し、2030年までのバッテリー供給量をあらかじめ約束させたのである。
状況はフォルクスワーゲンとて同じである。すでにフォルクスワーゲンは年産50万台分の大規模バッテリー工場の設置に向けて動いているが、肝心のセルは外部調達とされている。そこは中国の搦め手で、「中国で売りたければバッテリーのセルは中国製を使うこと」と条件を付けられている。
同じ条件を突きつけられたGMが、強要された中国製のバッテリーが自社の性能・安全基準を満たさず、生産予定の無期延期に追い込まれていることからみても、中国からのバッテリーの調達はかなり難問が多いことが予想される。はたしてフォルクスワーゲンは、GMの轍を踏むことなく無事にバッテリーを調達できるのであろうか?
バッテリーが調達できなければEVはおろか、ハイブリッドの生産すらおぼつかない。それでも生産を続けなくては生き残れない自動車メーカーとしては最後の切り札として温暖化対策に有効なディーゼルを手札として残しておきたい。
生産台数が少なく、高額であっても構わないポルシェブランドで、ひとまずEV化のルートを示す一方で、量産モデルであるそのほかのグループ傘下ブランドでは、ディーゼルを温存して万一に備える。そんな動きがこの発表の裏側にはうごめいているのだ。