インターネット上に「角川ドワンゴ学園N高等学校」を立ち上げた川上量生氏(右)。開校から2年を経てどうなっているのだろうか(撮影:尾形文繁)

今年2月に著書『没頭力 「なんかつまらない」を解決する技術』を出版したニッポン放送アナウンサーの吉田尚記氏と、インターネット上で角川ドワンゴ学園N高等学校を立ち上げた川上量生氏。N高クイズ研究会の特別顧問も務める吉田氏と川上氏が、N高について、そしてビジネスについて語り合った。

人に自慢できるような通信制高校を作りたい

吉田:これは精神科医の斎藤環先生がおっしゃっていたことなんですが、「ニコ動は引きこもりに効く」らしいんですよ。それと川上さんが立ち上げたN高等学校というのは、実はとても近いのではないかと思って、本日はお話を聞きに来ました。

ところでN高(N高等学校)は開校から2年経ちますが、初めのころと比べて状況が変わってきたというようなことはありますか?

川上:最初に思っていたことと、やってみると違っていたことはいくつかありますね。まず経営者的なことをいうと、始める前は初年度から1万人くらいは生徒が来るだろうと思っていたんですよね。ところがふたを開けてみると1500人しか来なかった。当然、僕はショックを受けたんですが、教育業界的には初年度でこれだけの人数が集まったということが驚きだったらしく、「1500人って驚かれる数字なんだ!」ということに僕はさらにショックを受けました(笑)。

吉田:そこはリアルサービスとネットサービスの違いという感じですね。

川上:それともう1つは、学生たちが予想外に早く学校に誇りを持ってくれたということ。もともとN高設立は現在校長をしている奥平(博一)さんと、それまでいろいろな通信制高校の立ち上げに携わってきた中島(武)さんが、ドワンゴの取締役の志倉(千代丸)さんのところに持ち込んできた話だったんです。

彼ら曰(いわ)く、通信制高校の生徒たちが抱えている問題というのは友達ができないことと、恥ずかしくて人に通信制高校へ通っていることが言えないことなんだ、と。そして、そういう子たちの多くはニコ動を見ている。だったらドワンゴと角川が通信制の高校を作れば、彼らが行きたいと思える、そして行っていることを堂々と言える学校になるはずだ、と。僕はその話に納得して、ネットの高校を僕たちで作ろうと決めたんです。

吉田:N高にはネット部活というのがあって、実は僕、クイズ研究会の特別顧問をやらせていただいているんです。そこで実際にN高内のSlack(スラック)を見ていると、かなり頻繁にやりとりがされているし、なおかつそれが普通の友達と比べてまったく遜色のない関係になっていることも実感しますね。

川上:僕らとしても、通っていることを自慢できる学校を作ろうと思ってはいたんだけど。

「誇りを持てる学校を作る」というのは、すごく大変なことだと考えていたんです。いろいろな努力をした結果、ようやく自慢できる学校になるんだろうと思っていたんですが、生徒たちが予想以上に早く受け入れて、誇りを持ってくれた。ただそれは逆にいえば、いかにそういう存在が求められていたのかということでもありますね。

進学校の不登校の子たちがN高を選ぶ


吉田 尚記(よしだ ひさのり)/1975年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。『ミュ〜コミ+プラス』(月〜木曜日24時より放送中)のパーソナリティとして「第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞」を受賞。マンガ、アニメ、アイドル、落語、デジタルガジェットなど、多彩なジャンルに精通しており、年間100本に及ぶアニメやアイドル、ゲームなどのイベントの司会を務めている。

吉田:ネット住人ってコンプレックスと優越感の両方を持っていて、彼らの優越感側に寄り添う場所というのが、特に学校という世界にはまるでなかったんですよね。

川上:そうなんですよ。職場としてはIT企業とか、いわゆるネット住人たちがエンジニアとして輝けて、俺たちのほうがわかっていると胸を張れる場所があったんですが、学校にはなかった。だからN高は設立を発表した段階で、そういう場なんだと認識されて、みんながそれに反応したんでしょうね。

吉田:うちの娘は中1なんですが、一時、ユル不登校をしてまして、1日中ず〜っとネットを見ているんですよ。それこそニコ動とかYouTubeなんかを。それなのに本人に「だったら高校はN高がいいんじゃないの」って言ったら、本人は「ええ〜っ」と。

川上:それはそうでしょう。やっぱり通信制高校に対するイメージ自体はまだまだ低いですから。実はN高の生徒って、進学校の不登校の子たちが多いんです。どうせ通信制の高校に行くんだったら、せめて納得できて、ある程度プライドも満足させられるのがN高だという選択なんですよ。

今の若い子たちって基本的にすごく保守的だから、普通の選択以外は基本的に難しい。だから今来ている子たちはやっぱりどこか「尖った子」たちなんです。現状ではそういう、ある種はみ出した子たちが選択する学校なので、僕らはそこを超えたいと思っているんですけどね。N高が「普通の選択」になるように。

教育に関して僕らは素人である

吉田:学校経営者のなかには勉強や学校を聖域と考える方もいれば、ビジネスだと割り切って考える方もいます。川上さんは経営者としてどちらの考え方なんですか?


川上 量生(かわかみ のぶお)/1968年愛媛県生まれ。株式会社ドワンゴ取締役CTO、学校法人角川ドワンゴ学園理事。京都大学工学部を卒業後、コンピュータの知識を生かしてソフトウエアの専門商社に入社。2006年よりウェブサービス「niconico」運営に携わるほか、現在は人工知能、教育事業などのIT先端技術関連の新規事業開発にも注力している。

川上:教育にもビジネス的視点は必要だとは思います。やっぱり費用対効果で考えるべきだと思うので。ただ教育の世界に入るにあたって1つ決めたことがあって、それは「教育に関して僕らは素人であることを自覚しましょう」ということでした。教育業界ってどこか聖域的なものがありますよね。ある種のイデオロギーというか、たとえば、教育で人間の本来のあり方を教えるみたいなこととか。

これは僕の個人的な考えですが、本来の動物としての人間って、自我なんてないんですよ。自我があるというのは、何かの勘違いか幻想でしかない。人間は基本的に場当たり的に生きているものだから、周りの環境に大きく作用されるんです。ただ、逆に場当たり的というのは環境に適応するっていうことだから、環境が重要なんですよね。けれど近代の教育というのは、その環境を飛び越える自我を持てという、そういう哲学みたいなことをいうわけです(笑)。

吉田:確かにそうだと思います。環境に左右されない自我の確立が大切と言われますよね。

川上:僕らは教育外の人間なので、その辺は正直わかりませんと。だから、僕らはそういうことはやらないし、偉そうなことを言うのもやめようと決めたんですよね。

じゃあ僕らは何をやるかというと、そういう観念的なことではなく、もっと具体的に、進学したい人には大学合格させます、就職したい人には就職させます、という部分を徹底していこうと。僕らはIT企業なので、現役のエンジニアを教師にした実践的な技能は教えられます。少なくともこれができれば、IT企業だったら普通に採用されるよう技術を身に付けて卒業してもらう。そうすれば、その子の人生は変わりますよね。

「人間力を育てる」なんていう漠然としたことではなく、実際に世の中を生き抜くための技術を身に付けてもらう。これはプラスになったよねと、僕ら自身が心の底から思えることだけを教えようというのが、N高がやろうとしていることです。そこを最低限の担保にしようと決めたんですね。

吉田:プログラミングに関しては、間違いなくその道筋が見えているわけですよね。

川上:僕らは専門家ですからね。こうやればいいだろうっていうのがあって。実際に結果で出ています。ほかにも作家志望の生徒には、プロの編集者が原稿を読んでアドバイスをするとか。そんなふうに、他よりもいい教育ができることがわかっている部分に力を入れています。

教育の世界では、1人も落ちこぼれを出さずに全員を救う、みたいな考え方がありますが、それは僕らには難しすぎるので、全員を救うことはやめましょうと。そうじゃなくて、Aというパターンで3人救って、Bというパターンで5人救って、足しても100%にはならないかもしれないけれども、少なくとも全体の何割かの生徒の人生は確実に変えられる。そして、その数を増やしていこうと考えているんですね。

生徒にとって必要なのはプライドとコミュニティ

吉田:授業に関しては、あくまでも知識と技術を教えることに特化していると。

川上:精神的な部分で生徒にとって必要なのは、プライドとコミュニティだと思っているので、それはそれで満足度を上げることを目指しています。ただ、生徒の声を聞いてみると実際に十分なコミュニティが作れたと言っているのは全体の60%ぐらいですね。20〜30%はネット上でもコミュニティにうまく入れていない。とはいえ、これまでの通信高校ではそもそもコミュニティなんてゼロに近かったわけですから、まずまずかなと思っています。

吉田:それでも選択肢自体がこの世に存在するということは、すべての人にとって絶対的にプラスですもんね。

川上:たとえば大学というのはある種のモラトリアムで、なぜそれが許されているのかといえば、基本的に大卒のほうが優秀な労働力になるはずであるという暗黙の前提があるからだと思うんですよ。そして学生にとって、学校へ通うことの最大のモチベーションはコミュニティの場にいられることなんです。職業訓練の場とコミュニティが両立しているのが学校という存在です。

僕らは生徒がいちばん求めているコミュニティを提供します。同時に、彼らが社会に放り出されたときに生きていける武器を、やっぱりなんとしてでも身に付けさせたい。それがN高のミッションだと思っています。

吉田:ちなみにN高の宣伝方法というのは、基本は口コミなんですか?

川上: N高の場合は、割と最初からネットなどを使ったマスの宣伝は成功したんです。それでもやっぱり学校選びって、アプリをダウンロードするのとは違いますから。人生を賭ける選択って、当たり前だけど重いんですよ。ですから営業する先は、やっぱり親と先生ですね。その人たちにN高というのが普通の選択肢でありえるんだ、ということを納得してもらえるよう地道にやっています。そこで重要なのは実績ですよね。

吉田:今のところ上がっている実績は、本人たちが楽しそうとか、そういうことでしょうか。N高生本人が楽しそうであるとか。

川上:N高に限らずどの通信制高校でも楽しそうだっていうメッセージは発信するじゃないですか、スーパーの大売り出しとかと一緒で(笑)。そういうメッセージは体験者による口コミでしか信じてもらえないメッセージだと思います。だからマスに向けたメッセージとして伝えているのは、先進的な教育をやろうとしている、普通の高校ではできないようなことをやろうとしている、ということですね。それも次第に広まっていると思います。

吉田:社会的には、東大合格者数何人とか、甲子園出場みたいなものはまだ出ていないわけですよね。そこが付いてくるとどんどん普通の選択肢になっていくんじゃないかなと思いますね。

合格者リストを出したら志望者が激増

川上:なるでしょうね。保護者だけじゃなくて生徒自身にとってもそこがいちばん大きいポイントだと思います。今年、N高は2回目の卒業生が出ました。そして去年はやらなかったんですけど、今年は合格した大学のリストを人数込みで公表したんです。これって通信制高校では初めてで、今までどこもやっていないんですよね。なぜなら、公表できないから。

吉田:……そういうレベルではなかったということですね。

川上:累計のものは出しているんですけどね。しかも大学名だけで、人数も出さず「これまでに卒業生が合格した大学リスト」というのを出しているところがほとんどです。だから僕らは「今年この大学に何人合格しました」というのを発表したんです。そんなに大勢はいません。早慶が1人ずつと、東工大くらい。それでもやっぱり、願書の申し込みがものすごく増えました。

吉田:へぇ〜。世間が見ているのはその辺なんですか。

川上:やっぱりそこなんですよ。人生を預けるわけですから。いよいよ来年3月、N高で3年間学んだ子たちが初めて卒業するのですが、そこで東大合格者が出るかどうかというのが、当面のN高の世間における評価を分ける判断軸になってしまうと思いますね。

大量の消費者を相手にすることで大規模化してコストを下げる。結果、低コストで高品質のものを消費者に届けるというのが資本主義の基本のモデルです。けれど教育業界ではそれが難しかった。

40人が1つの教室に集まって一斉に同じ授業を受けるのは一見、効率的だけれど教育の質という点で考えると決して高くはない。それよりも通信制高校でITとネットを活かして、一人ひとりに最適な教育をやったほうが効率がいいに決まっているんです。

ところが、現実の通信制高校というのはどちらかというと高校の卒業資格を得るためだけのものになっているところが多い。でも本来はいちばんのエリートに最高の教育を、しかも低コストで提供できるモデルのはずなんです。

吉田:それをやっちゃおうというのがN高ですよね。

1人の優秀な先生がいれば、何万人でも教えられる

川上:理念で言うとN高モデルは単純で、通信制高校なので授業をやるのは優秀な先生1人でいいんですよ。1つの優秀な教材を使って1人の優秀な先生が授業を行えば、その先に生徒が何人いても、ある意味、原価は変わらない。だからN高モデルは、生徒数が増えればどんどんお金をかけて教育の質を上げられるのです。


吉田:今はその増加を目指す段階にあるわけですね。

川上:そうです。N高みたいな教育をやろうとすると最低でも1万人、できれば2万人ぐらいの生徒がいないとお金的には厳しい。現状でそんな通信制高校は世の中にないんですけど、このままのペースでいけば、N高は将来的にはそのくらいは達成できるだろうと思っています。

そこで最初から予算もそれくらい使っちゃおうと。だから正直、今は赤字です。けれど、いずれは必ず採算も合うし、もっとお金もかけられるようになると思います。そうすれば他のどの高校にも真似できないレベルの教育を生徒一人ひとりに提供しつつ、ビジネスとしても収支が合うようになるんです。

(構成:岩根彰子)