「検証:その男は、なぜ1.6m超の「ボックスジャンプ」ができるのか?(動画あり)」の写真・リンク付きの記事はこちら

エヴァン・アンガーと垂直跳びで勝負するなんて、そんな愚か者はほとんどいないはずだ。アンガーは、目の前に置かれた物に飛び乗る「ボックスジャンプ」という競技で、2016年に世界記録をとっている。自分の前に積み上げられた高さ63.5インチ(約161cm)のプレートの上に、垂直跳びで着地できる人物なのだ。

それだけに、自分がアンガーより高く跳べるなんて、そんな妄想は抱いていなかった。だが先日、壁に吊り下げられた計測用の目盛りの横に立ち、まさにそれをやろうとしていたのである。

誰かが3、2、1、とカウントダウンし、「ゴー」の合図で、わたしたち2人はジャンプした。わたしはさっと伸び上がり、すぐに跳躍の頂点に達した。しかしアンガーは違った。わたしの体が落下し始めるころ、彼はまだ上へ上へと上がり、わたしのほぼ2倍の高さの最後の巡航高度に向かって上昇していたのだ。

頂点に達したわたしを越えて彼の体が上昇していく姿は、いまもまぶたに焼きついている。まるで人間ロケット打ち上げの残像のようだ。散々な結果となった映像をお見せするので、この動画で楽しんでもらいたい。

VIDEO BY WIRED US

その驚くべき体の動き

アンガーのように滞空時間が長いアスリートは昔から、あまり跳べないわたしのような人間を魅了してきた。1900年、04年、06年、08年のオリンピックの「立ち高跳び」で金メダルを取った陸上競技の天才レイ・ユーリーは、かつて65インチ(約165cm)の高さのバーを跳んだ。

また、垂直跳びは何十年も前から、NFLドラフト候補生に対するテスト「NFLスカウティングコンバイン」で、候補生の強さと敏捷性を測るテストとして重要視されている。最近ではYouTubeのおかげで、アンガーのようなアスリートが、「クロスフィット」のコミュニティやインターネットの掲示板でもてはやされている。

それも当然だ。アンガーがやっているのは、すごいことなのだ。ボックスに飛び乗る「ボックスジャンプ」のとき、アンガーは目標物に向かい、その方向にわずかに近づくように跳ぶ。そしてこれが重要な点だが、曲げた両膝をひらき、脇の下につけるようにする。

空中でのその最後の動作によって、両足はほぼ臀部と同じ高さに上がる。そして計画通りすべてうまくいけば、跳躍の頂点に達したときに、両足は着地場所の上に正しく下りる。

タイミング良く跳んだ場合、アンガーの両足は、上昇速度と下降速度がどちらもゼロになったときにうまく着地する。結果は驚くほど静かな着地となるのだ。

VIDEO BY WIRED US

しかし、アンガーの空中で体を曲げる動作は、NFLの候補選手たちがやる「垂直跳び」と「ボックスジャンプ」との間に決定的な違いがあることを浮き彫りにしている。ボックスジャンプのポイントは、両足の裏をできるだけ高く上げることである。これに対して垂直跳びの目標は、重心を一気にできるだけ高く上げることにある。

重心は跳んでいる最中に修正できるものではない。だから、これまでにNFLスカウティングコンバインで測定された垂直跳びの最高記録は46インチ(約117cm)である。「ダラス・カウボーイズ」の元セイフティ、ジェラルド・センサボーが出した記録だ。

これはアンガーの最高記録より17.5インチ(約44cm)ほど控え目だが、わたしが彼とジャンプしたときに彼が跳んだ34インチ(約86cm)の高さと比べて、たっぷり1フィート(約30cm)も高い。

カウンター・ムーヴメントの重要性

世界レヴェルのボックスジャンプを跳ぶには、柔軟な股関節や膝が必要になる。このため、世界レヴェルの垂直跳び記録をもつセンサボーのような人であっても、世界レヴェルのボックスジャンプを跳べるとは限らない。しかしアンガーは、並外れた跳躍力と柔軟な四肢をもっている人なら、ボックスジャンプで70インチ(約178cm)かそれ以上を跳べるだろうと考えている。

跳躍中の柔軟性はさておき、ボックスジャンプを跳ぶ人と、垂直跳びを跳ぶ人に共通しているのは、地面を離れる前の体の動かし方だ。なかでも重要なのが、生体力学の研究者が「カウンター・ムーヴメント」と呼ぶものである。

つまり、こういうことだ。スクワットの体勢からジャンプするのではなく、直立した体勢からまず筋肉を緩めて、膝と股関節を曲げることによって下向きの動きを起こす。それから筋肉に素早く力を入れ、下向きの動きを速度を落としてから止める。それから両脚を急激に伸ばして地面に向かって力を加えることにより、上方への推進力を生み出す。

多くのアスリートは、跳躍前のこの動きの一つひとつを直感的に行っている。ほとんどの人がスクワットジャンプよりも、カウンター・ムーヴメントを使ってジャンプしたほうが数インチ高く跳ぶことができるのだ。

筋肉がジャンプに備えた状態に

その仕組みは完全にはわかっていない。だがカウンター・ムーヴメントを入れたほうが高く跳べるひとつの理由は、最初の下方向への動きを止めるときに筋肉を使うことによって、筋肉をジャンプに備えた状態にできるからである。

「かがんで一番低くなったところで、筋肉は緊張に備えた状態になります」。インディアナ大学ブルーミントン校の運動生理学名誉教授で、跳躍力学の専門家でもあるヘスース・ダピーナは、そう説明する。

両脚が完全に動きに集中している状態でジャンプの上方向への動作を始めると、垂直方向の全動作において筋肉が最大の働きができるようになる。ジャンプの開始時により多くの力を使うことができ、より速い速度で地面を離れることが可能になるという。

正確にどれだけ優れているかは、つまるところ訓練やテクニックなどに関係するのだが、遺伝的要素もまた関係がある。ダピーナは「計画的に練習し、反発力をつけるウェイトリフティングのトレーニングを行っても、おそらくほとんどの人はアンガーの跳躍力にはとても届かないでしょう」と語る。

つまり、地べたを歩くわたしたちは、少なくとも誰かが脚の筋肉をもっとパワフルにする遺伝子治療法を開発するまでは、ほかの人たちが宙を舞うのを眺めるだけで満足するしかないのだ。

VIDEO COURTESY OF WIRED US(字幕は英語のみ。画面右下の「CC」ボタンで字幕のオン/オフが可能)