陸上自衛隊Twitterより

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自衛隊ができない50のこと 41」

 有川浩の短編の小説集『クジラの彼』の中に「脱柵エレジー」という短編小説があります。どの話も自衛隊ならではの話でとても興味深いだけでなく、自衛官の恋愛をとらえている素敵な小説集です。その中の「脱柵エレジー」というお話は基地の柵を乗り越え、彼女に会いに行く自衛官の話です。哀愁漂う喜悲劇で、自衛隊の教育隊を経験したことがある人なら共感できる作品だと思います。ちなみに、監獄は脱獄、自衛隊の基地・駐屯地からの逃走を脱柵と言います。自衛隊では許可を受けずに勝手にどこかへ行くことを禁じられているという一例です。

 この脱柵をおこなうと、入隊時に書いた実家や友人、親などの知人縁者のところへ警務隊の人たちが捜索に来ます。事件性があれば警察にも通報しますが、不明隊員が見つかるまで捜索します。そして、その捜索にかかった交通費・宿泊費などの経費はすべて逃げ出した隊員に請求される制度です。発見後は規律違反で処分も下されます。自衛隊が嫌になったからといって、逃げだすと大変なことになるのです。

 ところで自衛官が許可を取らずに抜け出す「脱柵」という言葉がある以上、正規の外出手続きはもちろん定められています。

◆里帰りでさえ、休暇申請は面倒くさい

 陸海空で多少異なりますが、入隊後しばらくの間は、自衛官は営内に居住を義務づけられるようです。教育隊の間は決められた曜日に集団で外出する以外は、特別な場合でなければ外出は許可されません。部隊配属になれば外出の自由度はかなり上がります。基地周辺の外出は自由時間なら可能です。しかし、長距離の移動(旅行)を希望するときは面倒な手続きが必用となることが多いようです。

 盆暮れお正月などの長期休暇時に実家に帰る時期に、この休暇許可申請手続きで隊員たちは悲鳴を上げることになります。緊急性の低い職域ではかなり簡略化されていますが、これまで先輩自衛官が起こした服務事故で無計画、無謀な旅行でトラブルを起こしたことのある部署では、その反省でかなり厳しく書類作成が言い渡されます。つまり、その部隊によって申請内容が変わってくるのは問題行動への対処という意味合いが強いのです。

 さて、その許可申請をしてみましょう。まず出発日時と利用する交通機関(例 〇時〇分発 〇〇バス 〇〇バス停から〇〇まで 乗車時間〇分 〇〇時着)と記載します。次に電車に乗れば電車、新幹線に乗れば新幹線と次々、「発着時間、乗車駅、降車駅、路線名など」を列記していきます。これを延々出発して帰るまで書いていくわけです。細かく全旅行日程を書いていかないと休暇許可申請はできません。移動途中で昼食をとるなら、「何時から何時まで昼食時間」と時間配分を書き込まなければ、旅行計画のつじつまがあわなくなります。つじつまが合わない予定だと書類を突き返されます。

 まるで交通費請求書類のようですが、もちろん帰省費用は休暇中の個人的休暇の過ごし方ですから自腹です。あくまでも休暇中の帰省するための許可なのです。

 これがまた車だとさらに面倒です。車はどのルートを通っていくか、その路線の全てを書いていく必要があります。強行軍で無理な運転をする計画は許してもらえませんから、2時間置きには休憩をとる必要もあります。車での移動予定であれば車が適切に保険に入ってあるかどうかという確認もとられます。速度も法定速度で走行する計画を立てるために、主要なインターチェンジを何時に通過するかを記載させるわけです。到着予定が早すぎれば、「もっとゆっくり走る計画にしなさい」と指導があります。携帯が使えない場合の旅行先での連絡先なども必要です。入念に旅行予定がチェックされるのです。

◆休暇計画の意図と効用とは?

 この細かい計画書をだして認められれば晴れて、許可された旅行ができるわけです。

 でも、そんなに細かい計画通りに移動ができるのかと気になりますよね。知らない土地を歩くときは駅と駅の乗り換え場所がわからず、電車に間に合わないことがあります。でもそのへんの多少の時間配分の誤差は咎められることはないようです。ただし、旅行予定と全く違う場所で事故を起こしたりすると重大な問題となります。虚偽の申請をだしたことを疑われる場合もあります。

 一般企業に勤めている人たちからみると休暇なんて、各々好きにすればいいと感じることでしょうが、自衛官はイザと言うときに緊急に呼び出される職業です。だから、休暇も隊員の所在を部隊が掌握している必要があります。また、隊員が旅行中に事故や事件に巻き込まれないように安全な休暇を過ごす指導をする目的もあるのだそうです。自衛官はメディアの注目を集めますから、羽目をはずして問題行動をおこさないように細心の注意をはらうわけです。特に海外旅行に行く隊員は旅行計画を出してさえいれば、近くでテロが発生しても迅速に大使館等に保護を求める要請ができます。隊員のために情報を流すことも可能です。面倒な書類ですが、隊員の保護のためにも役に立っている側面はあるようです。

 しかし、国内の自分の家へ帰るようなときにもここまでの管理が必要でしょうか? ちょっと過保護すぎる気もします。

「休暇旅行に行く前に疲れはててしまう」と隊員たちにはとても不評な制度です。

 休暇中でも呼び出せるようにと隊員の居場所を旅行ルートまで把握しないと人員数に不安があるという事情が見え隠れします。休暇中くらいは自由に休んでも問題ないように予算を増やし、隊員を増員してローテーションを組めるようにしてほしいものです。

 人生の最大のイベントは「結婚」でしょう。そのハネムーンで海外旅行を希望する自衛官も多いと思います。せっかくの人生の節目ですから、思い出に残したいのは自衛官も同じです。手続きさえきちんとしておけば旅行や移動も可能ですが、もう少し簡略化してはどうかと思います。ほかにも自衛官には大変な任務や訓練がたくさんあります。これでは手続き申請だけで疲れてしまいます。これほどまでに自衛官は自由時間ですら管理されるのです。このキツイ制度を耐えてもらうのですから、やはり自衛官の人員不足を解消するためにもその苦労にみあった待遇改善が必要なのです。<文/小笠原理恵>

【小笠原理恵】
国防ジャーナリスト。「自衛官守る会」顧問。関西外語大学卒業後、報道機関などでライターとして活動。キラキラ星のブログ(【月夜のぴよこ】)を主宰