アニメ「らき☆すた」舞台の地元の祭りに「らき☆すた神輿」が参加して10年。ファンと地元民の結束力が息の長いコンテンツをつくり上げている(著者撮影)

埼玉県久喜市鷲宮。人口3万6000人程度の小さな地区が、とあるアニメのファンの聖地になっていることをご存じだろうか。2007年に放送された『らき☆すた』である。アニメの中で、地区内に実在する神社などがそのままの外観で登場することで、ファンがこぞって訪れるようになった。このように、ファンが実際にアニメの舞台となった街を訪れる「アニメ聖地巡礼」が、地元経済や観光産業のあり方を大きく変えつつある。

筆者はこのアニメ聖地巡礼について2008年の3月ごろから調査を始め、今年9月に『アニメ聖地巡礼の観光社会学』(法律文化社)を上梓した。本原稿では、アニメ聖地巡礼、ひいては、コンテンツツーリズムとは何なのか、そして、それは観光産業をどのように変化させたのかについて論じたい。

ファンにとって「大切な場所」を巡る旅

「アニメ聖地巡礼」は2016年に公開された映画『君の名は。』とともに、一気に数多くの人に知られるようになり「聖地巡礼」という言葉は『2016 ユーキャン新語・流行語大賞』にノミネートされた。

アニメ聖地巡礼は、アニメの背景になった場所を視聴者が探し出して情報をネットで発信するところから始まる。そうして発信された情報を見たほかのアニメファンが、アニメの舞台に出掛けてゆくのだ。

ファンの間では、早い段階では2002年のアニメ『おねがい☆ティーチャー』の木崎湖(長野県大町市)で知られ、『らき☆すた』(2007年)の鷲宮(埼玉県久喜市)や『けいおん!』(2009年)の豊郷(滋賀県犬上郡)を経て、2012年の『ガールズ&パンツァー』の大洗(茨城県東茨城郡)で知らぬアニメファンはいないほどになっていた。

この様子が、ファンにとって大切な場所を巡る旅であることから「聖地巡礼」と呼ばれるようになった。インターネットが広く利用される前は、特別熱心なファンの行動で終わっていたが、多くの人がインターネットに接続する社会になり、そうした情報を得た人々に聖地巡礼が広まっていくことになった。

そのように来訪者が増え始めると、地域の人々が巡礼者に気付き始める。深夜に放送されるアニメの場合、地域の人々は作品を見ていないことがあり、そもそも、ロケ地になっているにもかかわらず作品そのものがその地域で放映されていない場合もある。この点が、大河ドラマなどの舞台巡りとは異なっている点の1つだ。

場所によっては巡礼者の来訪が歓迎されないこともあったが、なかには巡礼者と地域住民が連携してさまざまな取り組みに展開していくケースが見られるようになった。

グッズ開発販売の成功要因は丁寧な聞き取り

有名なのは冒頭でも紹介した埼玉県久喜市鷲宮である。2007年に放映されたアニメ『らき☆すた』の舞台になり、グッズ開発やイベント実施、地元の祭りへの「らき☆すた神輿」の登場など、さまざまな取り組みが行われ、話題になった。

「らき☆すた神輿」とは、地域の祭りである土師祭に、地域住民とファン、コンテンツホルダーが共同で制作した神輿を登場させた取り組みである。なかでも、「桐絵馬形携帯ストラップ」の開発と販売の仕方はファンへの丹念な聞き取りの末に実現した見事な取り組みであった。


「痛絵馬」を基に作った携帯ストラップ。販売戦略にも工夫があった(筆者撮影)

聖地になった鷲宮神社の絵馬掛け所には巡礼者の手によるアニメを描いた絵馬が掛けられていた。これを「痛絵馬」と呼ぶが、このストラップは、ファンによる痛絵馬をモデルにしたものなのだ。

また、アニメグッズの多くは複数のバージョンが販売され、ファンはそれをすべて集めたいという欲求がある。このことに注目し、「桐絵馬形携帯ストラップ」は、さまざまなキャラクターの絵柄のものが10数種類作られた。

おそらく、10種類を一度に販売しても、アニメファンは購入しただろう。しかし、鷲宮商工会はそのような販売方法はとらなかった。会員である個人商店で2種類ずつ販売したのである。そうすると何が起こったか。

巡礼者が、ストラップを求めて、個人商店を回り始めたのだ。これによって、地域住民と巡礼者の距離が縮まり、さまざまな取り組みの企画アイデアもこうした交流から生まれた。大盛況となる「らき☆すた神輿」もその1つだ。

こうした地域を巡る仕掛けは、アイデア創出だけではない効果をもたらす。地域住民の「不安」の払拭である。アニメファンに限らず、地域住民にとって見慣れない人々が自地域を訪れる様子は住民に不安を与える。その不安の正体の1つは「情報不足」だ。

不思議なことに、情報が不足している対象については、基本的な姿勢としては悪感情を抱いてしまうことが多い。観光振興を進めていくと、必ずこうした不安が基になった反対意見が出てくる。それを解消する方法の1つが、直接会う機会を設けることなのだ。「直接話してみると、意外といいやつらじゃないか」と態度が反転する様子はさまざまな観光地で見られる。これは昨今観光地が進めているインバウンド振興などに活かすことができる方法だ。

最近では、アニメに限定しない、各種取り組みに展開している。たとえば、『らき☆すた』の舞台、鷲宮の商工会が企画した「萌輪(もえりん)ぴっく」というオタクが集まる運動会や、「オタ婚活」というオタクのための婚活イベント、そして「WBC(Wotaku Baseball Cup)」が開催された。

アニメ声優・監督来なくとも、地元民と交流イベント

「WBC」とは、アニメ『輪廻のラグランジェ』の舞台である千葉県鴨川市のチームと、鷲宮のチームが野球で対決するイベントであった。2018年9月2日には、わしのみや地区懇親会「らっきー☆BBQ」が開催され、各地から70人の参加者が集まった。特にオリジナルのグッズが買えるわけでも、声優や監督が来るわけでもない。ただ集まって商工会職員や地域住民とバーベキューを楽しむイベントだ。アニメ放映から10年以上経過しているにもかかわらず、こうした集いに人が集まるのだ。

きっかけはアニメであったが、その後、地域の人々や繰り返し訪れる巡礼者同士の人間関係が出来上がり、継続的に訪れるようになっている。アニメの舞台としての「聖地」の上に、人と人との関係性が蓄積されていき、自分にとって大切な場所になっていくのだ。全国のアニメ聖地では、同様のことが大なり小なり起こっており、中には移住してしまう巡礼者も出てきている。

筆者がアニメ聖地巡礼の研究を始めた2008年3月ごろには、学会や講演で発表した際には、「取り組みの持続可能性に疑問がある」とか「経済効果は大したことがないのではないか」といった質問をもらうことが多かった。アニメ作品のすべてが大ヒット作になるわけではもちろんない。とはいえ、多くの人が視聴したアニメ作品である。その作品のファンは必ずいる。そのファン(巡礼者)を大切にし、居場所や活躍できる場所を提供することで、地域への愛着も増していくのだ。

キーワードの1つ、コンテンツツーリズムは、コンテンツへの興味、関心によって「駆動する観光」である。これまでの観光の常識を破る観光だ。観光では、「地理的な距離」「知識の多寡」が重視されていた。修学旅行などを考えても、ついつい、その場所のことを「学習すること」や、その場所に「実際に行くこと」「体験すること」が重視されすぎ、その場所を「好きになること」が重視されてこなかったのではないか。

コンテンツツーリズムを展開していくうえで重要なのは、この「感情的なつながり」をいかに作り出すかだ。それによって、その場所に実際に赴いたり、その場所の知識を得たり、といったことが触発され、その対象に愛着を持つ。すると、何度も訪れることにつながるし、一人ひとりの滞在時間が長ければ経済効果も大きくなる。

場所との「感情的つながり」をいかにつくるか

各地のアニメ聖地で起こったことによって、「アニメ聖地巡礼」という新たな「文脈(コンテクスト)」が出来上がったのも特筆すべき点である。2016年には、「アニメ聖地」を束ねる「アニメツーリズム協会」が発足した。

同協会による「世界中で人気の《ジャパンアニメ》の聖地(地域)を活用した広域周遊ルートのモニターツアー」が2017年に、そして、「アニメ聖地を訪れるツアーの造成・試験販売及び複数のアニメ聖地の周遊性の実証実験」が2018年に、観光庁の「テーマ別観光による地方誘客事業」に採択された。


今後は、実際にこうした取り組みに、海外からの観光客がどのような反応を示し、実際にどのような回遊行動が誘発されたのか、あるいは、されなかったのか、といったデータを得ていくことが重要になる。「海外からの観光客」と一言で言っても、国や地域によってその特徴は違っているだろう。

また、海外のクリエイターを含めて、日本でコンテンツを作りやすい環境を整えることも今後必要だ。すでに、日本各地にフィルムコミッションがあるが、ロケ地の紹介や弁当や宿泊施設の手配などが主な業務になっている。

現状では、映画やドラマなどの実写作品を主に取り扱っていることが多いが、もっとコンテンツを拡大してはどうだろうか。

小説やマンガ、アニメ、ゲームなどのロケ地を供給できれば、地域と関わるコンテンツがどんどん蓄積されていくことになる。その作品をきっかけに、巡礼が起こり、そこでの出会いから、何か新しいものが創発される。こうした、「創造」や「希望」にあふれた場所が全国各地にできることこそ、本当の地方創生ではないか。