薗潤(日本タバコフリー学会代表理事、医師)

 最近、害が少ないタバコとして加熱式タバコ(以下、加熱式)の宣伝が盛んに行われています。コンビニのカウンターやタバコ販売店でも、必ず加熱式が前面に配置されています。

 フィリップ・モリス(PM)は、アイコス販売数が500万個を突破したと誇り、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)のグローや、日本たばこ産業(JT)のプルーム・テックも、派手なコマーシャルで「enjoy together(ご一緒に楽しみましょう)」「tomorrow(明日・未来)」といった甘言を弄(ろう)して猛追しています。

 しかし、PMの母国である米国では、食品医薬品局(FDA)が「安全性が証明されていない」として、アイコスなどの加熱式の発売は認められませんでした。しかし日本では、たばこ事業法の関係で加熱式タバコは、紙巻きタバコと共に薬機法(旧薬事法)の管轄外とされ販売されています。従って、日本は加熱式の実験場となり、日本人は大規模な人体実験を受けていると言っても過言ではありません。

 この現状を憂慮し、日本タバコフリー学会(以下、本学会)は、「加熱式タバコとハーム・リダクション理論の危険性」をテーマに、第7回学術大会を9月23日に兵庫医科大学(西宮市)で開催しました。大会では、毒物である従来のタバコ被害の軽減を謳い文句とする加熱式タバコはやはり有害であり、健康のリスクが低いとは言えないことを確認しました。

 ハーム・リダクション理論は、一気に有害性を解消する代わりに、有害性(ハーム)を減少(リダクション)した施策や代替品を容認する理論です。

 この理論は20世紀後半、英国で薬物乱用の回し打ち注射器によるエイズウイルス(HIV)感染を減少させるために、リバプールの保健所が清潔なディスポ注射器を無料配布する施策をとったことで有名になりました。タバコ産業は、リバプールの保健所とは異なり、自分たちが加害者であるにもかかわらず、この理論を悪用し、従来の「有害性が十分に証明された」燃焼式タバコ販売を中止することなく、加熱式を販売しているのです。

 加熱式による急好酸球性肺炎の「世界初」の症例報告が、加熱式の大規模人体実験場の日本から発表されたことは、決して偶然ではありません。

 実は、1999年に日本でPMがアイコスの前駆商品「オアシス」を大阪で試験販売し、タバコ販売店の店頭では白いミニスカートの女性がキャンペーンガールとして宣伝していました。

 この時には、アイコスのようにタバコ葉圧縮スティック全体を加熱する方式ではなく、キット用の短い紙巻タバコを器具に差し込んで、先端を加熱する方式でした。それを昔、流行した「ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか」という歌を私がもじって「デ・デ・デジタル・スモーキングか」と揶揄(やゆ)した経緯は、2001年刊の拙著『モク殺モク視せず〜病院でタバコと戦う』(神戸新聞総合出版センター)の中で述べています。

 「オアシス」は流行せず販売終了となりましたが、21世紀になってPMが本格的に加熱式の改良に取り組み、アイコスとして販売、他のタバコ産業も追随し、生き残りを図っています。

 PMの本気度は、巨額の資金を投じてスモークフリー世界財団(以下、財団)を設立し、本格的に加熱式販売を推進する体制を構築したことにも表れています。驚くことに、財団のトップに世界保健機関(WHO)のタバコ対策の元トップであったデレック・ヤック氏がリクルートされました。これは加熱式の登場によって、公衆衛生関係者の中にも、タバコ産業に誘惑される人間が出てきたことを示しています。日本でも、日本禁煙医師歯科医師連盟の元会長であった大島明氏が、加熱式容認論を表明しています。

 私が、加熱式の根拠となる「ハーム・リダクション(有害性減少)理論」がタバコに適応されるのを初めて知ったのは、15年前の2003年にフィンランドのヘルシンキで行われた「第12回タバコか健康か世界会議(WCTOH)」でした。

 実はタバコ産業は昔から「ハーム・リダクション理論」をもとに、「手を替え品を替え」消費者をだましてきました。例えばフィルター付きのタバコ、女性向けのスリムなタバコ、1本当たりのニコチンやタール摂取量が少ない「マイルド」な軽いタバコ、メントールなどの添加物入りタバコなどです。今では消費者に誤解を与える危険があるので、ブランド名に「マイルド」や「ライト」などの使用は禁止され、メントールも国際的には禁止の方向です。

 和歌山毒入りカレー事件の原因物質は、ヒ素という毒物です。1955年の森永ヒ素ミルク中毒事件発生後、毒物のヒ素が混入したミルクは全て回収され発売禁止になりました。その後、「ヒ素の量を10分の1にした粉ミルク」を継続発売することはならなかったのは当然です。体に入るものは100パーセント安全でなければ売るべきではないからです。この事実に鑑みても加害企業がもてあそぶハーム・リダクション理論の欺瞞(ぎまん)性と、「死の商人」タバコ産業の傲慢(ごうまん)・強欲・厚顔な態度に激しい怒りを覚えます。ニコチンはヒ素と同じく毒物であり、ヒ素と違って「依存性」があります。タバコ産業は生き残りのために、タバコビジネスからニコチンビジネスへと「依存症ビジネス」の転換・継続を図っています。

 幸い日本では不承認ですが、ニコチン溶液を添加物と共に霧状にして吸入する電子タバコの海外での流行も懸念されます。日本でも個人輸入でニコチン入りも自由に買えますし、ニコチンどころか大麻入りや覚せい剤入りもあるようです。電子タバコは、単なるタバコをまねた玩具ではなく、加熱式と同様にニコチン依存症ビジネスの温床であり、ひいては大麻や覚せい剤使用の隠れ蓑になっている危険性も高いと言わざるを得ません。今後もタバコ産業は消費者に甘言を囁(ささや)き、居直り、偽装を続けながら、「ニコチン依存症ビジネス」を展開するでしょう。本学会も日本タバコフリー学会から日本ニコチンフリー学会へと名称を変更して、活動する時期が来るかもしれません。

 2020年東京五輪・パラリンピックを目前にしても、日本は分煙を認めた健康増進法改正にとどまり、やや厳しいと言われる東京都の受動喫煙防止条例(以下、都条例)もWHOのタバコ規制枠組み条約(FCTC)規準のグローバルスタンダードには達していません。しかも、都条例では加熱式タバコのレストランでの使用を容認しています。

 年間1万5000人の死亡原因となっている受動喫煙被害は、生存権・基本的人権の重大な侵害です。私たちは、タバコ産業が毎年世界で700万人、日本で十数万人の死亡原因となっている「依存症ビジネスで儲ける死の商人」であることの周知に努め、「加害者である危険なタバコ産業にだまされてはいけない!」と、今後も声を大にして訴え続けていく所存です。