女の人の価値は、美しさだけではない。

どれほど純粋に自分を愛してくれるかだ…そんな風に思っていました。

でも、あの女のおかげで僕はやっと気がついたんです。

異常なほどの愛情が、女の人を、そして関わる人間の人生すらを壊してしまうってこと、

純粋な愛情は行き過ぎると執着に変わり、執着は憎しみへと変貌を遂げるってことを…

少し長いけれど、どうか僕の話を、聞いてください―

堂島ユウキの目の前に突如現れた黒髪の美女・ひとみ。出会ったその日に一夜を共にするが、彼女の異常性に気がついていく。ユウキはひとみと決別し、女友達だった雅子と結婚した。

大学時代からの想いを成就させた雅子は、妊娠して幸せの絶頂にいるが、ある日新居にひとみからの謎の小包が届く。

中身を見たユウキは、ひとみが滞在するホテルの部屋に駆け付けるが、彼女の行動はますます常軌を逸したものになっていく。




堂島雅子:気丈な妻の元にやってきたものとは…


ユウキはとうとう帰ってこなかった。

「一体どこにいるのよ…」

朝になっても帰宅しない夫に対する、静かな怒りが湧いてくる。

頭では、女遊びに目をつむり物分かりの良い妻を演じようとしてみても、実際に今自分を支配しているのは醜い嫉妬心と束縛欲求だ。これも、妊娠が関係しているのだろうか。

だが、多くの女性はその気持ちをひた隠しにし、あらわにしない。

ありのままの欲求をそのまま男にぶつけたら、嫌われてしまうことを分かっているからだ。

そうして心の奥底にしまいこんだ本心がうっかりと顔を出さないようにコントロールする。それが、女としての、ましてや妻となった自分の役目だとも思っていたのにー。

顔を洗い、歯を磨き、出来るだけ普段のルーティンをこなすことに集中する。タスクをこなせば気が紛れ、よくないエネルギーに支配された自分から抜け出すことができるから。

朝の8時前。眩しさのあまり、カーテンに手をかけたその時である。

ピンポーン。

宅急便も届かないような時間に、なぜか家のインターホンが鳴らされた。

「ユウキ…?」

彼が鍵を忘れて出かけたのだろうかと、モニターを確認した私の目に飛び込んできたものを見て、思わず息が止まるほどの衝撃を受けた。


予期せぬ朝方の訪問者の正体は?


堂島ユウキ:あなたの娘さんには、助けが必要です


脱ぎ捨てられたウェディングドレスを放心したように眺めていた僕は、ドアを激しく叩く音でハッと我に返った。

「ひとみちゃん、ひとみ!いるんでしょ!開けなさい!!」

ドアの向こうの相手は、興奮気味に怒鳴っている。自分がタキシード姿なのも忘れて夢中でドアを開けると、そこには先ほどまでの怒号の持ち主とは思えない品の良い中年女性が立っていた。




「西岡ひとみの母です。ね、あの子は…ひとみはどこ?結婚式ってなんのことなの?」

そう疑問を投げかけられても、正直、僕にもさっぱり分からない。

本当に、目覚めたら姿を消していたのだからー。

とりあえず、動揺するひとみの母に僕は一から状況を説明した。

まず、今朝彼女が忽然と消えてしまった流れ。そして、僕らの出会いについて。彼女の言動がおかしくなり始めたことについても触れた。

その後次第にひとみの行動がエスカレートし、逃げるように別れたこと。

自分はすでに結婚しているし、妊娠中の妻もいるのにも関わらず、ひとみが新居にまでやってきたこと…。

その全てを説明し終わると、ひとみの母はまるで信じられないといったような表情を浮かべている。

だが、とにかく今はひとみの行方を探さなければいけない。

彼女が普通の精神状態ではないことは、お互いが認識している。

心当たりを手分けして探そうにも、ひとみの母は栃木から来ているので土地勘はない。結局僕らは一緒にひとみを探すことにして、ホテルを後にしようとしたその時だ。

ブーッ。

雅子からの着信だった。

何も言わずに夜中に消えて朝になったものだから、きっとひどく怒っているのだろう。だが今は、雅子に全てを説明している暇はない。

電話はそのまま無視して、ひとみの母と2人、ホテルの外に出ると、眩しいほどの日差しが降り注ぎ、不思議とひとみはすぐに見つかる気がした。


雅子からの着信に応答しなかったユウキ。その時、雅子のもとに向かっていたひとみは…?


迫り来る恐怖


「ユウキ、お願いだから出てよ!電話に出なさいよ!!!」

共有玄関を映すモニターには、髪型こそ違うがあの日ファミレスに別れを告げに行った、ユウキの元カノが佇んでいる。異様に大きな目でぐるりとカメラを見回しているその様は、当時の儚げな美女のそれではない。

『終了』ボタンを押しても、何度も何度もインターホンを鳴らしウロウロと歩きまわる。様子のおかしいその女は、モニター越しにこちらをじっと覗き込んでいた。

ピンポーン

ピンポーン

「もう、何なのよ…」

恐ろしさで足がすくんだ。インターホンの電源を切ってしまいたいのに、焦りと恐怖のあまり操作が全く上手くいかない。

埒があかないので、とりあえず急いで玄関に走って行き、チェーンと鍵を閉めた。




震える手でユウキにLINEを送る。

ーねぇ、あの女が来てるの!うちに、あの女が!!!

一向に既読にならないスマホを握りしめながら、もう一度モニターを確認する。

しかし、そこにはあの女はいなかった。写っていたのは、誰もいない共有玄関の様子だけ。

「え…?」

諦めたのだろうか。

一気に肩の力が抜けてゆく。同時に涙が溢れ出していった。

「良かった…」

思わずその場に座り込んでしまう。涙を拭いて、再びユウキに電話をかけようと廊下に出たその瞬間。

もう一度、今度は目の前の扉からインターホンを鳴らす音が響いた。

▶NEXT:10月26日 金曜更新予定
雅子のピンチに気がつかないユウキ。すぐそこまで迫りくるひとみに、雅子はどう対応する?