10月4日の記者会見で笑顔をみせるトヨタ自動車豊田章男社長(右)とソフトバンクの孫正義会長兼社長(写真:REUTERS/Issei Kato)

10月4日、トヨタ自動車とソフトバンクが提携を発表するに際し、両社のトップである豊田章男社長と孫正義会長兼社長が共同記者会見に臨んだ。対談形式のパートで司会の小谷真生子さんが「トヨタは時価総額日本1ですから」と振ると、豊田氏は「孫さんのところは2位ですから」と応じた。

小谷さんが「日本の1位、2位です」と言っても孫氏は口を結び、小さく会釈しただけであった。日本で1位とはいえトヨタの時価総額は世界で42位(9月末)、ソフトバンクにいたってはベスト50の圏外。自動運転の先行ランナーであるグーグルの親会社アルファベットの時価総額は90兆円を超え、世界の第4位であるという現実をよく知っているからだ。孫氏の「脳内」は世界を見ている。

ロックフェラーをめざす孫氏

孫氏は歴史上の尊敬する経営者としてロックフェラーをあげる。ロックフェラーの誕生の結果、世界で初めて独占禁止法ができたくらいの圧倒的ナンバーワンとなった存在だからだ。「ナンバーワンでなければ、意味がない」というのは孫氏の「脳内」に刻み込まれた基本中の基本である。

ソフトバンクがかつて再生エネルギー事業に参入すると決めた時、孫氏から「ロックフェラーがどうして世界を制覇できたか知っているか」と聞かれたことがある。

なぜですかと聞き返すと、「彼は誰も気づかないうちに石油の権利を押さえたからだ」と言う。オイルというものが砂漠だとか山の中とか二束三文の土地の下に実は埋蔵されていることを誰よりも早く理解した。それが50年後100年後に莫大な価値を生むことを見越して先に権利を押さえに行った点がすごいということだ。

孫氏が2016年に半導体設計会社のアームを買収した時には、「なんで携帯電話の会社がアームを買収するのだ」とか、「なぜ今さら半導体の会社なのだ」と批判された。ところが、情報革命=AI革命が実際に進むにつれ、アームのチップ(半導体)の重要性が認識されてきている。

今や、世界に40億台あるスマホの100%にアームのチップが使われていると孫氏はいう。さらに、ゲーム、家電、工場のセンサーなど、累計1000億のチップが出荷されているとのことだ。

ロックフェラーが時代を見越し、価値が認められていないときに価値をいち早く見出して、石油埋蔵地を押さえたように孫氏はAI革命のエッジであるチップを提供するアームを押さえたのだ。孫氏は「オセロの四角の一つを押さえたようなもの」なのである。

孫氏の「脳内」にはロックフェラーの経営戦略が刻み込まれている。

トヨタが「フォード」に見える

ロックフェラーを孫氏が尊敬するもう一つの理由は、パラダイムシフトの波に乗って大きく成長したことにある。農業国から工業国へというパラダイムシフトの中でロックフェラーのスタンダード石油は成長する。アメリカでさらに、石油を流通させるために、最初はトラック輸送を押さえ、次に鉄道を押さえ、スタンダード石油は、アメリカを築いた最大の企業のひとつとなった。

孫氏もロックフェラーに倣い、IT革命、スマホ革命という第三次産業革命のパラダイムシフトで成長し、今度は第四次産業革命のIoT、AI革命というパラダイムシフトで、再び大きく飛躍しようとしている。

1908年、ロックフェラー69歳の時、ヘンリー・フォードは自動車の大量生産に成功する。フォードによる推進された自動車革命とともに、ガソリンの需要が急激に高まり、ロックフェラーグループは飛躍的な成長軌道に乗ってゆく。

現在はスマホが最大の情報端末だが、今後、自動車が最大の情報端末になる。

「サムスンの創業家と話をしていたら、今はサムスンの半導体の最大顧客はスマホで30%。自動車は1%でしかない。しかし、今後、10年、20年と見るとモビリティ、自動車用半導体が最大となり、40%になるだろうと話していた」

孫氏が記者会見で紹介した逸話である。アームは12年後の2030年に、チップが1兆個、地球上のありとあらゆるところにばら撒かれるという「Project Trillium」を進めている。モビリティサービスの会社になると宣言しているトヨタの自動車は大量のチップを使用するであろう。孫氏にはトヨタがロックフェラー財閥を成長させたフォードのような存在に見えているに違いない。

孫氏は成功をもたらした自らの能力を冷静に分析している。

「僕は世の中を大きく変えるような発明をしたわけではない。何か一つだけ平均的な人と比べて特徴的な能力があるとすれば、それはパラダイムシフトの方向性とその時期を読むことに関心が強いということだ」

たしかに、スマホ革命の最強の武器、iPhone も自分で発明したわけではない。スティーブ・ジョブズとアライアンスを組んで、商品を独占販売したものである。

スマホ革命のジョブズ、モビリティAI革命の豊田章男

スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表する2年前のことである。孫氏は自分がモバイル(携帯電話)ビジネスに参入するのであれば、どうしても武器が必要であると考えた。そして、世界最強の武器をつくるのは誰かと考えた。そんな人間はただ一人、スティーブ・ジョブズだけという結論に達した。

ジョブズにモバイル機能のついたiPodのスケッチを持って会いに行ったところ、「この新しい携帯電話の話は誰にもしていないのに、君が最初に会いに来た。だから君にあげよう」とジョブズが言い、ソフトバンクのiPhone独占販売につながったことは今ではよく知られている。

孫氏は新ビジネスに入る時、誰が「最強の武器」をつくれるかを考える。

着々とモビリティサービス、モビリティAIという新ビジネスに入ろうとしている孫氏である。「最強の自動運転車」「最強のモビリティサービス」を創れるのは誰かと考えたとき、トヨタと豊田章男氏しかないと「脳内」で結論したのだろう。

孫氏はトヨタから提携の申し出があった時、「えっ、マジか」と2度思ったと明かした。だが、私にはこれは孫氏特有のパフォーマンスと思えた。

ソフトバンク社長室長を退任し、ソフトバンク顧問となった2015年頃のことである。豊田章男社長が孫社長を訪問され、自動車産業の未来について話し合ったと聞いた。年齢も近く、一歳違いなので、意気投合したとの事であった。

このときすでに社長室長を退任していたので、筆者は同席していない。だが、パラダイムシフトを読み、七手先を読んで成功のための布石を打っていく「孫氏の兵法」は今回も実行されたに違いない。2018年のトヨターソフトバンクの提携はすでに3年も前から準備されていたのである。 

また、「組むならナンバー1」というのも孫氏の基本である。「ナンバー1と組むことに成功すれば、黙っていてもすべてがうまく行きます」とも語っている。世界一のトヨタと組むことは「孫氏の兵法」からいうと定石なのである。

2010年12月のことである。ジャーナリストの田原総一朗氏と孫氏の対談があった。テーマは「なぜ、日本からiPhoneが生まれないのか」。田原氏らしく「例えばトヨタはどうすればいい?」とずばりと聞かれた。

「自動車メーカーはやっぱりアップルのように世界最強の、たとえば電気自動車なんかの設計をするしかない。エコカーのようにインテリジェンスを持たせたものを設計して、組み立ては海外でやればいい」

「モノづくり」を否定するような発言に私はヒヤヒヤしたことを思い出す。さらに孫氏が続ける。

「アップルのスティーブ・ジョブスのように自ら言い出して『俺の社員に賃金の低い組み立てなんかさせない。俺の社員には一人当たりの賃金をもっとダーンと上げて、一人ひとりに喜んでもらうやり甲斐のある、エキサイティングな開発だ、デザインだ。それを本業として捉えるんだ』となると、明るい自動車メーカーになれるわけですよ」と答えている。

それから8年。「トヨタを『自動車をつくる会社』から『モビリティ(乗り物)・カンパニー』にモデルチェンジすることを決断した」と豊田章男氏は宣言した。まさに孫氏の発言の方向に大きく舵を切ったのである。

「私はあまり人のプレゼンに感心することはありません。スティーブ・ジョブズのプレゼンには感心しましたが。しかし、豊田社長のプレゼンには感心しました。ストーリーがしっかりしており、情念があり、心からおっしゃっている」

孫氏がスティーブ・ジョブズと伍すというのは最大最強の賛辞である。

モビリティAI時代のプラットフォームを押さえよ

21世紀、アメリカはGAFAを中心に着々と成長した。世界の時価総額のベスト5はGAFA+マイクロソフトが常連になっている。リーマンショック前の2007年にはそれでもトヨタがベスト10に入っていたが、前述したように今は42位である。

日本の21世紀は衰退の世紀であった。その大いなる原因は、ソフトウェアのプラットフォームをシリコンバレーに押さえられたからである。

特に、スマホ革命の時代はシリコンバレーへの集中を加速させた。iPhoneを使って買い物をしたり、グーグルマップで検索したりするとビッグデータとして情報が収集され、お金がシリコンバレーに吸い取られる。たとえば、スマホゲームをダウンロードしてプレイすると、課金の30%がアップルやグーグルに決済手数料として自動的に支払われるのである。 売上高1000億円のゲーム会社なら300億円の決済手数料となる。まるで、植民地である。

孫氏は、人口第1位から第4位までの国のライドシェア会社に出資している。1位、中国のDidi Chuxing(滴滴出行)、第2位インドのORA、第3位のアメリカのUber、第4位のインドネシアを押さえるシンガポールのGrabである。

4社の運賃取扱高が合わせて約10兆円にいたっており、10年以内にはGAFAの一角、Amazon.comの取扱高を追い越すとすら孫氏は予想している。

「ライドシェアを『配車アプリ』と表現するのは見当違い」であり、4社は「AIを活用したモビリティプラットフォーム」だと言う。

トヨタにより、最強の自動運転車ができた場合、当初は個人使用よりもライドシェア会社が多くを利用するだろうと思われる。

年間1兆800億円の研究開発費を持つトヨタと、ソフトバンクが大株主であるライドシェア会社のデータ収集力を融合すれば、モビリティAI時代のプラットフォーム覇権を握ることも可能である。

時価総額トップ10が目標

孫氏の脳内には「日本」という枠組みはない。元衆議院議員だった私はどうしても「日本」を考える。社長室長時代にそこだけは孫氏と違うなと思ったものである。 

だが、今回は新会社モネ・テクノロジーズの社長となる宮川潤一ソフトバンク副社長が「モネ・テクノロジーズ。ソフトバンク、トヨタさんという異色の組み合わせかと思います。しかしながら、世界の強豪はいろんな会社があり、ぜひこの日本連合で世界に打って出ようというつもりで握手をさせていただきました」と発言している。期待したい。

孫氏は2010年の創業30周年記念式典で新30年ビジョンを発表した。そのときの目標は30年後までに「時価総額トップ10に入る」というものだった。「30年に一度の大法螺」と言っていたが、孫氏の「脳内」では有言実行で何としても達成したい目標になっているはずである。それからすでに8年。後、22年となったが、今回の提携で前倒しできると孫氏は考えているだろう。

モビリティAI時代のプラットフォームを押さえ、トヨタと共にソフトバンクが時価総額トップ10に入ってほしいものである。さらに大風呂敷な目標を言えば、トヨタ、ソフトバンクがワンツーフィニッシュとなれば最高である。