結婚だけが女の幸せではない。

自ら望んで独身を貫くのなら、何も問題はない。

しかし実際には「結婚したいのに、結婚できない」と嘆く女たちが数多く存在し、彼女たちは今日も、東京の熾烈な婚活市場で戦っているのである。

2017年上半期に連載していた結婚できない女では30代前半の事例を紹介し、その共通点を探った。

平成27年国勢調査によると、35〜39歳の女性のうち未婚者の割合は23.3%。

約4分の1が該当する、Over35歳の“結婚できない女たち”を観察してみよう。




【今週の結婚できない女】

名前:佳恵(よしえ)
年齢:36歳
職業:広告代理店→フリーライター
住居:青山


Over35歳でも、十分イケてる女。


「あ、佳恵きたよ」
「佳恵-♡相変わらず綺麗!かわいい!」

一緒にいた女たちが口々に歓声をあげたので、僕も入り口を振り返った。

-やっぱ、いい女だよなぁ。

こちらに気がつき、笑顔で手を振る佳恵を一瞥して、僕は心の中でそっと呟く。

胸元がシースルーになったブラックのサロペットに、さらりと携えたマイクロサイズのクラッチ。セミロングの髪はあえて無造作なまま、メイクも随分とナチュラルなのに、ハッと目を引く艶っぽさがある。

僕、中川健吾と佳恵は、同じ広告代理店の同期だ。

今日は午後から会社後輩の結婚式があって、今は皆でミッドタウンの店に移動し、二次会が始まるのを待っているところである。

3年前に退職しフリーライターとなった佳恵は二次会からの参加だったようで、たった今到着したのだ。

「健吾、久しぶりだね!」

ちょっぴりはにかむ彼女の笑顔は、アラサーを超えオーバー35となった今でも、僕の心を掴む。

少しばかり目尻の皺が目立つようにはなったが、それでも、そこらの若いだけの女よりずっとそそられる。

昔から、彼女のルックスは僕の好みど真ん中なのだ。


久しぶりに再会した佳恵と健吾。未だに淡い恋心を抱く健吾は、佳恵をデートに誘う。


健吾:「彼女、モテるのになんで独身なんだろ?」


佳恵とは、昔…まだお互い20代半ばだった頃、何度かデートをしたことがある。

鮮明に覚えているのは、二人で江ノ島に行って…その場の雰囲気で手を繋ぎ、キスまではしたこと。

けれどなんとなくお互いにその先へは行けず、僕も僕で煮え切らないまま、気づけば二人の関係はただの同期に戻っていた。

その後、僕はお食事会で知り合ったCAや、友人の紹介で出会った丸の内OL、あとは地方局のアナウンサーもいたかな…まあ、そういった女たちといくつかの恋を重ねた。

結婚を考えるような相手もいなくはなかったが…正直な気持ちを言ってしまえば、独り身の自由を捨ててもいいと思えるほどの女には巡り会えず、今に至っている。

一方、佳恵は佳恵で、詳しくは知らないが何人か彼氏がいたはずだ。

友人たちから「面食い」と評される僕が惹かれるくらいだから、佳恵が美しい女であることに違いはない。それに実際、彼女はモテる女だったと記憶している。

だから僕としては、かなり意外だった。

36歳の現在でも、佳恵が未婚であるという事実が。

「最近どうなの?…男の方は」

それとなく佳恵と二人きりになった機会に、僕は軽く探りを入れてみた。

佳恵のことだから、未婚ではあったとしても彼氏くらいはいるだろう。いても構いはしない、と思っていた。

ただもし彼氏と順調であるなら誘うタイミングは今じゃないから、そこのところを確認しておきたかったのだ。

しかし佳恵の返答は、僕にとって予想以上に好都合なものだった。

というより、まるで僕に誘ってくれと言わんばかりのものだったのだ。

「…それが、別れたばっかりで。落ち込んでるの、私」

そう言って、佳恵は僕の前で泣き真似をしてみせた。

決してぶりっ子の類ではないし、どちらかというと佳恵はサバサバしたタイプの女だが、意外とこういう可愛いところもあったりして、そのギャップが男にはグッとくる。

「へぇ…そっか」

嬉しさではなく同情をこめるように、努めて低い声で僕は答える。そして「まあ、元気出せよ」などと言って、さりげなく肩を抱いた。

「俺が話聞いてやるよ。今度飲みにでも行こうぜ」




「健吾、こっち〜」

待ち合わせたのは、原宿にある『イートリップ』。

野菜中心のメニュー構成とオーガニックワインが豊富で、佳恵のお気に入りの店らしい。

週末の夜ということもあり、この日の佳恵は一層ラフなスタイルだった。少し肩が出るようなざっくりとしたカーキのニットに、細身のデニム。

36歳になっても佳恵は若い頃のスタイルを完璧にキープしていて、無駄な贅肉の類はどこにも見当たらない。

僕の方も一応、休みの日にジムに通うなどして気をつけてはいるが、それでもやはり20代の頃の体型とは違っている。

「佳恵って、何か運動してるの?顔もだけど、体型も全然変わらないよな」

それは、純粋な興味からの質問だった。

しかしこの会話をきっかけにして、僕の心はみるみる萎えていってしまうこととなる。


歳を重ねても美しい体型をキープする佳恵。それなのになぜ、健吾は萎えてしまったのか?


佳恵:「心身ともに、美しくありたいの」


「実は私ね、2年前からトレイルランを始めたの」
「トレイルラン…?」

トレイルランとは、森や山など、舗装されていない、アップダウンのある大自然の中を走るスポーツらしい。

なんでも佳恵はオフになると長野や山梨などに出かけ、トレイルランを愛する仲間たちとともに山野を駆け回っているのだという。

「自然の中を走るのって気持ちがいいし、何よりメンタルが整うのよ。瞑想と同じような効果があるっていうか。いい歳してだらしないのって醜いでしょう?私は、心身ともに美しくありたいの」

「へぇ、すごいね。瞑想…」

嬉々として語る佳恵は実に楽しそうだが、僕にはあまり興味を持つことができなかった。

「トレイルランの仲間には著名な経営者なんかも多いの。走るのって孤独だし自分との戦いだから、やっぱメンタルが鍛えらるんだろうね」

…僕だって、運動が嫌いというわけではない。最近は集まれていないが、仲間たちとフットサルをしたりすることもある。

しかしそれはあくまで遊び。佳恵のようにメンタルを鍛えるとか、整えるとか、そういう目的のものではない。

話が難しい方向へいきそうだったので、僕は話を変えることにした。

「佳恵はさ、どういう男が好きなんだっけ?」

確か昔、同じような質問をした時、彼女は「優しい人」とか「面白い人」とか言っていたように思う。それなら僕は、両方をクリアしている自信がある。

「それ、俺じゃん?」などと冗談ぽく、切り込んでやろうと思っていた。

しかしながら36歳となった佳恵の口から出てきた条件は、そんな僕の下心をあっけなく粉砕するものだったのだ。

「ストイックな人、かな」

-ス、ストイック…?

思いがけぬ返答すぎたため、すぐに気の利いた返しを見つけられずに黙ってしまった。僕としたことが、情けない。

しかし佳恵はそんな僕の反応など気にする様子もなく、“好きな男のタイプ”について饒舌に語り始めた。

「やっぱり、大きな目的を持って仕事に取り組んでる人は魅力的よね。それで、その目的に対してストイックに努力して欲しい。私、怠惰な人とか見ると苛々しちゃうの...休みの日に昼すぎまで寝てる人とか絶対ムリ。お互いに高めあえるような関係が理想だし…」

-め、めんどくせぇ...。

佳恵の語りを聞きながら僕は、彼女とこれ以上の関係になることを諦めてしまった。

僕は彼女のいうようなストイックな精神など持ち合わせてもいないし、お互いに高め合うことももちろん必要だとは思うが、どちらかというとパートナーとなる女性には、完璧よりも癒しを求めている。

30代も半ばともなれば、仕事で背負うプレッシャーも責任も20代の比ではない。外では覚悟を決めて戦うつもりだが、家の中まで完璧を求められては息が詰ってしまいそうだ。

休みの日なんだから、二人で寝坊して「よく寝たね〜」なんて言いながらぐだぐだと過ごしたっていいじゃないか。

それに男は好きな女性であれば、そういうダメで無防備な姿だって見せて欲しいし、むしろ愛しいとさえ思うものなのに。

…それにしても彼女は一体いつから、こんなにもストイックな性格になってしまったのだろう。

20代の頃は、決してこんな風ではなかった。

もしかすると、歳を重ねるにつれて強くなろう、強くあらねばと思うあまり、自分にも、そして他人にも厳しくなってしまったのかもしれない。

「やっぱり、尊敬できない人はムリね」

そんな風に言い切る佳恵に曖昧に頷いてみせながら、僕は彼女の言う“ストイックな努力を惜しまない、尊敬に値する独身男”が一体この東京に何人いるだろうか、と思いを馳せた。

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