斉藤章佳さん 撮影/北村忠成

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 年間被害額4500億円超。何の数字かわかりますか? なんと「万引き」による被害額で、1日あたりで計算すると、なんと毎日約12.6億円が被害に遭っているのだそう!

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繰り返す万引きは心の病気!?

「実は、この数字は表面化している額なので、相当の暗数があるはずなんです。当院に来る万引き依存症の患者は、捕まるのは平均10回に1回くらい、と話していましたし、店舗側が全件を警察に通報していたら仕事にならないという側面もあるんです」

 お店での示談や、見つかっていない万引きを合わせるとこの倍、もしかするとそれ以上の可能性もある、と語るのは、さまざまな依存症の問題に取り組む、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん。ちなみに「万引き依存症」というのは本書の造語で、衝動制御ができず万引きを繰り返す人を表していて、正式名称は「クレプトマニア」「窃盗症」という病気です。これまでにクレプトマニアについての本は疾病モデルに偏った治療が中心の内容が多く、一般の人が手にとりにくかったそう。

「万引きというのは被害が見えづらい犯罪なのですが、社会に与える影響が大きい。小さな個人商店などは万引きが原因でつぶれてしまうこともあるんです。なので本書では“万引き=加害行為”であることを軸に展開しています」

 そうはいっても万引きしている人を知らないし、見たこともないので「私には関係ない」と思う方は多いはず。しかしある日突然、それまで万引きと無縁の生活をしてきた人が、気づいたら万引きをしてしまうことは少なくないそう。またある小売りチェーンでは、最初から万引きをされることを念頭におき(万引き犯に対応するとその件に店員がかかりっきりになり、仕事ができなくなるため)、予想される損失分をあらかじめ値段に上乗せし、万引きを見て見ぬふりをしているところもあるんだとか。こうなってくると、他人事ではないですよね?

節約や家族問題…他人事ではない万引きの原因

 万引きは女性が圧倒的に多く、30代以上女性の前科のない万引き事犯者の動機は「節約」がトップで、必ずしも貧困や転売が目的ではありません。意外と思われるかもしれませんが、本書に載っている事例を見ると、生活に困っていない、普段はきちんとしている人がなぜ万引きをしてしまうのかがよくわかります。

 例えば家を購入するために節約するよう夫から言われ、日々できる限りの節約をしていた40代主婦は、ある日、無意識にドレッシングの瓶をバッグに入れてしまい「節約をこんなに頑張っているんだから、このぐらい許される」と“もらって”しまったことから万引きを繰り返すようになります。この40代主婦のストレスの原因は「夫との関係」でしたが、家族の問題が原因となる場合が多いのも万引き依存症の特徴だそう。

「ライフサイクルの中では、いろいろなストレスがありますよね。例えば共働き世代の女性だと、自宅・子どもの保育園・スーパー・職場というサイクルを延々と回っていて、家ではよき母であり、職場では社会人としての役割があります。するとスーパーだけは普段、抑えているストレスを『悪い自分』を通して発散できる場所になってしまう。そこで万引きをすることで達成感や爽快感が味わえて、ストレスが解消される。これは満員電車で痴漢をする男性とメカニズムが非常に似ているんです。ストレスを解消する依存先が少ない人が何かの局面、その人にとって非常にストレスフルな状況や壁に直面したときに発露し、ハマっていくんです」

 1回目がうまくいったから、スッキリしたから、今度も大丈夫と繰り返してしまう。そして日常にある場所だからこそ耽溺(たんでき)し、やがて「節約のためだから」「盗まれるような死角がある陳列の店が悪い」などと認知が歪(ゆが)んでいってしまうのだそうです。また高齢になってくると、配偶者を亡くす、子どもが巣立ってしまうなどの喪失感から、ある日突然、万引きを始めてしまうことも多い……本当に他人事ではないのです!

意志が強い人、まじめな人が危ない

 千回以上、万引きをしていた妻に夫がまったく気づかなかったケースも。

「嘘(うそ)と依存症ってセットなんです。この本では『嘘つきは、泥棒の始まり』ではなく『泥棒は、嘘つきの始まり』としています。万引きをするから、それを隠そうと嘘をつくようになる。依存症は学習された行動であり、ライフスタイルの病気で、環境への適応行動です。気持ちいいからやるのではなく、ストレス心理的苦痛や不安を一時的に解消するため、生きのびるために選択している。なので完全に予防するのは難しいのですが、ストレス解消する術が多くあること、依存先を持っていること、そして家族とコミュニケーションを図り、相談する人がいるというような『健康な人間関係』や『つながり』を持っておくことが大事です」

 斉藤さんは「家族には普通の生活をしている中で万引きをするように見えるため、本人のパーソナリティーの問題や意志の弱さ、反省していないのかと思ってしまうのですが、実は意志が強く他人の評価に敏感で、スキルが上がることに快感を覚えるまじめな方が万引きに耽溺していくのです」と、万引き依存症への正しい理解を促します。

「こうしたクレプトマニアという病気がある、万引きに依存をしてしまう人がいるんだという視点、知識を得ることで、悩んでいる家族も楽になりますし、何より本人も方向性が見えるようになるんです」

ライターは見た!著者の素顔

 電話が鳴ると店や警察からではないか、連絡がとれないのは逮捕されたからではないか……万引き発覚後は、家族の日常生活が一変します。しかし治療導入後にヒアリングをすると、「家族とのコミュニケーションの時間が圧倒的に増えた」という答えが返ってくるのだそうです。「万引きをしていると後ろめたいので、家族を避けるんです。でも事件があって、不幸だったけれど、万引きがきっかけになって、何もない日常がこんなに幸せなのか、と価値観が変わったという人が多いですね」

PROFILE
さいとう・あきよし 1979年生まれ。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。精神保健福祉士・社会福祉士としてアルコール、ギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、虐待、DVなどさまざまなアディクション問題に携わっている。専門は加害者臨床で、2017年『男が痴漢になる理由』を上梓し、話題となる

(文/成田全)