台風の接近を知らせる「シグナル3」の告知が立つ香港の地下鉄(MTR)の改札(写真:winhorse/iStock)

9月末の台風24号襲来の際、JR東日本は暴風雨による列車の遅延や立ち往生を見越し、首都圏の全在来線をストップさせる「計画運休」を初めて実施した。

今回のJR東日本による計画運休は、台風の首都圏接近のタイミングがたまたま普段より人出が少ない日曜の夜半だったことで混乱はより小さく抑えられたとみてよいだろう。しかし、帰宅困難者はゼロでなかったほか、翌朝には線路への飛来物の処理などに追われ、「計画的に休んだ」ものの正常運転に戻すのに結局は時間がかかってしまった。

また、もう少し早い段階で計画運休を知らせてほしかったといった声も出ており、事前の情報提供や実施決定までのプロセスなどに課題を残す結果となった。

「警報が出たら休んでいい」香港

一方、海外では「計画運休」の線引きについて一定の基準を設けているところもある。

台風の襲来頻度が高い香港では、政府が住民の安全を守ることを目的にさまざまな対応規則を決めている。これは香港が英国領だった1917年に定められ、その後若干の変更はあったものの、中国への返還後も同じルールで続けられている。

日本の気象庁に当たる香港気象台(Hong Kong Observatory)は台風の接近に応じた「台風警報シグナル(熱帯気旋警告信号)」を発令、市民に注意を促す。シグナルは台風香港から800km地点に接近したことを知らせる「スタンバイ」の1に始まり、強風の3、暴風の8、暴風雨の9、そしてさらに強い10まで5つのグレードがある。


香港の鉄道運行をほぼ一手に引き受けるMTR(香港鉄路)をはじめとする各交通機関は、シグナルの水準に応じて具体的な対応基準を示している。

シグナル8以上が発令された場合は学校、商店、オフィス、金融機関などが休業し、証券取引所も閉鎖されるため、ほぼ完全に街の機能がストップする。就業時間中に発令された場合、職場の管理者は従業員の安全確保を前提に帰宅させることになる。

つまり、鉄道が「計画運休する」というよりも先に、一般企業が台風の進路などを見ながら「計画休業」するといった表現のほうが正しいかもしれない。

台風襲来時における企業の措置は、香港政府の中で労働政策を担当する「勞工及福利局」がまとめた「台風襲来時における従業員対応にかかわるガイドライン(Code of Practice in times of Typhoons and Rainstorms)」の記載内容が根拠となっている。


つまり、一定の強さ(シグナル8以上の発令)の台風が襲来したら、従業員は就業規則に沿って出社義務がなくなるので、出勤時点でシグナル8以上が発令されれば「堂々と無断欠勤」ができる仕組みとなっている。「あくまでガイドラインなので法的根拠はない」という見方を示す専門家もいるが、香港のほとんどの企業は慣習的にこれらの記述を被雇用者と結ぶ就業規則の内容の一部として盛り込んでいる。

台風で欠勤」給与減額は契約違反

シグナル8が発令される際は、今後の台風の進路予想などから「予測されるシグナル発令時刻」が明らかになるため、多くの事業所では「早じまい」する。発令前後には市内中心部の地下鉄駅が帰宅を急ぐ人々で大混乱となるため、マネジャーが頃合いを見て、シグナル8発令を待たずに仕事を打ち切ることも多い。周りの会社も仕事を止めるので、よほどの緊急性がなければ止めてしまってもいい、という判断も働くわけだ。

しかし、ホテル、レストランや旅行会社など一部のサービス業においては、任意で営業を続けるところも存在する。その場合は、マネジャークラスの従業員が帰宅困難となったスタッフなどとともに対応することになるようだが、通常レベルのサービスは見込めないと考えるべきだ。コンビニも営業していることがあるが、欠品が多かったり、スタッフが少ないためレジ待ちの列が長かったりといったことが起こる。

なお、「台風を事由とする給与や賞与の減額、有休の消化扱いとすることは契約違反」と明確に決められている。逆に、たまたま「帰宅困難」になって残務を手伝った社員はそれなりの「特典」が期待できるようだ。

なお、シグナル8が発令されたからといって、地下鉄は即、全面運休とはならない。むしろ一斉に自宅を目指す人々が駅に集まり急激な需要増が起こることから、MTRは地下鉄の運行数をピーク時レベルまで一時的に増加させるという決まりがあり、次のような「運用規則」が別途設けられている。

●地下鉄の運行数はピーク時のレベルまでいったん上げる。

●ホームなどの混乱を抑えるために、案内職員を追加投入する。

●線路に異常が生じたときに備え、技術者や保線職員ら200人余りのスタッフが待機。

●万一に備えて、地下鉄全線で3万人以上に配布できる分の食料や水を用意する。

地上を走る区間は飛来物や架線切れのリスクがあるため、シグナル9、10が発令された際には自動的に運休となる。台風の進路状況から、シグナルの8から9への「掛け替え時間」はほぼ予想できるので、市民は気象台からの情報を基に「交通機関の計画運休がありうる」と類推することが可能だ。

一方、シグナル8であっても地上区間では「危険が察知された場合は随時運行を止める」としている(このケースでは計画運休にならないので、若干の混乱が起こる可能性がある)。一方、地下区間はそもそも台風の影響を受けないため、シグナル9、10が出ていても区間短縮や間引きしながらも運行を続行することが多い。

情報はスマホにプッシュ通知で

台風などの非常時における情報伝達について、MTRは「自社のアプリをインストールしたうえで、プッシュ通知モードで最新状況を把握すること」と明確に告知している。香港は世界でも有数のデジモノ好きが集まる街だが、街を行き交う人は老若男女ほぼ全員がスマホを持っている前提で案内を行っているところが面白い。

MTRはすべての電車に動画、または電光ニュースを流せる仕組みを完備しているうえ、各駅には液晶案内パネルもある。これらを駆使すれば、たいていの情報は利用者にすばやく告知できると見てよいだろう。

ちなみに、バスは横風の影響をより受けやすい2階建て車両が多数を占めることから、シグナルの発令よりも早いタイミングで運休となる路線もある。香港の公共バスの運行規則には「台風襲来時には2階部分の窓を開けること(窓を開けることにより風圧がいくらか抑えられるため)」という一文があるが、もはや窓が開かない冷房バスばかりとなったためこの規則は準用されなくなった。

先の台風24号の際には、JR東日本による「計画運休」もさることながら、台風21号で大きな浸水被害を受けた関西国際空港の対応も関心を呼んだ。土嚢(どのう)を積むなどして、十分な浸水防止作業を行ったうえで滑走路の長時間閉鎖という措置に出たが、大過なく復旧できたことは記憶に新しい。

香港国際空港も関空と同様、海上の空港島にすべての施設が建てられている。同空港を運航拠点(ハブ)とするキャセイパシフィック航空は9月15日、台風22号の襲来に備え、香港発着便の欠航が始まる前日にはスケジュール変更について利用顧客にメールを一斉送信する措置を取った。


2018年9月の台風22号襲来で高波に襲われる香港島・杏花邨の海岸沿い(写真:Matt Leung/iStock)

一方で香港の空港当局は「ご自身が乗られる便の運航が確定し、かつ予約が確保されていないかぎり、空港へは来ないこと」という明確なメッセージをウェブサイトの最もよく目に入る場所に掲げていた。

台風22号が非常に強い台風だったことから、空港当局は「関空の閉鎖を他山の石としない」とはっきりと述べ、かつてない予防措置を取った。実際に香港を襲った台風は非常に強力で、九龍半島の海に面した高層ビルの窓が破壊された写真は世界中に配信されたほどだ。

働く人へのルール作りも

香港の「台風シグナル」の仕組みは、お隣のマカオ、あるいは北側に広がる中国本土の広東省でもほぼ同じようなルールで運用されている。特に香港―広東省間には、事実上の国境線をまたいで走る直通列車に高速バス、フェリー、さらにこの9月には高速鉄道の運行も始まったことから、異常気象時のルール構築がある程度共通化されていることが必要不可欠となる。

今秋は日本各地で台風の襲来が毎週のように続き、夏の猛暑と並んで「気象災害」と言っても過言ではない事態を繰り返すこととなった。大型台風が来年以降もやって来る可能性も視野に入れながら「計画運休」の立ち位置についてより議論を深める必要があるだろう。

一方で、異常気象時の交通機関の運行可否を問うこともさることながら、そうした際の「働く者へのルール作り」を目指す動きもあってよさそうなものだ。その点で、香港の事例はひとつの参考になるのではないだろうか。