樹木希林さんが亡くなりました。『わが母の記』『あん』『海よりもまだ深く』『モリのいる場所』そしてカンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドールを受賞した『万引き家族』と、ここ数年の出演作を挙げるだけで、この人が邦画の世界でいかに大きな存在感を放った、得難い女優さんであったかを実感します。そんな希林さんの出演作である映画『日日是好日』が公開されます。ごくフツーの二十歳の女の子が茶道と出会い、日々成長していく姿を描く人間ドラマです。この映画で希林さんはさすがの存在感で茶道の先生を演じ、画面にハッとする瞬間を刻んでいます。

(c)2018「日日是好日」製作委員会

『日日是好日(ルビ:にちにちこれこうじつ)』
(配給:東京テアトル/ヨアケ)
●監督・脚本:大森立嗣 ●原作:森下典子著『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』 ●出演:黒木華 樹木希林 多部未華子 鶴田真由 山下美月 鶴見慎吾 ほか ●10月13日よりシネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー

(あらすじ)
大学に通う二十歳の典子(黒木華)は、母からの勧めで従姉妹の美智子(多部未華子)と茶道を習い始める。茶道教室では武田先生(樹木希林)のもと、イチから作法を叩きこまれる典子と美智子。やがて美智子は就職を機に教室から去るが、典子は卒業後も就職せず、出版社でアルバイトをしながらそのまま教室に通い続ける。お茶を始めて十年、美智子は結婚し、取り残されたように感じる典子は茶道にも限界を感じていたが……。

静かでキリっとした時間の流れのなかで茶道を疑似体験

映画『日日是好日』は森下典子によるエッセイを、『まほろ駅前多田便利軒』『光』『セトウツミ』と多彩な作品に挑んで映画監督としての進化を続ける大森立嗣監督が映画化した、女性が主人公の人間ドラマです。静かななかにキリっとした緊張感があり、そこここに漂うしっとりした空気を味わううち、確かに刻まれたまぶしい瞬間にハッとする――まるで茶道を疑似体験するような、お茶をゆっくりと味わうような時間が映画のなかに流れます。

ヒロインは生き方に迷い、日々にジタバタとするごくふつうの二十歳の女の子、典子です。物語は、彼女が母親の勧めで茶道と出合うことから始まります。畳の上の歩き方、茶道具をふき清める帛紗(ふくさ)の使い方、柄杓(ひしゃく)のあしらいと、観客は教室に通い始めた典子の目線で、まずは茶室内のすべての動きに型があることを知らされます。ひゃ〜、やっぱり茶道って堅苦しいわ〜などと思いますが、同時に、なぜこんなことをするのだろう?という興味が湧いてきます。

着物の着こなしを目で楽しみ、茶碗をめでる方法を知り、掛け軸に込められたメッセージを聞きかじり、季節ごとに用意する目にもおいしい和菓子の楽しみを知ります。そうして小さな茶室で繰り広げられるお稽古に無限の広がりを感じ、なんて贅沢な遊びだろう!と実感するのです。

ヒロインの典子を演じるのは黒木華です。彼女の存在がこの映画の気分を一瞬で決定します。その姿は現実離れしたきらきらオーラの隠しきれない、いかにも女優然としたものではなく、すぐ隣にいそうな女の子です。迷ったり悩んだりしながらよりよい人生にしたいともがくけれど、いざ着物を着たときの横顔は凛として、取り巻く空気がしゅっと澄んでいきます。そんな典子を自然な佇まいで見せるのですが、よ〜く見ると一瞬の表情は繊細につくりこまれていて、長い時間をかけて茶道と向き合い、丁寧に生きて変化していく女性を的確に体現しています。典子と同じ年の従姉妹で、一緒に茶道を習い始める美智子を演じる多部未華子も素敵です。小津安二郎監督の映画に出てくる、勝気で現代的なお嬢さんのように華やか。竹を割ったような性格でもあって、真面目でちょっと考え過ぎなところのある典子との対比も鮮やかです。

そしてなによりも、「タダモノじゃない」と近所で噂されているという茶道教室の武田先生を演じる樹木希林の存在が、映画の背骨をびしり!と支えているのです。

左から美智子役の多部未華子、典子役の黒木華、武田先生役の樹木希林。ああはんなり。

樹木希林が茶道の先生を演じたからこその説得力

樹木希林のような女優さんって、ほかにいない気がします。1974年に放送された連ドラ『寺内貫太郎一家』(アラサーは知らないよな〜)で当時、今のスターよりず〜っとセクスィーなスターだった沢田研二のポスターを前に「ジュリ〜〜〜‼」と叫びながら身もだえしていたときはまだ三十代前半でした。若っ!これまた老けメイクで郷ひろみとヘンテコなダンスをしながらデュエットをして大ヒットを飛ばしたり、ピップエレキバンやフジカラーのCMで脱力して見えながらも絶妙な間合いを抜かりなく図って流行語を生み出したりしました。

女優なんだからキレイに映りたいし、熱演とか力演と称されるような演技で多くの人からスゴイ!と思われたいみたいな“女優あるある”(かどうか知らないけど)なエゴとは最初から無縁。自分がこう!と思った道を淡々と、誰がなんと言おうと貫いていく――そんな凄味を感じさせるのに、どんな役でも軽々と演じているように見えるのです。そして、そんな風に強い意志を持って自分を生きた人間だけが身に付けることのできる、年齢を重ねることでしか出せない人としての深みのようなものを演技にそのまま反映させることができる人でもありました。だからこそここ数年の彼女の演技は、一作一作が観ているこちらの首根っこを抑えて離さないような強烈な吸引力を備えて、本当に見応えのあるものでした。

そんな樹木希林がヒロインに茶道を教える武田先生を演じたことは、とても大きなことだと思います。例えばお茶を習い始めたばかりの典子に「お茶はね、まずカタチなのよ。始めにカタチをつくっておいて、あとから……心が入るものなのね。頭で考えないで自分の手を信じなさい」と茶道のいろはの「い」を教える武田先生。プライベートでも着物好きで知られる樹木の着物の着こなしの隙のなさはもちろんですが、その上品な佇まい、長い時間をかけて鍛錬を積んだからこそ言える類の練り上げられた言葉を、生徒たちにわかりやすくかみ砕いて説明するさまが説得力に満ちています。演じる上で余計なことは断じてしない。でもそこでやらなければならないことはミリ単位で正確に、それでいて作品全体をじわっと覆うように揺るぎなく存在する。そんな離れ業を、また軽々とやってのけているのです。

もし典子にとっての武田先生のように、茶道を通して生きることそのものを正しい方向へ導いてくれる師のような存在がいたら?ただ上から「こうしろ!」と命令を下すような導き方ではなく、「これが真実の道よ。こっちに来たらいいことあるかもよ〜。でも結局は自分で考えなさいね」みたいな懐の深い先生と巡り合えたら?それはどれほどの幸福なのだろう?この映画はそんなことまで考えさせました。

樹木希林がいなくなったあと、彼女が演じてきたような役を、いったい誰が代わりに演じられるのだろう?

文・浅見祥子