事実歪曲、報道被害か?日経の「大学発ベンチャー」記事
2005年12月12日11時45分 / 提供:PJ
読者の皆さんならば、雑誌に「上場益見越して、クルマと一戸建て選び 税金で起業した青年社長」という見出しに、高級外国車のジャガーと、瀟洒(しょうしゃ)な一戸建ての前に立つその社長の写真が添えられていたら、この社長をどういう人物だと考えるだろうか。少なくとも、良い印象を持つことはないだろう。その雑誌が定評あるものであれば、なおさらだ。
先月のことになるが、PJは興味深い雑誌の記事を目にした。日経BP社の週刊誌「日経ビジネス」11月14日号だ。表紙には「変だぞニッポン 虚妄の大学発ベンチャー 民営化時代のタックスイーター」とあり、大学発ベンチャーを批判する論調の記事が特集されている。興味深かったのはその巻頭特集の中にあった「上場益見越して、クルマと一戸建て選び 税金で起業した青年社長」という記事だ。
「『レクサス』なんて当たり前すぎますよ。もう、アストン・マーチンのDB9を買うと決めてあるんですから」と始まる記事は、大阪大学の卒業生で、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)元フェローのサインポスト黒川敦彦社長(27)のことを"国費経営者"だと皮肉たっぷりに2ページ見開きで批判している。
記事は、未だ売り上げゼロの阪大発ベンチャーであるサインポストに、文部科学省と経済産業省が競って総額4億3000万円の税金が投入されており、その社長はクルマと一戸建てのことしか考えていないのに、このままでいいのか、とNEDOの対応までをも批判しているものだ。「『誰でも使える制度を利用しているだけです』と黒川氏は言う。それは事実だ。ただし、国費でベンチャーと社長が増殖していく。これも事実だ」と記事は締めくくられている。
この記事が事実だとすれば、確かにとんでもないことかもしれない。しかし、記事に書かれていることは本当に事実なのか。この記事に意図的な事実の歪曲(わいきょく)や演出がなかったのか。そう思い、今回のターゲットとなったサインポストに連絡を取り、事情を聞くことにした。担当してくれたのは広報担当で経営企画室マネージャーの村上竜太さん。まず、掲載記事の内容が、黒川さん本人の本意であったかを確認した。もし、黒川さんが掲載記事の文脈を想定していたのならば、ここで掲載記事が意図的なものだったのか、と聞くのは思い過ごしだし、余計なお世話、ということになる。
しかし、村上さんは「弊社といたしましては、事実を歪曲している部分が多数あると考えています。本件の記事内容に関しましてはもちろん黒川本人の本意ではございませんので、弊社といたしましては、対応を検討しているところでございます」と答えた。やはり、事実が歪曲された可能性があるのだ。
記者が取材対象を欺いた!?
まず、驚いたのは「社用車にジャガーを持つ黒川敦彦社長。箕面市内の高級住宅街で撮影」という黒川さんの写真。村上さんは「撮影されたのは、千里中央駅近くのモデルルーム展示場前です。当初から『まだ、成功しているわけではないので、浮ついた写真は撮られたくない』旨を伝えておりましたが、日経BP社記者から『みんなに続いて欲しいという夢のある写真にしたい』ということで先方の誘導に従って撮影された」という。モデルルーム展示場は果たして高級住宅街なのか。PJが記事を読んだ限り、もちろん「みんなに続いて欲しい」という思いは記事からはまったく伝わってこない。
PJが確認したところ、確かに黒川さんはジャガーXJ−Sを社用車に持つ。だが、10年以上前のモデルの中古車で、90万円で購入したものだ。外国車だけに維持費はかさむのかもしれないが、車体本体は国産小型の新車ですら買えないレベルの値段ではないか。また、黒川さんは、今回の記事のように書かれることは本意でないと考え、個人としてこの社用車を買い取る方向で手続きを進めているという。さらに、一戸建てには住みたいという漠然とした夢はあるが、具体的な物件探しはしていない。
そして、「総額4億3000万円の税金投入」という挿絵の表と見出しだが、村上さんによれば「弊社および黒川が起業に関わった企業において、税金が設立および研究開発に投入さたことは全くなく、事実に反します。NEDOからの研究助成金も、マッチングファンド形式であり、弊社もNEDOとともに、大阪大学に研究資金を拠出しているのが事実です」ということだ。
マッチングファンドとは、NEDOが企業のニーズと大学のシーズをマッチングさせ、産学連携による研究開発が行われるために採用されている形式で、公募により外部専門家の評価を経て、採択されている。サインポストだけでなく、これまでも大学と企業がセットになって毎年何件も採択されているものだ。
ジャーナリズムの御法度。発言の一部を、勝手な筋書きの中にはめ込む
「販売補助金まで国におねだり」という小見出しの記事について村上さんは「NEDOの前川主幹との冗談話の中で『助成するのであれば、残りは、販売補助金くらいでしょうか。それは無理ですよね。』という雑談を紹介しただけで、提言したことなどは全くございません。取材時には、国のベンチャー支援策が、ともすれば国費の無駄遣いと言われかねない一方で、弊社が立ち上がるきっかけとなった山崎(阪大医学部助教授=サインポスト取締役)の研究への助成は、ベンチャーが設立される過程で数十人の雇用を生むことになり、結果として国益につながっていることを賛辞するという趣旨をお伝えした次第です」と説明してくれた。
取材源の説明の文脈・意図とは全く異なる、記者の勝手な筋書きの中に、取材源の発言の一部をはめ込む手口。これは、ジャーナリズムの御法度だ。
他人事ではない取材の落とし穴
「この他にも多々ある」と村上さんは主張するが、誰でもあのような記事になると分かっていれば、掲載を許可しないだろうし、取材も拒否するだろう。雑誌や新聞を問わず、記者はプロであり、締め切りに追われている。本来ならば、取材先に対して、掲載記事がこのようになります、ということを事前に伝えてから掲載するのが礼儀だが、つい時間がなくなり、忘れがちになる。もちろん、今回のようにわざと取材先に何も伝えずに掲載することもあるだろう。記者との信頼関係は、記事の積み重ねから生まれるものだ。この記者は信頼を裏切ったことになる。
この記事について日経ビジネス編集部はPJに対し「事実を歪曲または脚色をした認識はありません」とコメントした。村上さんも問題の記事が掲載された後、取材記者と直接やりとりをしたものの「事実を記載している」と話がかみ合わなかったという。信頼関係は一方的に切られてしまったようだ。
巻頭特集はいくつかの記事で構成され、個々の記事が関連性を持ち、雑誌の方向性や主張を読者に納得させようとする。今回は「タックスイーター」がテーマなだけに産学連携バブルの中で、税金を無駄遣いしている人を取材しなければ、読者も納得しない。そもそも取材前に出来上がったストーリーありきの特集記事なのだ。「タックスイーターとして取材したいのですが・・・」と言って、快く取材に応じてくれる人や会社や大学があるだろうか。その場合は「告白」として匿名での証言でごまかすしかないが、それでは捏造と変わりなく、読者へのインパクトに欠けてしまう。
しかし、サインポストが今回の記事が発端となり、NEDOなど公的機関の助成金などから締め出されたり、大学など研究機関に出入りがしにくくなったとしたら、報道被害は実害となり、賠償金の請求になってもおかしくない。もちろん、この記事を執筆した記者自身も、商業雑誌の被害者であるかも知れないが、取材のやり方にも限度がある。どうしてこのようなことが起こってしまったのか。今後、さらに取材を進めて行きたい。【了】
先月のことになるが、PJは興味深い雑誌の記事を目にした。日経BP社の週刊誌「日経ビジネス」11月14日号だ。表紙には「変だぞニッポン 虚妄の大学発ベンチャー 民営化時代のタックスイーター」とあり、大学発ベンチャーを批判する論調の記事が特集されている。興味深かったのはその巻頭特集の中にあった「上場益見越して、クルマと一戸建て選び 税金で起業した青年社長」という記事だ。
「『レクサス』なんて当たり前すぎますよ。もう、アストン・マーチンのDB9を買うと決めてあるんですから」と始まる記事は、大阪大学の卒業生で、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)元フェローのサインポスト黒川敦彦社長(27)のことを"国費経営者"だと皮肉たっぷりに2ページ見開きで批判している。
記事は、未だ売り上げゼロの阪大発ベンチャーであるサインポストに、文部科学省と経済産業省が競って総額4億3000万円の税金が投入されており、その社長はクルマと一戸建てのことしか考えていないのに、このままでいいのか、とNEDOの対応までをも批判しているものだ。「『誰でも使える制度を利用しているだけです』と黒川氏は言う。それは事実だ。ただし、国費でベンチャーと社長が増殖していく。これも事実だ」と記事は締めくくられている。
この記事が事実だとすれば、確かにとんでもないことかもしれない。しかし、記事に書かれていることは本当に事実なのか。この記事に意図的な事実の歪曲(わいきょく)や演出がなかったのか。そう思い、今回のターゲットとなったサインポストに連絡を取り、事情を聞くことにした。担当してくれたのは広報担当で経営企画室マネージャーの村上竜太さん。まず、掲載記事の内容が、黒川さん本人の本意であったかを確認した。もし、黒川さんが掲載記事の文脈を想定していたのならば、ここで掲載記事が意図的なものだったのか、と聞くのは思い過ごしだし、余計なお世話、ということになる。
しかし、村上さんは「弊社といたしましては、事実を歪曲している部分が多数あると考えています。本件の記事内容に関しましてはもちろん黒川本人の本意ではございませんので、弊社といたしましては、対応を検討しているところでございます」と答えた。やはり、事実が歪曲された可能性があるのだ。
記者が取材対象を欺いた!?
まず、驚いたのは「社用車にジャガーを持つ黒川敦彦社長。箕面市内の高級住宅街で撮影」という黒川さんの写真。村上さんは「撮影されたのは、千里中央駅近くのモデルルーム展示場前です。当初から『まだ、成功しているわけではないので、浮ついた写真は撮られたくない』旨を伝えておりましたが、日経BP社記者から『みんなに続いて欲しいという夢のある写真にしたい』ということで先方の誘導に従って撮影された」という。モデルルーム展示場は果たして高級住宅街なのか。PJが記事を読んだ限り、もちろん「みんなに続いて欲しい」という思いは記事からはまったく伝わってこない。
PJが確認したところ、確かに黒川さんはジャガーXJ−Sを社用車に持つ。だが、10年以上前のモデルの中古車で、90万円で購入したものだ。外国車だけに維持費はかさむのかもしれないが、車体本体は国産小型の新車ですら買えないレベルの値段ではないか。また、黒川さんは、今回の記事のように書かれることは本意でないと考え、個人としてこの社用車を買い取る方向で手続きを進めているという。さらに、一戸建てには住みたいという漠然とした夢はあるが、具体的な物件探しはしていない。
そして、「総額4億3000万円の税金投入」という挿絵の表と見出しだが、村上さんによれば「弊社および黒川が起業に関わった企業において、税金が設立および研究開発に投入さたことは全くなく、事実に反します。NEDOからの研究助成金も、マッチングファンド形式であり、弊社もNEDOとともに、大阪大学に研究資金を拠出しているのが事実です」ということだ。
マッチングファンドとは、NEDOが企業のニーズと大学のシーズをマッチングさせ、産学連携による研究開発が行われるために採用されている形式で、公募により外部専門家の評価を経て、採択されている。サインポストだけでなく、これまでも大学と企業がセットになって毎年何件も採択されているものだ。
ジャーナリズムの御法度。発言の一部を、勝手な筋書きの中にはめ込む
「販売補助金まで国におねだり」という小見出しの記事について村上さんは「NEDOの前川主幹との冗談話の中で『助成するのであれば、残りは、販売補助金くらいでしょうか。それは無理ですよね。』という雑談を紹介しただけで、提言したことなどは全くございません。取材時には、国のベンチャー支援策が、ともすれば国費の無駄遣いと言われかねない一方で、弊社が立ち上がるきっかけとなった山崎(阪大医学部助教授=サインポスト取締役)の研究への助成は、ベンチャーが設立される過程で数十人の雇用を生むことになり、結果として国益につながっていることを賛辞するという趣旨をお伝えした次第です」と説明してくれた。
取材源の説明の文脈・意図とは全く異なる、記者の勝手な筋書きの中に、取材源の発言の一部をはめ込む手口。これは、ジャーナリズムの御法度だ。
他人事ではない取材の落とし穴
「この他にも多々ある」と村上さんは主張するが、誰でもあのような記事になると分かっていれば、掲載を許可しないだろうし、取材も拒否するだろう。雑誌や新聞を問わず、記者はプロであり、締め切りに追われている。本来ならば、取材先に対して、掲載記事がこのようになります、ということを事前に伝えてから掲載するのが礼儀だが、つい時間がなくなり、忘れがちになる。もちろん、今回のようにわざと取材先に何も伝えずに掲載することもあるだろう。記者との信頼関係は、記事の積み重ねから生まれるものだ。この記者は信頼を裏切ったことになる。
この記事について日経ビジネス編集部はPJに対し「事実を歪曲または脚色をした認識はありません」とコメントした。村上さんも問題の記事が掲載された後、取材記者と直接やりとりをしたものの「事実を記載している」と話がかみ合わなかったという。信頼関係は一方的に切られてしまったようだ。
巻頭特集はいくつかの記事で構成され、個々の記事が関連性を持ち、雑誌の方向性や主張を読者に納得させようとする。今回は「タックスイーター」がテーマなだけに産学連携バブルの中で、税金を無駄遣いしている人を取材しなければ、読者も納得しない。そもそも取材前に出来上がったストーリーありきの特集記事なのだ。「タックスイーターとして取材したいのですが・・・」と言って、快く取材に応じてくれる人や会社や大学があるだろうか。その場合は「告白」として匿名での証言でごまかすしかないが、それでは捏造と変わりなく、読者へのインパクトに欠けてしまう。
しかし、サインポストが今回の記事が発端となり、NEDOなど公的機関の助成金などから締め出されたり、大学など研究機関に出入りがしにくくなったとしたら、報道被害は実害となり、賠償金の請求になってもおかしくない。もちろん、この記事を執筆した記者自身も、商業雑誌の被害者であるかも知れないが、取材のやり方にも限度がある。どうしてこのようなことが起こってしまったのか。今後、さらに取材を進めて行きたい。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 國分 裕之
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