※写真はイメージです(写真=iStock.com/bee32)

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「夫が亡くなると私の年金はどうなるのでしょうか」。ファイナンシャルプランナーの井戸美枝氏は、60代以上の女性からこうした相談を受けることが増えているという。井戸氏によると、夫が亡くなった多くの世帯では、年金収入が半分から6割程度に減ってしまう。収入減の影響は深刻だ。今からできる「3つの対策」を教えよう――。

※本稿は、井戸美枝『届け出だけでもらえるお金 大図解』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■夫と死別「おひとりさま」の懐具合は夫次第

夫が亡くなり、高齢の女性が1人で暮らす。いわゆる夫と死別した「おひとりさま」が、今後増えることが見込まれています。日本人の平均寿命は、女性が87.26歳で、男性が81.09歳(2017年厚生労働省発表)。男性に比べて、女性のほうが長寿であり、女性は人生の最後を1人で迎える可能性が高いです。

「おひとりさま」への公的な保障には、遺族年金があります。しかし、働き方や収入によっては受け取れない可能性もあります。

■「夫が亡くなると私の年金はどうなるのでしょうか」

筆者はファイナンシャルプランナーとして、お金に関する相談を受けていますが、最近増えているのが「夫が亡くなると私の年金はどうなるのでしょうか」という内容です。相談者の一番大きな心配は、亡くなった夫の分がすべてなくなるのではないか、というものですが、そうなるとは限りません。「遺族年金」を受け取れる可能性があるからです。

本稿では、「共働きの世帯」「夫が会社員、妻が専業主婦の世帯」「夫がフリーランスの世帯」の3つの世帯ごとに、夫が先に亡くなるケースをみていきます。

【ケース1:夫・妻ともに会社員の場合】

まずは、夫婦ともに会社員として働いていたケースです。共働きの世帯は増えており、今後こうした世帯はさらに増えるでしょう。

2人とも会社員だった場合、夫が先に他界すると、支給されるのは、残された妻自身の「老齢厚生年金」か、亡くなった夫の「遺族厚生年金」のどちらか金額が多いほうになります。

「遺族厚生年金」は、亡くなった人の老齢厚生年金の75%。つまり、夫の老齢厚生年金の75%分の金額が、残された人(この場合、妻)の老齢厚生年金を上回った場合に、その差額が支払われる仕組みです。(※1)

妻よりも亡くなった夫の平均年収が高ければ、遺族厚生年金を受け取れる可能性があります。反対に、夫より妻の年収が高かった場合は、支給されないこともあります。

なお受け取り時(夫が亡くなった時)の妻の年収が850万円(所得金額で655万5000円)以上の場合には、じゅうぶんに生計が維持できるとして、遺族厚生年金は支給されません。

その他、夫の老齢基礎年金、企業年金(※2)などはなくなります。iDeCoなど確定拠出年金で運用している資産があれば、「死亡一時金」として遺族に支払われます。

※1:1942年4月1日以前に生まれた人は「残された人自身の老齢厚生年金」「遺族厚生年金」「遺族厚生年金の75%+老齢厚生年金50%」の中から、もっとも多い金額になります。
※2:企業年金の要件を満たせば、死亡一時金が支給される場合があります。

これらのことから共働きだった夫婦は、どちらかが先に逝ってしまった時、支給される年金は世帯全体で見ると最大半分程度になることが多いでしょう。

■会社員の夫が死んだ、専業主婦の妻は「6〜7割」

【ケース2:夫が会社員・妻が専業主婦の場合】

次に、夫が会社員で、妻が専業主婦のケースです。

会社員の夫が亡くなると、妻は「遺族厚生年金」を受け取れます。ケース1と同じく、遺族厚生年金の金額は、夫の老齢厚生年金の75%です。専業主婦であれば、厚生年金に加入していませんので、夫の遺族厚生年金がそのまま受け取れます。

夫の老齢基礎年金、企業年金などもケース1と同様に支給がなくなります。夫が会社員で妻が専業主婦だった場合は、世帯全体でみると、6〜7割程度になることが多いでしょう。

【ケース3:夫がフリーランス・自営業の場合】

最後に、亡くなった夫がフリーランスや自営業だったケースです。

フリーランス・自営業者は、会社員と違って、厚生年金に加入していません。よって、遺族厚生年金は支給されません。国民年金から「死亡一時金」として、12万円〜32万円が一度だけ支給されます。ただし、夫が亡くなったとき、18歳未満の子どもがおらず、妻の年齢が60歳〜65歳であれば、その間のみ「寡婦年金」が支給されます。支給額は、夫の老齢基礎年金の75%です(※3)。

※3:寡婦年金を受け取る条件には、その他にも、亡くなった夫が10年以上保険料を納めている。婚姻期間が10年以上ある。妻が老齢基礎年金を繰り上げ受給していない。といったものがあります。

■フリーランスや自営業者は個人型確定拠出年金「iDeCo」で

このように、フリーランスだった夫が亡くなった場合は、夫の分の年金はほぼなくなります。夫がフリーや自営業で、妻が会社員だった場合は、少なくとも妻自身の老齢基礎年金・老齢厚生年金があるため、世帯全体の収入はそれ程減りません。しかし、妻もフリーランス、あるいは専業主婦であった場合は、年金額はかなり少なくなることが予想されます。

近年、働き方の多様化によりフリーランスとして働く人は増えており、政府はフリーランスの社会保障についての議論を始めています。しかし、法案提出の目標は2021年。何らかの社会保険が整備されるとしても、まだまだ先のことになりそうです。

フリーランスや自営業者は、個人型確定拠出年金「iDeCo」(※4)や国民年金基金などの制度を利用して、年金の上乗せをしておくことをおすすめします。

※4:ぜひ過去の連載記事を参照ください。「手取り足取り 日本一簡単なiDeCo加入法」

ちなみに、ケース1、2でご紹介した遺族厚生年金・寡婦年金・死亡一時金などの遺族年金は、すべて非課税です。所得に含まれないため、仮にいくら遺族年金を受け取っても、他の収入が少なければ、家族の扶養に入ることや、健康保険の被扶養者になることができます。

■今からできる対策「妻の資産は使わず、相続税を減らす」

多くの世帯では、夫が亡くなると、年金の収入が半分〜6割程度になることが予想されます。2人から1人になっても光熱費・食費などの生活費はそれなりにかかります。引っ越しをしない限り家賃は変わりません。家計がやや苦しくなることは確かです。

そこで、「今からできる対策」のその1です。

60歳以降の夫婦は、なるべく夫だけの収入で生活し、妻の収入分はなるべく貯めておきましょう。夫の資産から優先的に使うことで、相続税を減らせる可能性もあります。

「今からできる対策」のその2は、「妻の年金を満額に近づけること」です。

年金の受給額は、年金を納めた期間によって、増減します。会社員の厚生年金保険料は、給料から天引きされるため未納期間はありませんが、自営業やフリーランスは自分で保険料を納める必要があります。人によっては未納の期間があるかもしれません。たとえば、会社を辞めたあと、保険料を支払わない期間があった、ということもあり得ます。

そこで、年金事務所に相談をする、もしくは毎年誕生月に送られてくる「ねんきん定期便」をチェックして、妻の加入期間をしっかり確認しておきましょう。

■国民年金は加入40年で満額、厚生年金は70歳まで加入可能

年金の満額を受け取るには、加入期間が40年必要です(2018年の老齢基礎年金の満額は77万9300円/年)。加入期間が40年未満の人は、65歳まで国民年金に「任意加入」し、満額支給に近づけることができます。

「追納」や「後納」といった制度もあり、追納制度では過去10年以内の免除期間について、後納制度では過去5年の未納分を納めることが可能です。

また、厚生年金には70歳まで加入することができます。

企業に勤めることができるのであれば、60歳以降も働き続けることで(加入し続けることで)、厚生年金の部分の受給額は増えます。もちろん、これは夫にもあてはまる話で、夫の厚生年金が増えれば、その75%である遺族厚生年金も増えます。

■65歳からできる対策 年金の「繰り下げ受給」が有力

65歳以降の対策としては、妻の年金の「繰り下げ受給」が有力になります。年金は本来、65歳から受け取り始めますが、「繰り下げ受給」といって、66歳から70歳の希望する時点に、受給開始を遅らせることができます(※5)。

※5:遺族年金や障害年金、厚生年金保険などによる年金を受給していると、繰り下げることができない場合があります。

受給開始を1カ月遅らせるごとに、金額は0.7%増え、上限の70歳まで遅らせると、42%もの増額になります。増額した年金額は生涯続きます。70歳まで遅らせた場合の損益分岐点は、81歳10カ月。それ以降、長生きすればするほど得をするということです。

女性の平均寿命が87.26歳であることを考えると、夫の年金などで生活ができそうであれば、受給開始を遅らせたほうが良さそうです。

■子どもの結婚式に高額な援助をする親は後で泣く

「今からできる対策」のその3。最後の対策は「支出の見直し」です。

収入が下がるであろう65歳以降に備えて、見直せる支出がないかを検討しましょう。たとえば、住宅です。

子どもが独立して、部屋が余っている、家が大きすぎる、といったケースが少なくありません。賃貸の場合は、2人暮らしに適した家に住み替えましょう。交通の便が良ければ、車を手放すのも有効です。駐車場代、車検代、税金、ガソリン代など年間平均20万〜30万円の支出を減らせます。

交際費の支出にも気をつけてください。会社の部下の冠婚葬祭などが増えて、交際費が重荷になる可能性があります。また、子どもの結婚式などの祝い事には、つい高額な援助をしがちです。収入が減ることを念頭に、交際費を絞る判断も必要です。

おひとりさま 対策 まとめ
●60歳まで
年金の加入期間を満額に」
「iDeCo・つみたてNISAなど税制優遇制度を使って資産運用」
●60歳以降
「支出をダウンサイズ化しつつ、妻の分はできるだけ使わない」
●65歳以降
「できるだけ働く(厚生年金は70歳まで加入できる)」
「妻の年金受給を繰り下げる」

■まとめ

以上の対策を夫婦でとれば、「おひとりさま」になったときの家計は随分と楽になるはずです。本稿では触れませんでしたが、医療・介護にかかる費用は上限が設けられており、70歳以上の人は負担が少なくなるように設計されています。これも保障のひとつといえます。

とはいえ、「おひとりさま」に対する公的な保障は「遺族年金」がメインです。厚生年金に加入していた人は、ある程度の保障がありますが、フリーランスや自営業者の人はほとんど保障がありません。自分で備えておく必要があります。注意しましょう。

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(社会保険労務士 井戸 美枝 写真=iStock.com)