周防大島滞在中の「演技者・樋田」

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「道の駅」が兵站基地だった「富田林署の樋田淳也」逃走ルート(2/2)

 48日間にわたって続けられた樋田淳也容疑者(30)の逃避行では、警察は完全に裏をかかれた格好だった。日本一周の「自転車旅」を演じていた樋田容疑者は、立ち寄り先で「ここの土地は何が美味しいの?」と地元の人に語り掛けるなど“余裕”すら漂う振る舞いを見せていた。

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 自転車旅行者を演じていた樋田容疑者にとって、道の駅は格好の「兵站基地」の役割を果たしていた。

 自転車で世界一周をした旅行作家の石田ゆうすけ氏が説明する。

「道の駅にはトイレと水があり、今の時代なら電源確保の意味でも、自転車旅をする人にとってはポイントとなる。道の駅を伝って移動する人も多いですね」

周防大島滞在中の「演技者・樋田」

 事実、捜査関係者が明かすには、

「東(樋田容疑者と四国で知り合い、以後は同行していた東浩司)によれば、道の駅で寝たり野宿を繰り返していたということです」

 この供述を裏付けるように、9月29日に樋田容疑者の身柄が確保された山口県周南市の道の駅「ソレーネ周南」から東南に60キロほど離れた道の駅「上関(かみのせき)海峡」(山口県)の高津京介駅長はこう証言する。

「(逮捕される前日の)9月28日の午前9時25分頃、サングラスをかけた樋田容疑者と思われる男がうちにやってきました。逮捕後、彼が使っていた自転車の写真が公開されましたが、大きな荷物が印象的で、レジの女性がそれを覚えていた。逮捕の翌日に防犯カメラを確認したところ、彼らしい人物が映っていて、たこ飯やパン、天ぷら、お茶、計約1800円相当の品物を万引きされていたことが分かりました。彼はレジの女性と10分程度話し続けています。なおその日の夜、彼はうちの敷地内にテントを張って野宿していました」

 その際の、レジの女性とのやり取りが、冒頭に紹介した観光客を思わせる余裕の言葉だった。さらに、余裕ということで言えば、

「彼は食品を腰回りに隠して万引きしただけでなく、いずれもホットのBOSSのブラックコーヒーと午後の紅茶のミルクティも万引きしていますが、食品と違い、それらの飲み物は手に持ったまま、その状態でレジの前を通って外に出ていきました」(ソレーネ周南を管理する周南ツーリズム協議会の笹木大(ひろし)事務局長)

 何とも大胆と言うべきか、常識はずれの傲岸不遜さと言うべきか……。いずれにせよ、樋田容疑者の思い上がりが手に取るように伝わってくるではないか。

寄り道

 ツーリストへの変身が奏功し、警察の手が迫っている気配は全くない。それどころか、「絶景を誇り、世界中のツーリストが集う聖地」(前出の石田氏)であるしまなみ海道を楽しむことさえできた。もはや、俺を見つけることなどできはしまい――そんな余裕が逆に隙となって、あまりに大胆な万引き、すなわち逮捕の引き金となったのだろう。

 ちなみに、上関海峡は幹線道路から外れた岬のほうにあり、いち早く少しでも遠くへ逃げたいと考えるはずの「普通の逃走犯」であれば、決して行かない「寄り道先」である。その上、

「樋田は近くにある周防大島(屋代島)という島にまで足を延ばし温泉に浸かったり、広島県では原爆ドームにも寄っています」(警察関係者)

 同島で樋田容疑者と接した、道の駅「サザンセトとうわ」の岡崎竜一支配人の証言。

「倉庫で寝泊まりさせてあげると、お返しに草むしりをしてくれた。人柄も良く、全く逃走犯とは気付かなかった。あそこまで演技できるものなのか……」

 犯罪心理学者の出口保行氏はこう分析する。

「道の駅の店員と10分も話し込んでいたということから、樋田容疑者は逃走に自信を持っていた様子が窺えます。長期間逃げることに成功し、精神的に相当な余裕が生まれ、自己肥大感を持っていたのではないでしょうか。もともと、彼の犯罪歴を見ると、同じ犯罪を繰り返すのではなく、さまざまな犯罪に手を染めている。多種方向犯と呼ばれ、このタイプの犯罪者は自己中心的で、トラブルは犯罪で解決すれば良いと考える傾向が強い。元来の自己中心さに加え、逃走が上手くいっていたという驕(おご)りから、彼は油断していたのでしょう」

 釣り竿まで持ち運んでいた樋田容疑者。そんな「優雅な逃走犯」が、富田林を発ち跋扈(ばっこ)していたかと思うと……。

 背筋が寒くなる、二度と起きてほしくないトンだ災難だった。

「週刊新潮」2018年10月11日号 掲載