美人は不美人より、生涯で3億円の得をする。

まことしやかに囁かれる都市伝説だが、あながち嘘とは言い切れない。美味しい食事や高価なプレゼントに恵まれる機会も、美人の方がやはり多いに違いない。

麗しくも華やかでもない自身の容姿にコンプレックスを抱いていた美咲麗華は、大学時代に学年一のモテ男・平塚勇太に恋をし、あっさり失恋したことで、ある決意をする。

-“美しさ”を金で買い、人生を変えてやる-

整形で “美人”の仲間入りを果たした麗華。すると途端にちやほやされるようになるが、同時に心は少しずつ屈折していくのだった。

そんな折、麗華は平塚くんの近況を耳にする。




これは私にとって、賭けのようなものだった。

恵美を問い詰め、平塚くんが司会を担当するのだという式典の日時と会場を聞き出しはしたものの、もちろん私は関係者でもないし、中に入ることなどできない。

しかしながら会場が偶然にも銀座で、しかも私の働く銀座ブティックから徒歩数分の場所だと聞いて、勝手に巡り合わせのようなものを感じたのだ。

恵美からの情報によると式典開始は16時だが、平塚くんは朝から会場入りをして、登壇者との顔合わせや最終リハーサルをしていると言う。

偶然、会えるかもしれない。根拠などないが、直感でそう思った。

式典の日、私は遅番で14時に出勤すれば良い。少し早めに家を出て会場近くで張っていれば、例えばお昼休憩などで外に出てきた平塚くんと鉢合わせする可能性があるかもしれない。

しかも職場の近くなのだから、私がそこにいること自体に不自然な点はないのだ。

私は、“運命”を信じていた。

20代半ばにもなって、と笑われるかもしれない。しかしずっと恋愛を知らぬまま生きてきたのだから、多分に夢見がちになってしまっても仕方がないだろう。

もしも、平塚くんに会うことができたら。

美しい女として、平塚くんと再会できたら。

私たちは再び出会う運命にあったということ。勇気を振り絞り、声をかけると決めていた。


一か八か。式典当日、会場前で待ち伏せする麗華。意中の彼は現れるのか?


動き出した運命


式典当日。

私は12時過ぎに銀座を訪れ、手持ち無沙汰にならぬようコーヒーショップでラテを買った。

式典会場のエントランスがよく見通せる場所で、カップを片手にぼんやりと雑踏を眺める。

行き交う人々の中に、平塚くんが現れるかもしれない。そう思うだけで胸がワクワクし、ひたすら待つという行為も不思議とまったく苦にならない。

そのうちに小一時間が過ぎ、ヒールの足に痛みを感じ始めた、その時だった。




-いた。

私には、すぐにわかった。

なぜなら、それまで無味乾燥として見えていた世界が、突如として鮮やかに色取られていったから。

「きっと現れる」と信じてはいたものの、あまりに急な出来事で、私は暫しぼんやりと平塚くんをただ目で追ってしまう。

慌てて我に返った時には、彼は数十メートル先の横断歩道を渡ろうとしていた。

急いで後を追いかける。呼吸が乱れ、興奮と相まって息が苦しいほどだ。

見覚えのある平塚くんの背中が近づいた時、私は忍ばせておいた白いレースのハンカチを手に取った。

彼を追い抜いた後、さりげなくこれを落とす。

…古典的な方法で自分でも笑えるが、これしか思いつかなかったのだから仕方がない。

何の用事もなく声をかけるほど、私と平塚くんに深い接点はない。

同じ大学であるとはいえ一学年に一万人近くの学生がいるし、それに彼が私のことを覚えているとは到底思えなかった。

恵美のことはなんとなく記憶にあったそうだが、それは彼女が昔から何一つ変わっていないからだろう。

私の場合は、別人とまでは言わないが、整形により顔立ちも違っているし、何より表情や醸し出す雰囲気が昔とはまるで違う。

しかし、とにかく何かしらのきっかけさえ作れれば。そうして、美しくなった私を見てもらうことができれば。

そうすればきっと、運命が動き出すはずだ。

私は小走りで彼を抜き去り、ハンカチを握りしめていた手を緩めた。…平塚くんなら、絶対に拾ってくれると信じて。

「あ、待って」

案の定、彼はすぐに声をかけてきた。

私は息を飲んで立ち止まり、半身だけをねじって後ろを振り返る。そうして驚いたように目を見開き、ゆっくりと上目で平塚くんを見遣る。

するとそこには、記憶の中の彼そのまま、無条件に心を掴む愛らしい笑顔が待っていた。

「これ、落ちましたよ」

惚けている私をよそに、彼は拾い上げたハンカチを、汚れを落とすようにパンパンとはたき、丁寧に畳んでくれる。

平塚くんは昔から、誰にでも本当に優しい。

彼の所作を見つめる数秒が、私にはまるでスローモーションのように感じられた。

「ありがとうございます」

-神様…!

祈るような気持ちで彼に手を差し出した、その次の瞬間だった。

私に、奇跡が起きた。


遂に再会を果たした麗華に奇跡が起こる。美しくなった麗華を見た、平塚くんの反応は…



「あれ、僕たち…どこかで会ったことある?」

彼はそう言って、私の顔を再び覗き込んだのだ。

その時、信号が赤に変わりそうになり、二人して駆け足で渡りきる。すると平塚くんは慌てて弁解を始めた。

「あ、ごめん(笑)なんかナンパみたいになっちゃった。いや、でも本当に見覚えがある気がして。人違いだったらごめん…」

「会ったこと、あります!」

彼がすべてを言い終わらぬうちに、私は思わず叫んだ。

「あの…平塚くん、ですよね。私…実は同じ大学の同級生で、美咲麗華って言います。出版社に勤めてる、大山恵美のことご存知ですよね?恵美と私は、学生時代から親友で…」

まさか、平塚くんの方から気づいてくれるとは思わなかった。

勇気を振り絞った私を、恋の女神様か何かが見ていてくれたのだろうか。

運命が味方をしてくれるなら、このチャンスを逃してはいけない。絶対に。

そう思った私は、彼が今仕事で関わっている恵美の名を持ち出し、必死に繋がりをアピールする。

すると予想通り、平塚くんの表情が一気に親密なものへと変わった。



「え…ああ、美咲さんかぁ!…ってごめん、はっきり覚えてたのは名前だけなんだけど。だってほら“美咲麗華”って、一度聞いたら忘れられないじゃん?」

平塚くんは屈託なく、楽しそうに笑う。

“美咲麗華”という名前にはこれまで恨みしかなかったが、この時ばかりは心の底から感謝した。

そしてここで私に、さらなる奇跡が起こる。

恥じらいながら俯く私に、平塚くんが零すように、小さく呟いたのだ。

「それにしても…美咲さん、すごい綺麗になってて驚いたな」

まさか、平塚くんにそんな言葉をかけてもらえる日が来るなんて。

不美人だった学生時代、私は彼の顔をまっすぐ見つめることすらできなかったし、彼の方も、私のことなど眼中になかったはずだ。

それがこうして目と目を合わせて会話をし、しかも彼の瞳には好意すら感じられる。

「実は今、大山さんにも仕事でお世話になってるんだ。これも何かの縁だし、今度改めてゆっくり会おうよ」

平塚くんは親しみをこめて私に笑いかけると「じゃ、また」と手を振った。

「...じゃあ、また」

胸がきゅん、とするような笑顔を残して平塚くんが去った後、私はその愛しい背中を見送りながら、身震いするような喜びと達成感に包まれたのだった。


平塚くんとの再会に確かな手応えを感じた麗華だったが…ある過ちを犯してしまう


-今度改めて、ゆっくり会おうよ。

平塚くんは、間違いなくそう言った。

社交辞令かもしれないが、しかし去り際に「じゃあ、また」とも言った。

「また」がいつ訪れるのかはわからない。しかし近い将来、必ずまた会えるに違いない、と私は自分に言い聞かせた。

強く、強く信じていれば、きっとまた運命が味方をしてくれる。そう思ったから。




浮かれる麗華が犯したミス


スキップしたくなるほどの軽い足取りで銀座ブティックへ向かっていると、バッグの中でLINE通知の音がした。

“麗華、今日の夜会える?”

…それは、俊介からの誘いだった。

俊介と私は未だにずるずると、名前のない関係を続けている。

言葉からも態度からも情愛の類を感じない彼とベッドを共にした翌朝、私はまるで抜け殻にでもなったような殺伐とした気持ちになる。

それなのに悪い男の誘いをどうしても断れないのは、俊介が会うたびにくれる魔法の言葉のせいだ。

「麗華が一番綺麗だよ」

彼がその言葉を口にするたびに、私の心は花々が咲き誇るように満たされ、これまで露ほども存在しなかった自信すら育まれていく。

考えてみれば、今日、こんな風に平塚くんに声をかけることができたのも、そもそも彼を待ち伏せしようだなんて発想を持つに至ったこと自体、以前の私なら考えられないことなのだ。

そういう意味では、俊介にも感謝した方がいいのかもしれない。

-だけど、ごめんなさい。もう私に、あなたは必要ない。

たった今、私は平塚くんとの接点を手に入れた。ずっとずっと好きだった人に美しくなった自分で再会し、「綺麗になったね」とまで言わしめたのだ。

俊介に会う理由など、もう1ミリもない。

私はひとり冷たい笑みを浮かべると、俊介のLINEアカウントを躊躇なくブロックしてやった。

…経験の乏しい私は、知らなかったのだ。

“男を上手にかわす”という手法も、そして…プライドの高い男をコケにすると、どうなってしまうのかということも。

▶NEXT:10月18日 木曜更新予定
平塚くんから、再びの誘いはあるのか?さらに、麗華にブロックされた俊介が思わぬ行動に出る。