東急田園都市線たまプラーザ駅で、取り付け作業がほぼ終わったホームドア=2018年8月(記者撮影)

2016年8月に地下鉄銀座線の青山一丁目駅で起きた視覚障害者の転落死亡事故を契機に、社会的な関心が高まった「ホームの安全」。列車との接触や転落事故を防ぐうえで特に効果が高いのがホームドアだ。

首都圏の鉄道では整備のピッチが加速し、鉄道会社によっては当初の計画を前倒しして取り組んでいる例もある。東急電鉄は東横線・田園都市線・大井町線の全64駅への設置完了時期を1年早めて2019年度中に変更。東京メトロは2025年度までに全線全駅に設置する方針だ。JR東日本も各線で整備を進めている。

だが、ホームドアの設置には1駅あたり数億円から十数億円とも言われるコストがかかる。鉄道会社の負担だけでなく国や地方自治体による補助にも限界がある中、駅のバリアフリー設備に関する整備費用を運賃に上乗せする「利用者負担」の制度検討も進む。

青山一丁目駅の悲劇から約2年、ホームドア整備を取り巻く現状はどうなっているのだろうか。

経験値アップ「作業は早くなった」

整備を前倒しして進めている鉄道の一つ、東急電鉄のホームドア設置工事の現場を見た。

8月下旬の深夜、0時45分過ぎの田園都市線たまプラーザ駅。上り最終電車が発車したあと、発車案内には通常存在しない「当駅止まり」の表示が灯っていた。これから行われる上りホームでのホームドア設置作業に向け、ドア本体を車内に積んだ回送電車がやってくるのだ。


ホームドアは電車に積んで運ぶ。搬出作業は手際よく進む(記者撮影)

下り線の運転がまだ続く中、ホームドアを載せた電車が駅に到着。全線の運転が終了するのを待ち、1時半過ぎからいよいよ設置工事が始まった。約80人の作業員が電車内からホームドア本体を運び出し、設置場所へと並べていく。

同社は2000年の目黒線を皮切りにホームドアを整備し、2012年以降、東横線・田園都市線・大井町線でも設置を開始した。作業のノウハウが蓄積されたことで「当初は100人以上で作業していたが、今はこの人数でできる。設置時間もだいぶ早くなった」と、工事を担当する同社多摩川工事事務所の村上浩至課長補佐はいう。

1台あたり重さ400kg以上というホームドアだが、電車からの搬出作業は約15分でスムーズに完了。次いで、車両の外側に養生用の段ボールを巻いたうえで取り付けが行われる。ホームドア1台につき数人の作業員が、あらかじめ設置してあるホーム上の台座へと手際よく固定作業を進め、工事開始から約2時間後の3時半過ぎには、10両分の取り付けがほぼ終了した。

村上課長補佐は「以前は4時台まで作業が続いていたが、今はこれでもちょっと遅いほう」だという。


取り付け作業中のホームドア。取り付け作業は一晩で終わる(記者撮影)

だが、取り付け作業自体の時間は短縮されたものの、機器の調整を行う技術者や工事監督者の振り分けなどの都合もあり、実は1駅あたりの設置に要する期間が短くなったわけではないという。設置計画の前倒しは、単に作業がスピーディになったためではなく、取り付け前に行うホームの補強工事を複数の駅で同時に並行して進めるなど、さまざまな効率化の積み重ねで可能になったと村上課長補佐は話す。

取り付け自体は一晩で完了するホームドアの設置だが、実際の工事は重いドア本体をホームに載せるための補強だけでも早くて半年、長ければ2年程度かかるといい、たまプラーザ駅も補強工事を始めたのは昨年だ。2019年度に設置予定の駅についても「まだ何もやっていないように見えるかもしれないが、実際にはすでに着手しており設計もほぼ済んでいる」(村上課長補佐)。設置から運用開始まで長い時間がかかるだけに、計画の前倒しも容易ではない。

必ず補助があるわけではない

今年3月末時点でのホームドア設置駅数は全国725駅。東急のように設置計画を前倒しする鉄道事業者もあるものの、整備状況は地域や路線によってばらつきがあり「普及した」というにはまだ遠い。

普及へのネックの一つは1駅で数億円以上といわれる高額な整備費用だ。国や地方自治体による補助制度はあるが、ホームドアを設置するすべての駅に対して補助金が交付されているわけではない。東急の場合、国や自治体の補助を受けて整備しているのは全64駅のうち、申請中も含めて26駅。また、ホームの補強工事については「国からは補助があるが、基本的に自治体からはない」(村上課長補佐)という。

国土交通省によると、ホームドア整備に対する国の補助制度は、JRや私鉄が対象の「地域公共交通確保維持改善事業」「訪日外国人旅行者受入環境整備緊急対策事業」、地下鉄が対象の「都市鉄道整備事業」と、JRや私鉄が駅改良工事を行う際にあわせて整備する場合を対象とした「鉄道駅総合改善事業」の4つがある。補助率は「都市鉄道整備事業」が35%、そのほかは整備費用の3分の1だ。これに、地方自治体による補助も3分の1程度加わる。

だが、財政状況の厳しい地方自治体では補助金に上限を定め、鉄道側の負担が3割を超える事例も少なくないという。

コストがかかるのは設置だけではない。ランニングコストはもちろん、設置から一定の年月が経てば部品の更新費用なども必要だ。

東急では、目黒線のホームドアが設置から18年が経過している。定期的な補修で老朽化はほとんど見られないというものの、可動部品の交換や清掃など「メンテナンスのコストは結構かかる」(村上課長補佐)。市営地下鉄全駅にホームドアを設置している横浜市交通局は、2018年度予算で6駅のホームドア部品更新に約1億900万円を計上している。

国土交通省の試算によると、JR本州3社と大手私鉄16社、公営地下鉄8者のホームドアやエレベーターなど駅のバリアフリー施設の維持や更新にかかる費用は、2018年度以降毎年おおむね600億円。このうちホームドアの維持・更新費は3分の1程度を占める計算で、今後は設置だけでなくこれらの費用も課題となってくる。

設置だけでなく、その後の運用も鉄道事業者には負担となるホームドア。だが、国や自治体の財政事情にも決して余裕がない中、補助にも限界がある。そこで検討されているのが「利用者負担」制度の導入だ。鉄道事業者や有識者、消費者団体などでつくる国交省の検討会は9月28日、ホームドア整備を含む鉄道のバリアフリー化について、利用者にも一定の負担を求めることができる新たな料金制度の導入を提言する報告書を公表した。

利用者負担は実現するか

提言されたのは、ホームドアの普及や乗り換えルートの段差解消、エレベーターの容量拡大などを対象として、設備の整備費用などを超えない範囲で利用者から徴収する「更なるバリアフリー加速化料金(仮称)」案だ。

国交省による全国4000人を対象とした調査では、運賃へのバリアフリー化料金上乗せについて約6割が賛成。「1回の乗車あたり少なくとも10円の上乗せは妥当」と考える人の割合は、20〜64歳では69%、65歳以上では77%にのぼったという。

また、1000人を対象に昨年度行った調査では、週1回以上利用している駅へのホームドア整備に対し、支払ってもよいという「支払意思額」は1乗車あたり21.3円との結果が出ている。

国交省によると、対象に維持・更新費を含むかどうかや、料金を上乗せする範囲をどうするか、またICカード乗車券利用の際の技術的検証など、具体化に向けた詳細は今後詰める方針だ。

ホームドアを含むバリアフリー設備の整備拡大には大きな力となりそうな利用者負担制度。一方で料金上乗せは実質的な運賃値上げとなることから、利用者の反発を招いたり、鉄道会社の競争力を削いだりする可能性もある。

検討会では、鉄道事業者による「受益が限定的で利用者の理解を得づらい」「国が責任を持って理解を広く国民に求める必要がある」といった意見や、消費者団体から「既存の補助制度の拡充により進めるべきではないか」といった声もあったという。

ホームでの列車との接触や転落は、誰もが当事者になる恐れのある事故だ。日常の安全にかかるコストを誰が負担するのか、今後は利用者の認識も問われることになりそうだ。